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  <title>社会科学系学部卒・男性のインテリアコーディネーター</title>
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  <description>主として、「インテリアコーディネーター」と住宅・建築・インテリア・不動産に関係する資格と資格試験に関係する内容</description>
  <lastBuildDate>Fri, 28 Jun 2019 12:47:59 GMT</lastBuildDate>
  <language>ja</language>
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    <title>「後進国の外資系企業」タイプの「地方の会社」はあほくさい。努力して取得するなら評価される資格に努力すべき。苦労して尽力するなら報いてくれる会社のために。</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="font-size: large;">［第２３回］</span><br />
&nbsp;　<span style="font-size: large;" size="4">（株）一条工務店<a href="https://www.ichijo.co.jp/">https://www.ichijo.co.jp/</a>　は<strong>「中卒・高卒優先主義」の会社</strong>でしたし、<strong>「浜松という後進国の外資系企業」</strong>みたいなところがありました。外資系企業でも、西ヨーロッパか北米の外資系企業ならば、日本の企業よりいくらか給与額を高めに設定している会社が多いという話ですが、それは、片方で、日本の企業のような福利厚生がない、本当に上の方の役職に昇進したような場合、本国の人間と外国の人間とどちらを上にするのかといった場面になると、どうしても、本国の人間の方を優先することになりやすい、という性質もあることからそうしているはずなのですが、<span style="text-decoration: underline;">日本の企業でも私が勤めてきたような三流以下企業では、日本の企業でも「福利厚生」なんてありません</span>し、そして、<span style="text-decoration: underline;"><strong>「浜松という後進国の外資系企業」</strong>に勤めると、給与は後進国の基準（「地方」の基準）に合わせて低めですし（「中卒高卒の基準」に合わせて低めでもありますし）、<strong>なにかと<span style="color: #008000; text-decoration: underline;">「浜松優先主義」「浜松中心主義」</span>が出てきますし、<span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">「遠州人優遇主義」</span></strong>もあります</span>から、非浜松の人間はあほくさい限りです。（株）一条工務店に勤めると、<strong>「後進国の外資系企業」に勤めたような面があります。</strong><br />
　（株）一条工務店を辞めた後、２０００年代、人材紹介会社の人が、岩手県の日本住宅（株）<a href="http://www.nihonjutaku.co.jp/">http://www.nihonjutaku.co.jp/</a>　という会社の話を持ってきてくれたことがありましたが、同社はその時点で岩手県と北海道で住宅建築業をおこなっていて、東京の有楽町のビルの１室に東京事務所があったものの、その時点では東京圏では営業はやっていませんでした。私は高齢の母がおりましたし、東京圏で勤めたが、会社の都合で地方で一時的に勤務してもらえないかという場合には「慶應大学商学部卒」という卒業証書を取得した時から、どこの会社であれ、「総合職」「全国社員」として採用か不採用かのどちらかであり、「一般職」「地域限定社員」としての採用は希望してもないと思っていましたが、<span style="text-decoration: underline;">最初から「地方」にしか勤務先がない、それも、自分の出身地とは逆の側の「地方」にしかないという会社にあえて応募する理由がない</span>と思われたので断ったのですが、人材紹介会社の人が言うには、この会社は、<strong>「地方」の会社でありながら、あえて、岩手県に勤務する人に東京などから来てもらって勤務してもらおう、岩手県の会社だからということで岩手県の人間ばっかりで会社を運営していてはだめで、他の地域の出身の人にも意図的に来てもらうようにしている会社なのだということで、そういう<span style="color: #0000ff;">「地方」の会社でありながらその県の出身の人間ばかりではなく他県の出身の人間にも意図的に来てもらって会社を運営していこうという認識</span>は<span style="color: #008000;">「浜松独善主義」「浜松中心主義」で「宇宙の天体は浜松を中心として回転している」という認識の（株）一条工務店</span>（全国から利益をあげておきながら、「お世話になった浜松に恩返しをしたい」などと言って浜松市にだけ３００億円を寄付して浜松市にだけ「恩返し」をする会社）とは異なる開明的な認識・世界観の経営者なのか？・・・とも思えました・・・</strong>が、それでも、<strong><span style="color: #800080;">「地方に本社がある会社」というのは給与水準にしても「地方」を基準としており、「地方」の人間が東京あたりに働きに行った方が給料がいいということで東京あたりに出て行って勤めることが多いのに、</span>わざわざ、東京圏に住んでいる関西出身の人間が東北地方に本社のある会社に勤めることはない</strong>、と考えました。（株）一条工務店を見ても、<span style="color: #0000ff;"><strong>「地方」に本社がある会社、もしくは、たとえ、名目上、東京に商業登記簿上の「本店」を置いても実質は「地方」に本社がある会社というのは、「後進国の外資系企業」のような性質のある会社が多いように思えます。</strong></span>「後進国の外資系企業」には（株）一条工務店でもううんざりしたのです。「う〇こまみれのザリガニ」で「うんざり」・・・とどこに出ていたかというと、『クレヨンしんちゃん』ですが、ほんと、「うん・ざり」です。そういったことから、「地方に本社のある会社はけっこうです」とお断りしました。<br />
　（株）一条工務店は２０１１年の東日本大震災の後、浜松市に「防潮堤」の費用と称して３００億円を寄付した、それも、その時点で社長でも副社長でも会長でも相談役でもない大澄賢二郎が主張して寄付した・・・、それを浜松市長で慶應大a法学部卒の鈴木康友と福島第一原発事故の後、静岡県産茶葉の放射線量検査を拒否した静岡県知事の川勝がが称賛したというのですが、<strong>本来、もっと従業員にきっちりと手当てを支払うべきで、もっと従業員を大事にするべきであるのに、そうせずに貯め込んだカネから浜松市に寄付をして、それを行政の長が称賛していた</strong>のです。鈴木康友は市長として欠陥があると考えるべきではないか。<br />
<br />
　　１９８０年代後半、小堀住研（株）〔&rarr;１９９０年に「エスバイエル（株）」に名称変更&rarr;後に、実質、倒産した後、ヤマダ電機に買収されて、（株）ヤマダエスバイエルホーム&rarr;（株）ヤマダホームズ<a href="https://yamadahomes.jp/">https://yamadahomes.jp/</a>　〕では、銀行出身の人間が多く、取締役の半数、監査役の半数が銀行出身というもので、「一部上場」なんて言っても、<strong>一族と銀行が支配しているような会社</strong>で、なおかつ、<span style="color: #ff0000;"><strong>銀行というのは自分の所が融資したのか株を持っているのかの会社をつぶしたくてつぶしたうてたまらないのだろうか？</strong></span>　と疑問に思うのですが、<strong>害になっても役に立たないようなのを大量に送り込んでくる。</strong>しかも、そういう人間の役職が異常に高い。野村克也がどこかで書いていたが、ソフトバンクのオーナーはカネは出しても監督の采配に口出したりはしないのに対し、楽天のオーナーは監督の采配に口出すらしく、たとえ、オーナーでも野球については専門ではないのだから、いったん監督を決めたらオーナーは監督の采配に口出すことはせずにその監督に采配はまかせるべきだと述べていたが、<strong>小堀住研（株）には銀行で支店長をちょろっと２年ほどやっただけの認知症が始まっているのではないかという感じのじいさん・・が「 常務取締役」だ「東部営業本部長」だといった役職をもらって、住宅建築業については何もわかってないのに口出す、<span style="color: #008000;">いわば、野球なんて仕事としてやったことないオーナーが監督の采配に口出すようなこと</span>をしていた。</strong>従業員にとっては迷惑なことだと思ったが、初代社長の小堀林衛が１９８９年に他界した後、２代目社長の中島昭午は会社名から「小堀」を取り除いて「エスバイエル」に変更し、さらには「中島昭午が歌う演歌集」などというCDを「エスバイエル発行」で作成・・・て、アホちゃうか・・てことをやり・・・、さらには「高級住宅の小堀」として評価されてきた会社の伝統をドブに捨てて、「最低価格帯のカテゴリーキラーをめざす」とアホなことをあっちやらこっちやらで言いまくり書きまくり・・した結果、そういう<span style="color: #ff0000;"><strong>「よっぽど会社をつぶしたいのか・・？」</strong></span>みたいなことを社長がすると、あっという間につぶれた。つぶれた会社をヤマダ電機が買収し、新築屋の小堀住研（株）&rarr;エスバイエル（株）とともに、リフォーム屋の一時期は勢いの良かった・・ように見えた「リフォームのナカヤマ」もヤマダ電機が買収して、ともに（株）ヤマダホームズにしたが、つぶれた会社を「いぬき」で買い取ったというものだ。最後、敗戦処理の社長にかつて私に直接には会ったこともないのに誹謗中傷を加えた松川という大阪工大卒の男が社長になったが、<strong>その程度の男が社長になるその程度の会社はやっぱりつぶれるものなんだなあ</strong>と思った。<br />
　　大学を卒業する年、慶應大学の就職部で言われたのですが、日立〇〇とか東芝◇◇、NEC☆☆　といった名前の子亀会社というのは、良さそうに思えても、そこで一生懸命努力して昇進したとしても、何年か経つと、自分よりも年齢も若くて大学卒業後の勤務経験も短い人間で、日立製作所・東芝・NECという親亀会社での競争に敗れた者がやってきて自分の上の役職につく・・・ということがある、という話を聞きました。慶應の教授で「誰もが行きたがる『大手』『財閥系』『有名』『大』企業に行くと、競争が激しくて、実力を発揮する場がない。むしろ、慶應あたりの卒業生をなかなか採用できないというくらいの会社に行った方が実力を発揮できる機会がある」と言う人があったが、そんなこと言わずに<span style="text-decoration: underline;">「大手」「財閥系」「有名」「大」企業に行っておいた方が、たとえ、そういう所で競争に敗れても、その会社の子亀会社に行って、子亀会社で努力してきた人間の上の役職にひょ～いとついた方が得と違うのか・・・、子亀会社・孫亀会社に勤めるのはバカ臭いなあ</span>なんて思ったもので、その点、小堀住研（株）は、ともかくも、「一部上場」の会社で、「有名」と言えるほど有名ではないが、「知っている人は知っている」という程度の知名度はあり、従業員数千人以上で、<strong>早川和男『日経産業シリーズ　住宅』（１９８８．９．日本経済新聞社）</strong>にも掲載されている戸建住宅建築業では上位の会社で、なおかつ、日立〇〇・東芝◇◇・ＮＥＣ☆☆　といった会社と違ってどこかの子亀ではなく、<strong>自分の所が親亀なので、悪くないかと入社時は思ったのですが、入社してみると、<span style="color: #0000ff;">「一部上場とはいっても、これがあ？」みたいな「一部上場」</span></strong>であり（その後、ヤマダ電機に買収されて非上場になりました）、何より、<strong>財閥系ではないが子亀会社ではなく自分の所が親亀だから、親亀会社から親亀会社での競争に敗れた人間がやってきて上の役職につくということはない・・・だろうなどと思っていたらそうではなく、<span style="color: #008000;">銀行から変なのがいっぱい来て、しかも、そういう人間が身の程以上に高い役職についていた。</span></strong>「横すべり」ではなく、たとえば、総務部の東京支店在勤だったＭ野などは、太陽神戸銀行から出向できていたが、このおっさん、そのまま、太陽神戸銀行にいたら、定年直前までヒラのままで、定年直前に主任くらいにでもならせてもらえたら御の字と違うのか・・・て感じのおっさんだったが、それが小堀住研（株）に来ると、いきなり、「次長」・・・で、Ｍ野に限ったことではなく、小堀住研（株）に銀行から来た人間というのは、どいつもこいつもフランスも、みんながみんな、その調子だったのです。又、総務とか人事とかいうのは、「一族もしくは銀行から来た人間で、技術系の能力はなく営業では使い物にならない人間のつく職種」という位置づけではだめで、総務や人事としての能力を発揮できる人間がその職種に就くべきだと私は思っていたし、私自身、<span style="text-decoration: underline;">総務や人事というのは会社において大事な職種であり、大学卒業までに、労働法・労働経済学・労務管理論・会社法や、心理学・カウンセリングなど学んできたような人間が着く仕事と考えていて、決して「一族や銀行から来た人間で他の職種では使い物にならない人間の仕事」と位置付けていい職種ではなく、大学卒業までそういったものを学んできた私などが就く仕事だと考えていたのでした・・・が。</span>ところが、<span style="color: #0000ff;"><strong>小堀住研（株）は、「一族らしい高卒の程度の低いおっさん」と「銀行から来た能無し」とで人事・総務の多くの部分を占拠されていた。</strong></span><br />
　　これでは、日立〇〇・東芝◇◇・ＮＥＣ☆☆　といった会社以上というのか以下というのかで、従業員の間でも「ま～た、銀行からわけのわからん、何もわかってないヤツが来るのか」と言われており、さらに、そういう人間というのは、戸建住宅建築業についてわかっているわけでもなく、元外務省の佐藤優氏がモデルの『憂国のラスプーチン』で、外務省の西郷さんだったかが「有能でやる気のある人、有能でやる気のない人、無能でやる気のある人、無能でやる気のない人、この４つで最も害があるのはどのタイプの人間だ？」と質問して、憂木護（佐藤優）が「無能でやる気のない人ですか」と言うと、「ブー」と言い、「無能でやる気のない人はまだいいの。そうではなく、<strong>無能なのにやる気のある人</strong>というのが一番困るの」と言う場面があったが、<strong>小堀住研（株）に銀行から来ていた人たちというのも、そんなところがあって、<span style="color: #ff0000;">「無能のくせして、何かやりたがる」という困った人</span>がけっこういた。この場合、その「何か」は、やらずにいてくれた方がいい、というものである。</strong>実際、富士銀行から来て、小堀住研（株）では最初から「常務取締役」「東部営業本部長」になった増田和二などもそれで迷惑した。富士銀行（現　みずほ銀行）というのは自分の所が融資した会社なのか、株を持った会社なのかをよっぽどつぶしたいのか？　という感じだったが、富士銀行（現　みずほ銀行）は自分の所が融資したのか株を持ったのかという会社をつぶすと、何か得するのだろうか・・・？<br />
<br />
　　世の中には「いいかげんな資格」もあり、なんでも、資格を持てばいいなどと思って「資格商法」に引っ掛かると、カネだけ取られたみたいになったり、悪くすると、その資格を持つと何何ができる・・・と思いこんで、実は他の正式な国家資格を持っていないとやってはいけないと法律に定められているようなものをさせようなんて資格もあって、うかつにひっかかると有罪にされる危険もある・・とか「資格の本」には書いてあったりもします・・・が、国家資格の場合は国が定めているのですから、「普通自動車第一種免許もってます」なんて言っても、「だから、何なんだよ」と言われるかもしれませんが、持っていて悪いことはない。それに対して、民間資格の場合は、その業界団体が実施している資格試験であれば、どれだけ評価されるかされないか、「（取得するための）コストと利益を比較衡量して考えて」いいかどうかという問題はあっても、取得することがマイナスになることはないが、中にはいいかげんなものもあると言われます・・・が、<strong><span style="color: #800080;">「国家資格は価値がある。民間資格は価値がない」としか考えられない単細胞</span>も会社の採用担当者にはいるのですが、その思考は間違いです・・・が</strong>、自分が経営者の立場か採用担当者の立場であれば、それは間違いだと認識するべきですが、<span style="color: #0000ff;"><strong>自分が応募する側の立場の時には、採用担当者に面接で「あんたの考えは間違っている」と言うわけにもいかないので、採用担当者がアホですと「アホは正義」になってしまう、正しくない認識でもそれがまかり通る</strong></span>のです。かつ、<strong>「採用担当者がアホやから野球ができん！」と言いたくなる会社は実際問題として少なくない</strong>のです・・が、できるだけ、「採用担当者がアホやから野球ができん」会社でない方の会社に勤めたいものではあるのですが、あまり高いレベルで希望すると勤めることのできる会社はなくなってしまうので、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」「韓信の股くぐり」と思って我慢もしてきたのですが、<strong><span style="color: #008000;">『C級サラリーマン講座』みたいな会社</span>が、世の中、けっこう多い( 一一)</strong><br />
　　もともと、三井ホームの社内資格だったらしい「インテリアコーディネーター」が国家資格にまでなったものの、「行政改革」で民間資格にされた・・・というのは、民間資格になっても価値があるものは価値があるはずなのですが、「国家資格は価値がある。民間資格は価値がない」という思考しかできない単細胞がけっこういますから、なおかつ、<span style="text-decoration: underline;">私などは、「通産省認定　国家資格」であった時代にインテリアコーディネーターを取得したのですが、私立の学校が公立になったり公立の学校が私立になったりしても、自分が卒業した時点に私立であれば私立の学校卒、自分が卒業した時点で公立の学校であれば公立の学校卒のはずですが、資格の場合は、「民間でできるものは民間で」とか言ってその資格が民間資格になると、国家資格であった時代に取得した者までが、持っているその資格が国家資格から民間資格になってしまいます。</span>応募しても「インテリアコーディネーターなんて、そんな資格はだめです。そんな資格は。いっきゅうけんちくしい～いでないとおおおおおお！」とか、「こいつ、絶対、アホや」て感じで言われたりするのです。２０００年代ですが、私は文化シャッター（株）<a href="http://www.bunka-s.co.jp/corporate/outline/">http://www.bunka-s.co.jp/corporate/outline/</a>　という会社で、「私はバカでも入れる私立五流大学を卒業してきたばかりです」と顔に書いてある２０代と思われる若造からそう言われたのです。「こいつ、絶対、アホや！」と思っても、面接で応募する側の人間が「おまえは、アホか！」と言うわけにもいかない（けれども、心の中では「こいつ、絶対アホや」と思っているのですが、又、この会社はこんなアホに面接を担当させているのか」、又、「この会社は俺をこんなアホに面接させるのか。ひとを馬鹿にしてるのと違うか」と思っていたのですが）・・・ので黙って聞いてりぁいい気になりやがってやいやいやいやい・・・と遠山の金さんみたいに言いたくなります・・・が。実際問題として<strong><span style="color: #0000ff;">「三流一級建築士」を矢鱈とありがたがる「ほとんどビョーキ」みたいな男</span>というのが日本の建築業界の採用担当者には多い</strong>のです。<br />
　　<span style="color: #800080;"><strong>三流一級建築士を崇拝する権威主義的パーソナリティーの会社</strong></span>　文化シャッター（株）の人事部長という男は<span style="color: #008000;"><strong>「うちは一部上場ですから」とそこでも権威主義的パーソナリティーを発揮</strong></span>しましたが、<span style="text-decoration: underline;">決してきっちりした対応をしているわけでもないのに「うちは一部上場ですから」と言えばひとは評価するという観念、「いっきゅうけんちくしい～い」と言えば言われればありがたがらないといけないというあほくさい観念、そういうのはあんまりいいとは思えません</span>し、そんな認識の男が人事部長になっている会社というのは、一部上場の会社であっても、あんまり一流の会社とは言えませんね。<br />
&nbsp;&nbsp;<br />
&nbsp;&nbsp;　　今まで、三流以下企業にばっかり勤めてきましたので、職場で、なんとも、びっくりするような体験をずいぶんとしてきました。慶應大学の商学部の教授先生が、「東大・京大や慶應・早稲田などの大学の卒業生ばかりという会社に勤めるよりも、そういう大学の出身の人間をなかなか採用できないというくらいの会社に勤めた方が、実力を発揮できる場があっていい面がある」といったことを講義の中で言われたことがありましたが、それは違うと思います。その業界で１位の会社と２位や３位の会社なら、常に１位の会社がいいとは限らない、そうではなく、その会社の体質なども考えて、自分がいいと思ったところに行けたなら、その方がいいということならそうかもしれませんが、これは言う人がけっこうあるのですが<span style="color: #008000;"><strong>、「あまりにも下の会社に行くとかえってよくない」ところがあります</strong></span>し<strong><span style="color: #ff0000;">、「会社にエイリアンがやってきた」</span>みたいな経験ばっかりさせられて、・・・実際のところ、疲れました。<br />
<br />
　　</strong>（株）一条工務店の特徴として、<br />
（１）「一流大学」卒の人間に経営者が敵意を持っている、<br />
（２）同業他社に在籍したことがある従業員に経営者が敵意を持っている、という点がある。<br />
いずれも馬鹿げていると思う。せっかく採用した従業員は活かすべきであると思うのが、活用してたまるか、実力を発揮させてたまるか、というその姿勢。愚かである・・が、よくもそういう会社に我慢して１１年余もいたものだ。えらいかアホか。結論を言うとアホと違うかと思う。同業他社にいた人間といえども、採用したからには自分の会社の従業員であって他社の従業員ではないはずだが、自分の会社に入社させても、それでも、同業他社の従業員のように思って、「こんちくしょう！」という気持ちでいるのかもしれないが・・、あんまり賢い人間の思考ではない。<br />
<br />
　　小堀住研（株）は「技術系の会社」と言っていたが、それは一理はあって、技術系の部分については優れた部分があるが、営業に関しては中に関心しない人もおり、総務・人事においては<strong>「これが『一部上場』の会社の総務・人事か」「これが従業員千人超す会社の総務・人事か」</strong>という状況だった。父が「その会社がどの程度の会社かを見るには、営業を見るのではなく、総務や人事を見るとわかる」と言ったことがあったのだが、その理由は、<span style="text-decoration: underline;">営業の場合、しっかりした営業がいたとしても、それはその人がそうだったというだけという場合があるのに対し、総務・人事にはその会社の実力が見える</span>というのだ。小堀住研（株）の場合、人事部長の高田については「こんな男が人事部長なのか」とあきれたが、おそらく、一族だから人事部長にならせてもらっていたというだけの男だろう。ところが、小堀住研（株）の不幸というのか、末期症状というのか、<strong>銀行から派遣されていた能無しが大量にいた</strong>という点がある。入社式の後の立食パーティーの時、太陽神戸銀行から出向できたばかりで常務取締役・西部営業本部長になったという大野が「借金があるから来ているのではなく、人材が不足しているから来てるんです」と発言したが、<br />
（１）銀行と住宅建築業は仕事の内容が異なる。サッカー選手として優秀な選手、陸上競技の優秀な選手を連れてきて野球をさせたとしても、野球選手として優秀とは限らない。<strong>もしも、銀行に勤めて、銀行で実績を残したから住宅建築業もできるに決まっていると思っているのなら、それは思い上がりというもの</strong>だろう。<br />
（２）そんなことよりも、もっと大きな問題として、<strong>そもそも、銀行というのは、他社に「優秀な人材」を貸すほどそんなに「人材」が余っているのか？　そんなわけないだろうが。もし、本当に優秀な人材なら自分の所に置いておくだろうが。</strong>違うか？<br />
だから、その大野の発言はウソである。小堀住研（株）は、いい所を大事にして、問題点を改善すれば、いい所を活かすこともできたのではないかと思うし、いい家を作っていたのになあ、「小堀ならでは」という家を作っていたのになあと残念だが、２代目社長の中島昭午は逆をやってぶっつぶしたようだ。アホだったということだ。<br />
<br />
　　私は大学卒業までに、労働法・労務管理論・労働経済学などを学び、心理学・カウンセリングなども学んできた者であり、（株）一条工務店に入社するより前、他社で人事総務部に在籍したこともある者だった。（株）一条工務店に入社すると、同社の総務というのは、初代社長の大澄賢二郎の義理の弟の天野隆夫の嫁の天野順子が「総務の責任者」で、縁故らしい山本というヌケタの男がヒラから「主任」に昇進する功績を残したわけでもなく、功績を残せるような人間ではないにもかかわらず、「主任」にならせてもらって総務にいて、ほかは「高卒の女性社員」だけだった。「浜松地方の工務店」ならともかく、<strong>全国展開していこうという会社においては、それではだめであり、私のような国立大学か早慶くらいの大学の社会科学系学部卒で労働法・労務管理論・労働経済学などを学んできたような人間を１人は配属して担当させないと、「社長の義理の弟の嫁」が総務にいて悪いとは言わんがそれが「責任者」ではだめで、ましてやヌケタの山本では論外だったはずだ。ところが、<span style="color: #0000ff;">（株）一条工務店浜松　の経営者は、「浜松工務店」から脱却するのを断固として拒否する</span>のだった。</strong><br />
　　私が宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士の資格を取得しようと考えたのは、小堀住研（株）に入社した際、技術系（４年制大学の建築学科・土木学科卒の人）は建築士・営業系（４年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人）は宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士の資格をぜひ取得するようにしてもらいたいと言われたことと、応募した際の面接の際、「うちの会社に入社されるなら、宅地建物取引主任者の資格を取ってもらうといいです」と言われたことによる。<br />
　　宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士 には、３２歳の時の試験で合格し、登録した時は３３歳だった。会社に勤めた場合、その会社の仕事に関係する資格を、何かひとつくらい取得しておきたいとは考えていたが、<span style="text-decoration: underline;">資格は取得すること自体に意味があるのではなく、取得したものを活かしてこそ価値がある</span>と考えていたので、もうひとつくらい取得してもいいけれども、すでに３０を過ぎていたことでもあり、むしろ、「婚活」の方が先かもしれないとも思っていた。もしも、もうひとつ取得するのなら、建築士は受験資格が４年制大学の建築学科卒なら、実務経験なしで二級建築士を受けることができたが、商学部卒では建築士受験に際しては「学歴」にならないのでその点で取得は大変であるし、そもそも、<strong>会社には建築学科卒で入社している人間もいるのだから、そういう方面は建築学科卒で入った人にまかせておいて、労働法・労務管理論・労働経済学など学んできた者には人事総務関係の仕事をさせるか、もしくは、法律科目を多く学んできた者には法務部のような仕事をさせるか、あるいは、（株）一条工務店は外国から輸入しているものもあったのだから、経済学などを学び、同社のような従業員のレベルから考えると上の方の水準であった語学力を活かして、外国から輸入するようなものの担当をさせるか、商学部出身者として、商業学・経済学などの認識のもとに、商品開発や新規出店計画の担当などさせるか、そういった使い方をするべきであり、そういった使い方をしないなら、せっかく、慶應の商学部卒の者を採用してもその意味がないことになる。</strong>「うちの会社にも慶應大学出た人間いるんですよお」と言うためだけに採用したわけでもあるまい・・・と思ったのだが、（株）一条工務店のオーナー経営者一族というのは論外の考え方をしていたようだ。「バッカじゃなかろかルンバ♪」て感じもするが、「なかろか」ではなく、バカだったはずだ。「ベンチがアホ」の会社によく１１年余も我慢して勤めたものだ。えらいかアホか・・、アホかもしれないが、あんな会社でよく頑張ったなあという面もある。<br />
<br />
　　（株）一条工務店では、ある程度以上の年数を在籍してある程度以上の営業成績を残した者が、会社都合で転勤した場合、「副店長」に昇進することになっていた。１９９８年、私はその条件を満たして福島県いわき市の営業所から栃木県佐野市の営業所に転勤した。しかし、<strong>すでに３０代後半になっていたのに、まだ、この会社は私に一線の営業をさせるのか</strong>と思い、いわき市の営業所に赴任したのは、複数の地域を実際に経験するという意味があるとしても、まだ、他の地域を経験させても、いったい、いくら経験させれば気が済むのか。１９８０年代前半、テレビで「今年、大蔵省に入省した皆さん」という企画が放送されていたのを見たが、東大出身者が５人、慶應出身が１人。東大出身のうち１人が女性で他は男性。その１人の男性が入省１年目に何をやっていたかというと、「廊下とんび」と言って、書類を持って廊下を「とんび」のように走り回るというもので、アナウンサーが「あなた、東大出なのに、廊下とんびなんてさせられて嫌じゃないですか」と言ったのに対し、「いえ、そんなことありません」と答えていたが、大蔵省では国家公務員１種合格で入省した東大卒の人間には、入省１年目には「廊下とんび」をさせても７年目にまで「廊下とんび」をさせることはないはずだ・・・が、（株）一条工務店は私にそれをさせたのだ。<strong>この会社はいったいいつまで私に「廊下とんび」をさせるつもりか</strong>・・・。<br />
　　インテリアコーディネーターは、（株）一条工務店に入社２年目に入った頃、営業本部長の天野隆夫から取得してくれと言われ、上役から言われたのなら取らないわけにはいかないと思い、それで、もしも、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の他に住宅建築業に関係のある資格をもうひとつ取得するのなら土地家屋調査士はどうかと思って受験参考書など見ていたのだが、それを取りやめてインテリアコーディネーターの試験の学習をはじめ、３回目の受験で１次（学科）に通り、その翌年に２次（製図・論文）に合格して登録した。慶應大学商学部卒として入社した者に、人事総務にはろくな人間がいない会社においてはそちらで使うという選択もあったはずだが、<strong>インテリアコーディネーターを取ってくれと営業本部長が言い、「慶應大学の出身の人ですから、いろんな場所を経験してもらおうと思いまして」ということで福島県いわき市の営業所にも勤務したのだから、インテリアコーディネーターの有資格者として、慶應の商学部出身者としての商業学・マーケティングや経済学の認識・発想とともに、インテリアコーディネーター資格者としての知識・能力を活かし、複数地域での実際の営業経験とともに、商品開発なり新規出店計画なり、外国から輸入する物についての担当なりさせるつもりなのであろうと思い、営業としては一貫して条件の悪い展示場に配属されながら、そこで努力して苦労して実績を残し、インテリアコーディネー他の資格試験にも合格したのだが、<span style="color: #800080;">いつまでも、「廊下とんび」をさせる会社</span>だった。</strong><br />
<br />
　　（株）一条工務店を辞めた後、応募して知ったが、インテリアコーディネーターというのは男性が取得しても割が合わない資格だった。女性が取得すると、「インテリアコーディネーター」の求人はあり、資格者は採用してもらえるように可能性が高くなる。それに対して、「慶應大商学部卒＋インテリアコーディネーター＋複数地域での勤務経験」というのは評価してもらえない。「職種：二級建築士もしくは一級建築士」として募集されているものは、二級建築士か一級建築士の資格を持っている人を採用して、設計なり工事管理なりその他技術系の仕事を総合的に担当してもらおうと考えているという意味だが、「職種：インテリアコーディネーター」として募集を出している会社はそうではない。「職種：インテリアコーディネーター」と求人票に出していた千葉県市川市の建築会社に電話したところ、<strong>「男性の採用は最初から考えていませんから」</strong>と言われて電話を切られた。２０００年代、東海住宅（株）〔本社：千葉県八千代市〕<a href="http://www.10kai.co.jp/">http://www.10kai.co.jp/</a>　が「職種：インテリアコーディネーター」として募集していたものに応募した時には、「人相が悪くて目つきが悪い」その時点では常務取締役だったヤクザ顔の大澤が<strong>「インテリアコーディネーターのような女性の資格以外にも、当社では男性の仕事もありますから」</strong>と発言した。<span style="color: #0000ff;"><strong>インテリアコーディネーターというのは、歯科衛生士のように女性でないと受験できない資格ではなく、男女関係なく受けることができる資格でありながら、いったん、取得すると、「女性の仕事」と言われてしまう資格だった。</strong></span>なんとも、あほくさいものを苦労して取得したものだ。「インテリアコーディネーター」として募集していた求人に応募した時には、「実は、うちの会社とある大手さんとで共同して事業をやろうということになっておりまして、私は〇〇さんの履歴書を見て、こういう人もいいかと思ったのですが、大手さんの考えとして、インテリアコーディネーターというのは、一級建築士のアシスタントで、お客さんにお茶出しをしてもらって、お客さんのお子さんの相手をしてもらうという役割として考えているので、女性でないと具合が悪いということでした」と言われて不採用にされた。要するに<strong>その「大手さん」の担当者の認識としては、インテリアコーディネーターというのは<span style="color: #008000;">「三流一級建築士のアシスタント　兼　お茶くみおばさん　兼　子守女」の資格</span>だということだった</strong>のだ。<br />
<br />
　　なんとも、ばかばかしい資格を取得してしまったものだ。「コストと利益を比較衡量して」考えてという思考をするならば、インテリアコーディネーターという資格を取得するのは、男性、特に社会科学系学部卒の男性にとってはコストがけっこうかかりながら利益が薄い。　<span style="text-decoration: underline;">男性が取得した場合でも、「建築学科卒　一級建築士」がインテリアコーディネーターも取得したという場合は、プラス&alpha;の評価を得ることができるようで、「建築学科卒＋一級建築士＋インテリアコーディネーター」は評価されるが、「商学部卒＋インテリアコーディネーター＋キッチンスペシャリスト」はなかなか評価してもらえない。</span><span style="color: #0000ff;"><strong>会社というものは、同じような人間ばかりで構成・運営していてはだめで、「建築学科卒＋建築士」の人間と「商学部卒＋インテリアコーディネーター」とで協力し意見を出しあってこそいい結果が出るはずであり、「商学部卒＋インテリアコーディネーター」は価値があるはずだと私は思ったのだが、</strong></span>ひとつには、<span style="color: #800080;"><strong><span style="color: #000000;">住宅建築業界というのは<span style="color: #ff0000;">「未成熟な業界」</span>であり、</span>成熟していない会社においては、技術系部門では「学識者」の能力を取り入れるが、社会科学系学部出身者の能力を取り入れようという姿勢に欠ける場合がある。</strong></span>これは森川英正『日本経営史』（日経文庫）に出ていた話だが、<strong>日本の企業で「学識者」の活用は、まず、技術系部門から始まり、その後に社会科学系学部出身者の活用がなされるようになった、</strong>というのだが、 <span style="color: #008000;"><strong><span style="font-size: x-large;">「今もって明治以前」の会社</span>というのが「未成熟な業界」である戸建住宅建築業の業界では存在し、そういう会社では社会科学系学部出身者は「中卒高卒の人間の引き立て役」として採用したいだけ・・という場合があるようだった。</strong></span>「いいかげんにしろよ」という気持ちになるが、「中卒高卒優先主義の会社」は「いいかげん」でとどめない。（株）一条工務店の中卒高卒の経営者は決して「いいかげん」ではとどめない。限度というものを知らない。そのあたりが中卒高卒の経営者の特徴なのかもしれない。<br />
　　（株）一条工務店の同僚から「〇〇さんは本当によく我慢しますね」と言われたこともあったが、普通なら会社の経営者はそうやって我慢をしてきた者に対しては、我慢させてきたんだということで配慮をするべきであるし、自分の利益ばかり通してきた者と私のように会社のためを思って我慢してきた者とでは後者はそれだけ会社に尽くしてきたと評価されていいはずだが、（株）一条工務店の中卒高卒の経営者は私のように会社のためを思って我慢する者というのはそれが基本みたいに思ってしまうようだった。<br />
<br />
　　（株）一条工務店では、福島県いわき市に５年間・栃木県佐野市に３年半・山梨県上野原市に１年４カ月勤務した。住宅建築業の会社においては、営業をやるのなら同じ場所で継続して勤務した方が、契約客から紹介をもらえることもあり、その場所の特徴についても熟知しており契約はあがりやすいが、会社を運営する仕事に携わろうとするならば、１か所しか知らないようではいけない。「浜松の中のカエル」が他の地域の人間に迷惑をかけるということは（株）一条工務店を見れば明白である。だから、同社にとっては、大学卒業までの学問的努力とともに、複数地域での勤務経験のある私は貴重であったはずだが、<strong>浜松中心主義・浜松独善主義の「主義者」が支配する会社のオーナー経営者にとっては、<span style="color: #0000ff;">「空の一部分の広さは浜松の広さと同じだと言うのならそれは正しいが、空の広さは浜松の広さと同じだと言うのならそれは間違っている」</span>と認識している人間というのは、それだけでも<span style="color: #ff0000;">「腹立つ」</span>らしい。</strong>考えてみれば、なんとも「しょーもない会社」のために滅私奉公を続けたものだ。<br />
　　　職業安定所が「早期就職支援センター」なるものをおこなっているが、あれは税金の無駄遣いである。「早期就職支援センター」の担当者というのは、アホであり甘ったれている。<span style="color: #993366;"><span style="font-size: large;"><strong>「早期就職支援センター」というのは、あくまでも「早期就職支援センター」の職員の早期就職を支援する所であって、早期就職支援センターにクライアントとして行く人間の早期就職を支援する所では決してない。　</strong></span><span style="color: #000000;"><span style="font-size: large;">戸建住宅建築業の会社で営業の仕事をした者でも、<span style="text-decoration: underline;">特定の地域でしか仕事をしていない人間には、「空の広さは浜松の広さと同じだ」という認識を持ってしまっている人が少なからずいる。特に、低学歴の人にはそういう世界観を持つ人が多い。そういう人でも、その地域にいる限り、営業として成績を残せることもあるようだが、そういう人は他の地域に行って仕事をさせるのは無理であり、他の地域の人間にアドバイスさせるのも無理である。又、会社全体を考えて、全国を視野において会社運営を考えるのも無理である。</span><strong>私は大学卒業までの学問的努力とともに、関西の産まれの者が東京の大学に行き、都市圏としては東京圏で勤務し、「地方」においては福島県に勤務して、福島県よりは東京圏に近いが「地方」の側に属すると思われる栃木県で勤務し、山梨県でも勤務したことで、それぞれの地域の地域性・県民性による違いというものを肌で感じてきた。</strong>同じ場所にずっといた方が営業としての契約棟数は多く数えることができたかもしれないが、複数地域を経験したことで得たものは貴重である。だから、私は千葉県船橋市の早期就職支援センターで、それを話したのだ。ところが、早期就職支援センターのおっさんは、「何を言ってるんだ。そんなもの、何の価値もあるものか。あんた、いわきに５年間いたというのなら、いわきの業者やいわきの政治家なり役人なりに口がきいてあんたの言うことなら何でもきいてもらえるとかいうことでもあるのか。そうじゃないんだろ。そうじゃないなら、そんなもの、何の価値もあるものか。甘ったれるな！！！！」とそう言ったのだ。さらに、早期就職支援センターは、「商品開発とかそういうものをやりたいと言うというのは、人間が甘ったれてるからそういうことを言うんだ」と罵ったのだ。私は正直に話をしているのに、その早期就職支援センターの男は人の話を真面目に聞いていないようだ。私はもとから商品開発などの仕事をやりたいと考えていたのではない。もともとは、心理学などの研究者になりたいと考えていた人間で、それが商学部に行かされてしまったので、結果として商学部の科目としては労務管理論・労働法・労働経済学など「職場でひとを活かす」といった分野に関心を持ち、又、心理学の研究者になるのではなく社会科学系学部に行った司法試験を受けて裁判官か弁護士になることを考えていた人間だったので、法律科目を多く履修して卒業した。だから、会社という所に勤めた場合にも、それらを活かして人事・総務関係か法務部のような所に勤務させてもらえたらと思ったが、小堀住研（株）では営業の方が給与がいいと言われたこと、同社の研修でこういう営業なら自分にもできるのではないかと思ったことと、慶應の就職部の方から営業の方が会社全体を理解できるようになるのが早いと言われたことなどから営業の仕事についたが、いったん、営業の仕事についても、住宅建築業の場合、人事・総務をやるにしても、営業などの経験のない者に人事総務もできるのかという問題があり、会社が住宅建築業の営業の経験も踏まえて人事総務の方をやってもらいたいということならやってもいいと考えていた。しかし、（株）一条工務店は営業本部長がインテリアコーディネーターをとってくれと私に言い、他の人間と違って他県の営業所の経験をさせて、商品開発や新規出店計画などの担当をさせようとしたのである。私が希望したのではなく会社がそうしたのである。「甘ったれるな」という雑言は早期就職支援センターはそういう扱いにした（株）一条工務店の経営者にするべきであろう。<strong><span style="color: #000000;">私は早期就職支援センターのバカ職員にそういう口をきかれる筋合いはない！　むしろ、早期就職支援センター職員こそ「甘ったれるな！」と言われるべきであろう。</span>税金からカネもらって、何を甘ったれたことやっているのか！！！　<span style="color: #ff0000;">「早期就職支援センター、甘ったれるな！」</span>と言うべきであり、言われるべきであろう。早期就職支援センターは害がある。</strong>職業安定所の職員から聞いた話では、<span style="color: #0000ff;"><strong>早期就職支援センターというのは職業安定所がやっているけれども、最初から公務員として勤めた人間ではなく、公務員の試験に合格して就職した人でもなく、民間会社に勤めてきた人間を、ある時、早期就職支援センターで採用してコンサルタントみたいな仕事をさせているというのだが、結局、それではヤミというのか裏口入社と変わらないのではないか。</strong></span><span style="text-decoration: underline;">私は、早期就職支援センターというのは、職歴・資格・学歴から考えてどういう所なら採用されやすいか、どういう応募の仕方をすると採用されやすいか、こういう所なら欲しがるのではないかといったことを一緒に考えることで単独で考えて応募するよりも早期に就職できるように支援するセンターだと思っていたが、そうではなく、そういったことは一切せず、勝手なことばっかり罵って早期就職支援センターの職員が快感を感じて喜んでいるだけという所だった。</span>早期就職支援センターは害がある。早期就職支援センターは税金の無駄遣い、<span style="color: #ff0000;"><strong>早期就職支援センターはその存在そのものが税金泥棒である。<br />
<br />
</strong></span><span style="color: #993366;"><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><strong>　　</strong><span style="color: #000000;" color="#000000">　「小泉行政改革」の時に、職業安定所を民間にしてはという話が出たが、その時には、私はそれはいけないと思ったのだ。人材紹介会社には「ヘッドハンター」とかいう名称の職種の人がいるのだが、「ヘッドハンター」から声をかけていただくと、自分はそれだけ評価してもらえる「人材」なのか・・と一瞬思いそうになるけれども、だから採用されるとは決まっていない。それより、<span style="text-decoration: underline;">「ヘッドハンター」ということは、その会社に役に立つと思えばハンターのように手に入れようとするが、要らないと思えば切り捨てるような響きのある言葉だ。</span><strong>別の人材紹介会社では会長さんが自分自身が求職に苦労した経験から「どんな人にでも仕事にめぐりあえるようにしてあげたい」と言われたのを聞いて、そういう会社にこそ、そういう人にこそ、自分が応募する側でもひとを採用する側でも頼みたいと思った。</strong><span style="text-decoration: underline;">職業安定所という名称は、「職業を安定させる所」という言葉であり、「どこもが欲しがる人材」（なんてものがあるのかどうか知らんが）をハントして企業に売りつける者ではなく、すべての人が職業にありつけるようにする所という意味の言葉であり、それが職業安定所の使命であり、社会的役割で、それは「民間」でできるものではなく、「民間」にしてしまうと、それほど苦労しなくても仕事にありつける人を紹介する所になってしまうのではないかと思ったのだ。ところが、現状の職業安定所は違う。</span>船橋市の職業安定所で、求人票に「時間外　なし」と書かれていたものがあったので、「これは、時間外労働はなく定められた勤務時間内だけで仕事ができているという意味ですか、それとも、時間外労働について賃金は支払われていないという意味ですか。どちらですか」と職員に尋ねたところ、<strong>「知ら～ん！　わから～ん！　甘ったれるな！」</strong>と言われたのだ。</span></span></span></span></span></span><span style="font-size: large;"><span style="color: #993366;"><span style="color: #ff0000;"><span color="#000000"></span></span></span></span><span style="color: #000000;"><span style="font-size: large;"><span style="color: #993366;"><span style="color: #000000;"><span style="color: #ff0000;"><span style="color: #000000;" color="#000000">船橋の職業安定所の対応は、この時だけでなく、他にも求人票の記載内容について質問したところ、同様に「知ら～ん」「わから～ん」と言われたことがあったのですが、このあたり、<strong>「民間」の人材紹介会社ではありえないこと</strong>です。甘ったれているのは、いいかげんな求人を受け付けていいかげんな情報を紹介して給料をもらっている職安職員の方と違いますか。<strong><span style="color: #800080;">「民間」の人材紹介サイトで、求人募集に書かれている内容と応募して際とで内容が異なったというような場合、人材紹介サイトに苦情を言うと、ともかくそれなりに対応してくれますが、それに対して職業安定所に苦情を言っても「そんなこと言われても、うちでどうするということはないので」とか言って常に応募する側が悪いというように持っていきます。</span>なぜ、職業安定所の職員はそういう態度をとるのか。<span style="color: #0000bf;" color="#0000bf">彼ら職業安定所職員は、「すべての人が職業にありつけるように」という姿勢で仕事に従事しているのではなく、職安職員というのは、あいつらは「失業者は犯罪者である」「求職者は悪いやつだから仕事を失った人間だ」という意識でおり、<span style="color: #007f40;" color="#007f40">職業安定所は「すべての人が職業にありつけるように」存在するのではなく、「失業している人間というのは、その人間が悪いやつだから、その人間に問題があるから失業しているのであって、国の政策に問題があるから失業者が出ているのではない」ということにするために職業安定所および早期就職支援センターをやっているのです。そんな意識でいるから、だから、あいつらはふんぞり返っているのです。</span></span></strong>ですから、<strong><span style="color: #7f003f;" color="#7f003f">そんな職業安定「所」はない方がいい。職業安定所は「民間」にすれば、おそらく、殿様商売で労働者・求職者に敵対してきたあいつらは食えなくなるでしょう。職業安定所は「民間」にして、職安職員は一度食えなくしてやった方が、あいつらのためだと思います。</span></strong></span></span></span></span></span><br />
&nbsp;<strong><br />
&nbsp;&nbsp;　</strong>　私は、複数地域での経験というのは価値があると思っているし、又、営業の仕事というのは複数の会社で経験した方が客観的に見えるようになり、いいかもしれないとも思っている。それぞれ、その時に所属した会社のやり方を尊重しながらも、自分自身の考え方・自分自身のやり方というものを確立した者は、どこに行ってもそれなりにやっていける可能性があるのに対し、特定の会社で特定の場所しか経験のない人というのは、そこにいてそこの状況がないと、他では役に立たない可能性がある。しかし・・・、実際に求職活動をして骨身にしみて感じた。　<strong>「福島県に５年間、栃木県に３年半、山梨県に１年４カ月勤務しましたあ～あ・・・」と言っても、なかなか評価してもらえない。「ミラノに５年間、パリに３年半、ロンドンに１年４カ月勤務しましたあ～あ・・・」と言ったなら、それなりに評価してもらえたのではないか。</strong>そういったことを考えると、<span style="color: #0000ff;"><strong>アホ一条工務店のアホ経営者に「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」「臥薪嘗胆」「韓信の股くぐり」と思って我慢して毎日毎日、毎年毎年、滅私奉公を続けたのは、結局、バカを見さされるためにバカを見てきた・・ということだったようだ。</strong></span><br />
　　<span style="color: #808000;"><strong>「</strong><strong>どちらでもできる」と「両方できる」は意味は同じではない。（株）一条工務店のアホ経営者の指示に従って、苦労してインテリアコーディネーターの学習をし、製図の勉強などそれまでにたいしてしていないのに製図が試験にある資格試験を受けて合格まで達成し、他の分野のもの、法律関係なり語学関係なりの資格をめざしておれば、取得後、もっと評価が高く、かつ、私にとっては取得は楽だったと思われるものを取得せず、入社するまでに学習してきた方面とは異なる資格の試験に尽力して合格までたどりついたものの、なんとも、世間での評価の低い資格ばっかり取得してしまった。</strong></span>かつ、<span style="color: #993366;"><strong>「</strong><strong>ミラノに５年間、パリに３年半、ロンドンに１年４カ月」でなくても、「バルセロナに５年間、ポートランドに３年半」でも勤務させてくれれば、「福島県に５年間、栃木県に３年半、山梨県に１年４カ月」と勤務したよりもその後の評価は高かったであろう。</strong></span>中卒高卒優先主義の（株）一条工務店は何かと「高卒のおっさん」を優遇しようとするが、そういう人にミラノに勤務してもらってもイタリア語を習得するのは無理だろうが私なら習得できたであろうし、現地の状況も理解すれば、現地の建築・インテリアについても理解し、それを会社の商品に反映させることだってできただろう。フィリピンに工場を作ったとしても、それも「高卒のおっさん」に担当させるより、私に行かせてくれれば役に立ったと思うのだが、中卒高卒優先主義の会社の経営者にとっては、そういう意識でいる人間、<strong>「なんで、俺を使ってくれないんだ」</strong>という意識でいる人間は、その意識自体が「腹立つ」とか思っていたのではないか。<br />
　　<strong>同じ量・程度の努力・苦労をするのなら、報われるような努力・苦労をするべきで、滅私奉公もまた、報いてくれる会社のためにするべきだったと思う。</strong>　私より若い人で、このブログを読んでくださる方は、ぜひそのあたりを参考にして判断されたい。毎日毎日毎年毎年、滅私奉公を繰り返して、超弩級にバカを見させられた男の本音である。<br />
<br />
　　　（２０１９．６．２８．）</span></span></span>]]>
    </description>
    <category>インテリアコーディネーターの評価</category>
    <link>https://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/24/</link>
    <pubDate>Fri, 28 Jun 2019 12:47:59 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>資格試験受験予定者・受験を検討する者に不適切なアドバイスをする者に注意を与えたい</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><span style="font-size: large;">［第２２回］<br />
　前回、《入学試験・資格試験に合格するための基本論「受験はアタマでやるもんや」》で、入学試験・資格試験受験の基本論を述べた。もう少し、基本論を述べてもいいのだけれども、今回は、その基本論を踏まえた上で、職場などで見た「困った人」について述べる。但し、「困った人」と言っても当人は悪気でない可能性があるので、悪気でない人のことを批判すると機嫌を悪くするかもしれないが、しかし、悪気でなければいいというものでもない。内村鑑三は『基督信徒の慰め』（岩浪文庫）で「動機善意」と「結果善意」という用語を使用して述べているが、「動機善意」だから結果はよくなくてもいいというのは、それは子供の主張であり、大人はそれではいかんと思う。<br />
<strong>［１］</strong>　１９７０年代後半、北野高校の３年の時だが、クラブのOBで大阪大学工学部に１浪で入学して２年在学中だったS本（男。大阪市西淀川区の大阪市立のU島中学校卒）が、しばしば、高校生のクラブ活動に顔を出して、そして、高校３年の人間を見ると、「浪人した方がええぞお～お」と言ったり、「京大に行くよりも阪大の方がええぞお～お」と言ったりして、<strong><span style="color: #008000;">現役で通る可能性がある人間を浪人させてやろう、京大に行けるかもしれない人間を阪大以下に行かせてやろうと画策していた。</span>そんなことをするために、しばしば、出身高校に足を運んでクラブ活動にしゃしゃり出ていた。<span style="color: #ff0000;">こいつ、嫌なヤツだなあ・・</span></strong>と思ったことがあったが、そういうヤカラはそれは根性がそういう人間なので、たぶん、死ぬまでその性格は大きくは変わらないだろう。<br />
　そのS本みたいに、高校生の進学の足を引っ張ってやろうという意志で高校のクラブの練習にしばしば顔を出すというそういう男は、私は来ないでほしいと思うのだが、来るのだ、そういうヤツは。そういうのは「アホやからしゃあない」とでも思って避けるしかないかもしれないが、悪気でないけれども、「困った人」というのもいる。<br />
<br />
<strong>［２］</strong>　私は１９９２年に宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士の資格試験に合格した。 これは、１９８０年代後半に小堀住研（株）に入社した時、入社式の後、「技術系の人は建築士、営業系の人は宅地建物取引主任者の資格をぜひ取得するようにしてください」と言われ、又、面接の際にも「うちに入社されるなら、宅地建物取引主任者の資格をとってもらうといいですよ」と言われ、それで取得を考え、１９９２年に２回目の受験で合格した。<br />
　その後、住宅・建築・インテリア・不動産関係の資格についての本を読んでいたところ、合格者の合格体験記というもので、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士 に合格したという女性が、「宅地建物取引主任者に合格するためには、この方法しかない」と述べていたので、それは違うぞ・・と思うとともに、こういう書き方・述べ方はいかんなあ・・と思った。<br />
　まず、<span style="text-decoration: underline;">入学試験についても資格試験についても、ひとによって学習法は違うし、そのひとが置かれている環境も異なる。その人が、その出題分野について、本格的に受験を考え出した時点でそれまでにどの程度学んできているのかもひとによって異なる。だから、学習法は人それぞれ、</span>合格体験記など読んで参考にするのはいいが、あくまでも参考であって、自分自身でそれを咀嚼して、自分がいいと思うやり方でやるのが一番いいはずなのだ。『東京大学機械的合格法』『司法試験機械的合格法』（いずれも、実業之日本社）の著者 柴田孝之がそのどちらかで述べていたが、東大や（旧型）司法試験のような難関の試験に合格しようと思ったなら、<span style="color: #0000ff;"><strong>多くの人間がやっている方法であっても自分が要らないと思えば要らないと判断することも必要で、あえて少数派になる勇気がない者は東大や（旧型）司法試験のような難関試験に通る必要はない、</strong></span>といったことを述べていたが、私もそう思う。多くの人間がやっている学習法でも自分が要らないと思えば要らないのであり、あえて少数派になる勇気を持てない者は難関の試験に合格する必要はないだろう。柴田はなかなかいいことを言っている。<br />
　何より、<span style="text-decoration: underline;">その合格体験記を書いていた女性の学習法を私はとらなかったが宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）の試験に私は通ったよ(^^♪　その人よりも先に。</span>だから、自分はこのやり方がいいと思った・・ということならそう述べるのはいいけれども、「このやり方しかない」とかそういう表現はしない方がいいと思うのだ。<br />
<br />
<span style="color: #000000;"><strong>［３］</strong>　その合格体験記が載っていたのは&nbsp;三島俊介『インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格の本』（１９９３．５．１０．こう書房）だったように思ったのですが、今、同書を読み返しても見つからないので他の本だったかもしれません。<span style="text-decoration: underline;">合格体験記を書く側も、自分はこういうやり方で通った・・としても、他の合格者は他の方法で通ったかもしれないし、自分の方法は悪くないと思っても学習法は人それぞれだと認識して書くようにした方がいい</span>と思います。</span><br />
<span style="color: #800080;">　<span style="color: #000000;">同時に、</span><strong>合格体験記を読む側も合格体験記というのは、合格者がそう思ったということを書いていたとしても人によっては当てはまらない場合もあるということは認識して読むようにした方がいい</strong><span style="color: #000000;">と思います。</span></span><br />
<span style="color: #000000;">　三島俊介『インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格の本』（１９９３．５．１０．こう書房）に掲載されていた合格体験記では、インテリアコーディネーターの合格体験記を書いていたM田さんという女性が、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストのダブル受験をお勧めしますと書かれていたのですが、私は、そうかいなあと思って、又、（株）一条工務店に在籍中、営業本部長の天野隆夫からインテリアコーディネーターを取ってくれと言われたことでインテリアコーディネーターの資格を取得した者としての仕事をさせたいということであろうと考え、会社という所においては１０のことをやってくれと言われて１０やる人もあれば７くらいしかできない人もあり１２か１３やる人もあるので、私は、インテリアコーディネーターを取得してくれと言われたのならインテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストを取得しようと考えたことと、１９９２年に同社の浜松の営業所にいた古橋といういいかげんな男（当時、３０代後半？）がキッチンスペシャリストを取得していたと聞いたので、あんなヤツが合格したのなら比較的簡単な試験だろうと思って受けたら、最終的に根性で両方に合格・登録したけれども、受験を始める前に思っていたよりもはるかに難しい試験だった。</span><br />
<span style="color: #800080;">　<span style="color: #000000;">そもそも、</span><span style="color: #003300;"><span style="color: #008000;"><strong>あんないいかげんなヤツが通ったなら俺も受ければ簡単に通るだろうなんて思ったとして、その「いいかげんなヤツ」の話なんてのは本当かどうかわからんわけで嘘かもしれない</strong></span>し、<span style="color: #800000;"><strong>資格というのはできたばっかりの頃は合格しやすい場合が多く、できたばっかりの時期に通った人が簡単に通ったとしてもその資格試験が実施されてある程度経って定着してから受ける者には易しくないという場合があります。</strong></span></span></span><br />
<span style="color: #800080;">　<span style="color: #000000;">同書で合格体験記を書いていたM田さんという女性は、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストの２つを同時に学習して「ダブル受験」をお勧めしたいということでしたが、この２つを同時に学習しながらもインテリアコーディネーターを優先して先に合格し、その後にキッチンスペシャリストに合格した私からすれば、この「ダブル受験」はお勧めできない、ひとにもよるのだろうけれども、社会科学系学部卒で住宅建築業の会社に勤務していた３０代前半で受験を始めた男性という受験開始時の私と似た条件の人にはお勧めできません。<strong>あくまで「人それぞれ」ですから人によって違うかもしれませんが。</strong>なぜなら、インテリアコーディネーターの１次試験（学科）とキッチンスペシャリストの学科試験は、まだしも、出題範囲に共通点もあるのですが、</span><strong><span style="color: #0000ff;">インテリアコーディネーターの２次試験（製図・論文）の製図試験とキッチンスペシャリストの製図試験は、製図を求める対象が似ておりながら、インテリアコーディネーターは定規を使用して書けというもので、キッチンスペシャリストはフリーハンドで書けというものなので、２種類のものを同時にやると頭が混乱する。</span>又、キッチンスペシャリストにはインテリアコーディネーターにないキッチン設計というものがあり、似た図面作成を別の手法でやらないといけないし、キッチン設計という設計でもかなり特殊なものが出るということで負担が大きかった。</strong></span><br />
<span style="color: #800080;">　<span style="color: #000000;">私の場合、「大学受験のベテラン」で大学入学までに英語も相当学習してきていますから、（株）一条工務店の従業員のレベルで考えれば語学のレベルも上の方でしたが、逆に建築学科などの卒業ではなかったので、製図がある試験は負担が大きかった。キッチンスペシャリストは、当初、もっと簡単な試験かと思って受験を始め、途中までやった以上はやめられるかあ！　という気持ちで根性で合格したが、その労力・ファイトをキッチンスペシャリスト試験に注入するのなら、インテリアコーディネーターは取得するとして、むしろ、英語検定かイタリア語検定などを受験して上の方の級に合格するようにした方が良かったのではないかと思います。少なくとも、<span style="color: #808000;"><strong>「慶應大学商学部卒＋インテリアコーディネーター＋キッチンスペシャリスト」と「慶應大学商学部卒＋インテリアコーディネーター＋英語検定１級」もしくは「慶應大学商学部卒＋インテリアコーディネーター＋英語検定２級＋イタリア語検定２級」であれば、私にとっては「慶應大学商学部卒＋インテリアコーディネーター＋英語検定１級」もしくは「慶應大学商学部卒＋インテリアコーディネーター＋英語検定２級＋イタリア語検定２級」の方が合格しやすかったと思う</strong></span>し、大変な思いをして「慶應大学商学部卒＋インテリアコーディネーター＋キッチンスペシャリスト」となったとしても、</span></span><strong><span style="color: #800080;"><span style="color: #000000;">インテリアコーディネーターというのは「女性の資格」みたいに思われており、ある会社に応募した際には、「インテリアコーディネーターの方には、一級建築士のアシスタントをしてもらって、お茶出しをしてもらい、お客さんの子供の相手をしてもらうということを考えているので、女性でないと具合が悪いんです」と言われたこともあったように、<span style="color: #ff0000;"><span style="color: #000000;">「三流一級建築士のアシスタント 兼 お茶くみおばさん 兼 子守女」</span></span>の資格のように思われているところがあり、男性が取得しても取得するための労力のわりに評価は低い。</span></span><span style="color: #000000;">キッチンスペシャリストに至っては合格するのはけっこう大変な資格であるにもかかわらず認知度が低く、求人に応募する場合にはキッチンメーカーですらそれを評価する所が少ない。</span></strong><span style="color: #000000;"><span style="text-decoration: underline;">男性でも「建築学科卒＋一級建築士＋インテリアコーディネーター」であれば、単なる「一級建築士」よりも「プラス&alpha;」の評価を得られるということがあるようですが、「商学部卒＋インテリアコーディネーター」というのは、私は価値があると思うのですが、なかなか評価してもらえない</span>ようでした。そういったことを考えると、　<strong>「慶應大学商学部卒＋インテリアコーディネーター＋キッチンスペシャリスト」よりも、「慶應大学商学部卒＋インテリアコーディネーター＋英語検定１級」か「慶應大学商学部卒＋インテリアコーディネーター＋英語検定２級＋イタリア語検定２級（もしくはフランス語検定２級）」、もしくは、むしろ、「慶應大学商学部卒＋英語検定１級＋イタリア語検定１級（もしくはフランス語検定１級）」の方が、よっぽど評価も高く、使い出もある。</strong>３０代初めの私にとっては、製図のあるインテリアコーディネーターや製図でもかなり特殊で指導機関が少なく、テキストも出ていなかったキッチン製図が試験にあるキッチンスペシャリストなんて受けて取得するようりも、「英語検定１級＋イタリア語検定１級」の方が取得しやすかったのではないかと思われます。なんで、（株）一条工務店は私に試験に製図のある資格をとらせたかったのか、<strong>資格を取らせたなら取らせたでそれを会社の業務に活かすようにしないと会社にとっても、せっかく能力のある人間が会社にいるのにもったいないはずでしたが、（株）一条工務店という会社は「まったくつくづく、人の使い方を知らない会社」と従業員の間で言われる会社</strong>でしたので、大変な思いをしている資格試験を受けて合格するように求めたとしても、せっかく合格して登録した者を活かすということはしない会社、活かしてたまるもんかという姿勢の会社でした。情けない限りです。同書で合格体験を書いていたM田さんは少しも悪気で書いていたわけではないとは思いますが、M田さんにとってはインテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストの「ダブル受験」が良かったのかもしれませんが、<span style="color: #0000ff;"><strong>もし、３０代前半で私が受験を始めた頃のような条件の人にが受けるのなら、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストは一緒に学習して「ダブル受験」するよりも、自分にとってより大事と思う方を先に取得・登録して、その時点でもうひとつも受けるべきどうか、資格をもうひとつ取得するならその資格が適しているのか他のものの方が適しているのかということを考えて、その時点でどうするか決めるようにした方がいいと思います。</strong></span></span><br />
<br />
<span style="color: #000000;"><strong>［４］</strong>　１９９０年代、（株）一条工務店の福島県いわき市の営業所に在籍した時、いわき市の不動産会社に勤めていたK野さんが転職で（株）一条工務店に入社してきた。K野さんはいわき市の生まれの人で、神奈川県で消防署に勤めていたらしいが、家に農地があり跡を継がないといけないということでいわきに帰ってきたらしい。その際、消防署員というのは都道府県の職員なので福島県に転勤希望を出して移動させてもらうということはできないらしかった。勤め先を見つけたいと思った際、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士の資格を取得すれば不動産屋で雇ってもらえるのではないかと考えて同資格を取得して、いわき市の不動産屋に勤めたらしい。こんなことを言うのはK野さんに失礼かもしれないが、言っちゃなんだが、学歴も高卒でそれほどお勉強は得意とは思えない方の人が、よく頑張って宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士 の試験に通ったものだという感じだった。<br />
　宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士は、私が最初に受験した１９８９年から合格した１９９２年にかけては、受験資格は「高卒以上」で、願書を提出するために持参して、その際に高校もしくは大学・短大の卒業証明書もしくは卒業証書を持参して提示することが求められたが、それから何年か後、「高卒以上」という条件もなくなったようだ。たとえば、（旧型）司法試験とか公認会計士試験とかは４年制大学の教養課程を修了すれば１次試験免除となって２次試験から受けることができたが、<span style="text-decoration: underline;">宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士は大学卒でなくても大学の教養課程修了でなくても受けることができたので、昔から、不動産屋に勤めている人で学歴は高卒の人が「学歴が高卒でも受けられるので取得した」と言って、この資格を取得・登録している人がけっこうある資格だった。</span><br />
　２００１年、（株）一条工務店の栃木県南部営業所の「副所長」だった木下が、「インテリアコーディネーターにしてもキッチンスペシャリストも宅建主任（宅地建物取引主任者）〔&rarr;宅地建物取引士〕にしても、ぼくらはどんなに努力しても通らないのに、あんたは何の努力もしていないのに簡単に通る。ずるい。不公平だ」と暴言をはいたが、<strong>私は「インテリアコーディネーターにしてもキッチンスペシャリストにしても宅建主任（宅地建物取引主任者）〔&rarr;宅地建物取引士〕にしても」「何の努力もしていないのに」「簡単に」など通っていない。いずれも、大変な苦労をして、大変な努力と工夫をしてやっと通ったのであり、「簡単に」など通っていない。なんともまあ失礼な発言である。</strong>私に対して失礼であるとともに、私のような「受験のベテラン」ではなく、<span style="color: #008000;"><strong>言っちゃなんだがどう見てもあんまり頭のいい方には見えない学歴としてもあまり高い評価を受けていない高校卒の人でしかも年齢も４０過ぎた人で、そういう人でなんとか取得したいと思って努力して合格したという人がいるのに、それより若い人間が「ぼくらはどんなに努力しても通らないのに」などと発言するというのは、《言っちゃなんだがどう見てもあんまり頭のいい方には見えない学歴としてもあまり高い評価を受けていない高校卒の人でしかも年齢も４０過ぎた人で、そういう人でなんとか取得したいと思って努力して合格したという人》に対して失礼である。</strong></span>いわき市の営業所にいたK野さんに失礼である。逆に、K野さんが宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）の試験に合格するところまで学習したというのは、私のような「受験のベテラン」が３０代の初めに取得したというものよりも、はるかに大変だったであろうし、努力したんだろうなあ、相当頑張ったんだろうなあと<span style="color: #0000ff;"><strong>頭が下がる思い</strong></span>がする。<br />
　それはいいのだけれども、１９９０年代後半、いわき市の営業所に在籍した新卒入社で入った山形大卒の女性社員のSさんが宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）を受けようかなあ～あ・・・とか口にしたらしいが、それを聞いて、K野さんが熱心に話しているのを横で聞こえたのだが、K野さんは「宅建主任（宅地建物取引主任者）（&rarr;宅地建物取引士）に通ろうと思ったら、絶対に資格試験予備校に行かなきゃだめだ。独学では絶対に通らないから」と熱心に、かつ執拗に説得していたのだ・・・が、私は資格試験予備校なんて行かなかったが宅建主任（宅地建物取引主任者）（&rarr;宅地建物取引士）は通ったよ・・・(^^♪<br />
　<strong>相手と自分との条件の違いということを考えず、自分にとってどうだったということから、相手にとってもそうだろうと決めつけてその認識を押しつけるというのはいいことではない・</strong>・・のだが、そのあたり、自分の認識を押しつけずにおれないというあたりが、K野さんの限界だったのかもしれない。はっきり言ってしまおう。<span style="color: #008000;"><strong>宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）の試験は試験内容は学科試験だけで、それも選択肢から選んで答えるというものなので、旧帝大系国立大学あたりに進学した人および進学しようとしたくらいの人であれば、資格試験予備校といった所に行かなくても、書店でテキストは売っているのでそういうものを利用して独学で通ることは可能である。</strong></span>むしろ、<span style="color: #800080;"><strong>私なんかは、学習計画を他人に決められるよりも自分で計画をたててやった方がいい人間で、他人に学習計画をたてられてそれをさせられるというのはあまり好きではない・・というよりも他人に計画を立てられることに苦痛を感じる人間なので、自分でやった方がうまくいく。</strong></span>但し、私が宅地建物取引主任者の試験に合格した時も、東京リーガルマインドが無料でくれた「出る順 宅建公式集についての説明」のカセットテープを聞き、住宅新報社・週刊住宅新聞社や東京リーガルマインドの発行のテキストを利用し、日建学院が無料で受けさせてくれた宅建主任の模擬試験講座を受けるなどはしたので、資格試験予備校の情報をまったく利用しなかったわけではなく、又、資格試験予備校が何のプラスにもならないと言うつもりはない。しかし、資格試験予備校の講座にお金を払って通うということはしなくても通ったし、<strong>旧帝大系国立大学に行った人もしくは行こうとした人というくらいの人間なら、私と同様に「独学で」合格することは可能な試験である。</strong>だいたい、資格試験予備校の講師やっている人が私よりも「受験術」について優秀な人かどうかもよくわからないし。で、Sさんは山形大卒だったはずなので、駅弁とはいえ、国立大学卒の人なら、別に宅建主任の資格試験予備校なんて行くことはないと私は思ったのだが、それは本人が決めればいいことだった・・・が、K野さんはあくまでも熱心に執拗に「絶対に資格試験予備校に行かないと、宅建主任は絶対に独学じゃ通らないから」と説得していたのだった・・・が、K野さんのようなタイプの人はそういう所に行ってそういう資格試験予備校の講師に学習計画をたててもらった方が通りやすかったのではないかと思うが、そうでない人もいる・・ということを、このおじさんに理解させようと思っても、けっこう大変だろうなあ・・・と思った・・ので言わなかったが、K野さんは<span style="color: #0000ff;"><strong>親切のつもりで言っていたと思うが、結果としては親切になっていなかった</strong></span>と思う。<br />
</span><br />
<span style="color: #000000;"><strong>［５］</strong>　２０１１年、千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング（有）〔建設業〕・ビルダーズジャパン（株）〔不動産業〕〔いずれも、２０１３年に正式に倒産〕に在籍した時、社長の長谷川新二（男。当時、４０代前半）の嫁の河野利華（女。当時、４０代前半）の友人だということで２０１１年４月に縁故入社した滝口恵（女。当時、３０代前半）は、前職に千葉県の不動産屋に少し勤めていたことがあって、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士の資格を持っていたようだが、同時期に入社した I 村（男。当時、３０代前半）に、「宅建主任を取らなきゃ」と始終、言っていたが、これは<span style="color: #ff0000;"><strong>従業員として「出過ぎたこと」</strong></span>であり、困った人を採用したものだと思って見ていた。<br />
　住宅・建築・インテリア・不動産の関係の資格は、国家資格・民間資格ともずいぶんといろいろなものがあり、私は２０代から３０代前半までにその業界に入社した人で学習意欲と学習能力がある人は、何か１つくらいその業界に関連する資格を取得していいと思っているが、片方で<strong>資格ばっかり取ることに人生を費やすというのがいいとも思わない</strong>し、資格はいくつもあって、すべてのものを取得するということは無理であり、資格<span style="color: #008000;"><strong>を取得するにしても、何を取るのか、何は取らないのか、何を取るのが好ましいのか、何は取得しなくていいと判断するのか、そのあたりを考えるべきです。</strong></span><br />
　実際問題として、<strong>宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士 という資格は、これは国家資格であるが、取得しても不動産屋に勤めた場合、必ずしも評価は高くない資格</strong>である。「資格を持っていなければ採用してもらえないが資格を持っているなら採用してもらえる」という場合もある・・・と期待したい時もあるが、不動産屋の場合、宅地建物取引業法では、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士 という資格を持っている者は各事業所ごとに従業員５人に１人以上おればいいということになっており、これは各事業所ごとにであって、又、宅地建物取引業に従事している従業員５人に１人以上で、複数の事業をおこなっている会社では、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士&nbsp;の資格を持っている者の数は、「５人に」の方には他の事業に従事している人間を入れる必要はないが、同時に「１人以上」の方も別の事業に従事している従業員を入れることはできないのである。ところまでが、実際には、２００７年、（株）エイブルでは、別の事業所に勤務している従業員を県庁の不動産かに届け出ていた書類においては、「５人に１人以上」になるように宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士が不足している事業所に在籍していることにして届けていたのである。２００８年、東海住宅（株）〔本社：千葉県八千代市〕では宅地建物取引業ではなく建設業の部門で設計の仕事に従事していた進（しん）（男。当時、５０代？）を彼が在籍している本社の場所とは離れた場所の宅地建物取引業の事業所である花見川店に勤務しているとして届けていたのである。千葉県庁の不動産業課に「これは違法ですね」と私は言い、指導し取り締まるように言ったのだが、不動産業課の担当者は、「全体で５人に１人を満たしていないというのは言えるのですが、実際に他の事業所にいるというのはこれは言えないのですよ」などと言い、「どうしてですか。宅建業法では全体で５人に１人以上ではなく各事業所ごとに５人に１人以上いないといけないという規定のはずです。各事業所ごとに５人に１人以上在籍していないということは違反ですね。どうして取り締まらないのですか」と言ったのですが、「それは言っても、その事業所に勤務してますと言われるとそうでないという証拠がありませんからどうもできないんですよ」などと言うので、<strong>「それなら私が証言しますよ。私が証人で私が証拠です」と言ったのですが、「いや、だめです。言えません」とはなから腰がひけている。</strong>それにしても、<span style="color: #ff0000;"><strong>日本の行政・司法というのは不良企業とその経営者にたいしては腰が低いこと低いこと。あきれる。</strong></span><br />
　そういう規定なので、<span style="color: #0000ff;"><strong>宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士の資格を持って不動産屋に勤めると、１対４ で少数派になってしまう</strong></span>のです。どうも、<span style="color: #0000ff;"><strong>会社という所においては、少数派になると不利なところがあります。</strong></span>それこそ、（株）一条工務店なんて会社に勤めるなら、「一流大学」卒で勤めるよりも中卒か高卒で勤めた方がかえって有利な面があるのと同じく、<strong>不動産屋に勤めるなら、あえて少数派になって勤めるよりも、多数派（宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士は持たない人）として勤めた方が有利なところがある</strong>のです。そもそも、いいかげんな不動産屋に勤めている「見るからに怪しい」「見るからに違法やりそう」なおっさんがやっている商行為について、重要事項説明書に署名捺印・３７条書面に記名捺印させられた宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　というのは、その商行為に問題があったとなった時、誰が責任とらされるのかというと、その不動産屋の経営者、それに「政令使用人」は責任があるでしょうけれども、もしも、<span style="color: #008000;"><strong>宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士が責任をとらなきゃならないなんてことになると、その責任をとらなきゃならないのは誰か？・・・というと、結論として「持ってるやつ」てことになりますでしょ。</strong></span><span style="text-decoration: underline;">クルマの運転においては、運転免許を持っている人間をひとり連れて来て、そいつをクルマのトランクに詰め込んでおけば、運転免許を持っていない人間が４人、クルマの座席に座ってそのうちの１人が運転することができる・・なんてことありませんね。ところが、宅地建物取引業の場合は、（株）エイブルなんてのは、いわば、そんな感じのことをやっているのです。</span>東海住宅（株）〔本社：千葉県八千代市〕の花見川店で店長になっていた田中（男。当時、６０歳）は「俺は、若いやつで宅建主任をとろうなんて言うやつがいたら、『やめとけ。あんなもん、取るな。あんなもの、取っていいことない』といつも言ってやるんだ」と言っていた。彼は自分が通らないからそんなこと言っていたという面もあるかもしれないが、しかし、現実に彼の発言のような面はあるのだ。<strong>宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士 の資格試験は、旧型司法試験とか公認会計士試験とかほど難しい試験ではないが、それにしても、ある程度以上の努力をして労力と時間を払って通ることができる試験であり、実状を見た上で考えると、「コストと利益を比較衡量して考えると」あんまりいい資格ではない</strong>ような気もするのです。宅地建物取引業ではなく建築業に勤める場合では、名刺の氏名の下に何か資格を１つ記載しておいた方が受けがいいのではないかと思う人がいるようですが、その場合は「マイナスにはならない」でしょうけれども、これも<span style="color: #800080;"><strong>名刺の氏名の下に「宅対建物取引主任者」（今は「宅地建物取引士」）と入れるというそれだけのために労力を払って取得する価値があるのかなあという気もしないではありません。</strong></span>「不動産屋」でも三井不動産とか三菱地所とか住友不動産とかいうような「不動産屋」なら宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士は「持っているのが普通」で「全員が持っているもの」となっているとか聞きますので、そういう所に勤めた人は取得した方がいいでしょうけれども、「しょーもない不動産屋」では「苦労して努力して取っても、少数派になるだけ」みたいなところがあります。<br />
　　二級建築士は建築業界に勤めるなら評価されるでしょう。かつては、「なんだ、一級じゃないのか」と見られ、「二級なんてとってもしかたないよ」とか一級建築士か一級建築士に通った人間が言うならいいが、どっちも通ってない人間がよく言ったものでしたが、最近は二級建築士も評価されるようになったようです。木造建築士というのは、かつては、「私、木造建築士の資格もってます」なんて言おうものなら、「ま～たまた、いいかげんなこと言いやがってからに。そんな資格あるわけないだろうが」と嘘じゃなくて本当にある国家資格なのにバカにされてしまう資格でしたが、最近は不動産だけでなく建築も契約の前に重要事項説明をしないといけないことになり、木造建築士も重要事項説明ができるので、使い出が出てきました。２級建築施工管理技士というのは、工事管理をする人は学習のために勉強するのはいいと思いますが、<strong>職安の求人票など見ても、「資格」の欄に「一級建築士・二級建築士もしくは１級建築施工管理技士」なんて書いてあって２級建築施工管理技士は除外されていたりすることもあります。二級建築士や１級建築施工管理技士に比べて下の資格のように見られているようなところもある</strong>ので、<span style="color: #008000;"><strong>比較的若い人で工事管理の仕事をする人が１級建築施工管理技士を取得する前段階として取得するならいいでしょうけれども、</strong></span>単に２級建築施工管理技士だと評価は高くないように思えます。<br />
　インテリアコーディネーターは、試験内容は十分に充実した試験のはずで、取得までに学ぶ内容を考えると、<strong>住宅建築業の会社においても営業の仕事をするのなら、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士や二級建築士よりも、むしろ、インテリアコーディネーターの方がつながりは大きいように思えます。又、<span style="color: #0000ff;">インテリアコーディネーターは建築士やインテリアプランナーに比べると「しろうとっぽい資格」と言われたりもしますが<span style="font-size: x-large;">、<span style="font-size: large;">営業の仕事をするにおいては、むしろ、「しろうと目線で」というのが大事</span></span>であり、「バカでも入れる私大の建築学科卒」の人間がよくやる「右も左もわかってないくせして設計士さまヅラ」よりも、一般に「よく知っているにもかかわらず、しろうと目線での対応」が営業にはいい</span>のです。</strong>しかし、<strong><span style="color: #008000;">求人募集に応募しようというような場合、「女性でインテリアコーディネーター」だと評価してもらえるのですが、「男性でインテリアコーディネーター」はあまり評価してもらえない。</span><span style="color: #800080;">日本の職場においては、「女性差別はいかんじゃないか」とは言われるけれども「男性差別はいかんじゃないか」と言われることはないので、男性が女性より不利な扱いを受けてもまかり通る。</span></strong>となると、そんなあほくさい資格を取ることないのじゃないか、という考え方も出てきます。かつて、看護婦さんというのは女性の資格で、男性には看護士という資格があったものの、これは「精神病院」くらいしか勤め先はなかったのですが、今では「看護師」という資格名になり身体病院でも男性の「看護師」が勤務するようになったようですが、<span style="color: #ff0000;"><strong>インテリアコーディネーターはかつての看護婦さん以上の「女性の資格」みたいになっており、男で取得したら「アホみたい」なところがあります。</strong></span>男性でも「建築学科卒＋一級建築士＋インテリアコーディネーター」だと一級建築士だけよりも「プラス&alpha;」の評価を得ることがあるようですが、<span style="color: #0000ff;"><strong>「商学部卒（もしくは経済学部卒）＋インテリアコーディネーター」（経済学・商業学・マーケティング＋インテリアコーディネーター）ですと、本来は評価されていいはずと私は思うのですが、現実に日本の会社は評価してもらえません。</strong></span>むしろ、<span style="color: #003300;"><strong>福祉住環境コーディネーターというインテリアコーディネーターと内容がある程度近い資格がありますが、そちらの方が「女性の資格」という評価ではないので男性が取得した場合にプラスの評価を得ることができるかもしれません。</strong></span><span style="text-decoration: underline;">キッチンスペシャリストは、戸建住宅建築業においては、どこに頼むかを決めるにおいて「奥様」の発言権は大きく、キッチンは奥様には関心が深い所だから持っていると良さそうにも思えたのですが、</span><span style="color: #993300;"><strong>キッチンスペシャリストは認知度が低く、求人に応募しようとした場合、試験実施団体の日本住宅設備なんとか協会&rarr;インテリア産業協会に加入しているキッチンメーカーですら評価してくれない</strong></span>ような資格ですから、<span style="color: #808000;"><strong>特に製図試験は難しく、取得は相当難関であるわりに、取得した時の利益が小さい。</strong></span><br />
　パソコン関連の資格は、ワード・エクセルができるというのはたいていの会社でプラスに評価されるでしょう。建築業ではCADができるというのはプラスに評価されるのではないかと期待したくなるのですが、建築CAD検定とかCAD利用技術者試験（建築）とかで二級以上を取得すると評価してもらえて良さそうに思えるのですが、しかし、これも、<span style="color: #0000ff;"><strong>「建築学科卒＋一級建築士か二級建築士＋設計という職種名での勤務経験＋建築CAD検定二級以上（もしくはCAD利用技術者試験（建築）二級以上）」だと評価されるでしょうけれども、私自身の経験から言って、「商学部卒＋インテリアコーディネーター＋住宅建築業で営業を中心とした勤務経験＋建築CAD検定二級」では評価してもらえない。</strong></span><span style="color: #008000;"><strong>応募した時に「CADができないのでは」と言われて断られることはあっても、逆に「建築CAD検定二級を取得しました」と言っても「でも、設計として勤務したことはないのでしょ」と言われる。なんか、あほくさいなあ。</strong></span>「バカでも入れる私大の建築学科」卒のやつは新卒入社したその日から右も左もわからんヤツが「設計士さま」と自称して殿様扱いで、こっちは苦労して努力して契約とってきて、この扱いでは、経済学部・商学部卒で住宅建築業の業界に勤めたのではバカくさいなあ・・という気がします・・・が、残りの人生が短くなってきたしまったけれども、<span style="color: #ff0000;"><strong>建築業界に勤めるなら建築学科卒か土木学科卒で勤めないと、社会科学系学部卒で勤めたのでは、「高卒以下の扱い」にされてしまう・・・ようなところがある。</strong></span><br />
　もし何か資格を取得するということなら、もうひとつ、考えられるものがあって、<span style="color: #800080;"><strong>住宅建築業の業界で勤めるなら「建築学科卒」で勤めないとあほくさい！　・・・ということなら、いっそのこと、「建築学科卒」になってしまうか・・という選択肢もある</strong></span>のです。千葉大の工学部には第一工学部と第二工学部があって、第二工学部は夜間主コースだったように思いますが、夜間主コースといっても、「草木も眠る丑三つ時」に授業やっているわけではなく、せいぜい、午後７時とか８時とかではないかと思うので、そうなると、夜、お客様の所に行って営業活動をやるような住宅営業には、昼間が主のコースと比べてもちっとも行きやすくありません。慶應大学には法学部・経済学部・文学部には通信課程がありますが、理工学部には通信課程はありません。通信課程には建築学科はないだろう・・と思っていたら、そうではないのです。愛知産業大学と京都造形芸術大学・大阪芸術大学に建築学科もしくは学科の名称はそうではないがそれに近い学科、要するに卒業すると二級建築士の受験資格を得ることができる学科があります。<span style="text-decoration: underline;">建築学科には理工学部系の建築学科と芸術学部系の建築学科があって、理工学部系の建築学科は実験とかが多いので通信課程では難しいようですが、芸術学部系の建築学科は通信課程の建築学科がある</span>のです。そういう所に入学して卒業すれば「建築学科卒」になります。私は愛知産業大学の建築学科に入学させてもらい、<span style="color: #ff0000;"><strong>スクーリングにも参加しましたが、スクーリングに来ている人を見ても、愛知産業大学の通信課程に来ている人のレベルは決して低くありません。</strong></span>だから、通信課程の建築学科の卒業生は十分評価されていいと思います・・・・が、「日本の大学は入るのは大変だが出るのは簡単」なんてかなりいいかげんなことを言う人がいますが、<strong>通信課程の建築学科は３年次編入で入るのは大学卒でさえあれば難しくないのですが、仕事を持ちながら通信教育で学習して卒業するというのはこれは決して簡単ではありません。</strong>しかし、２０代から３０代前半の人が「建築学科卒」になるぞと思い立って入学するのなら、その後、「商学部卒（もしくは経済学部卒、もしくは法学部卒）＋インテリアコーディネーター＋キッチンスペシャリスト＋・・・」とけっこう合格するのは大変なわりに評価してもらえない資格を複数とるよりも、「商学部卒（もしくは経済学部卒）＋建築学科卒＋二級建築士（＋インテリアコーディネーター）」の方が評価されるのではないか。<span style="color: #0000ff;"><strong>時々、大学になんて行かなくても勉強はできるはずだとか言う人がいますが、独学で学んで知識・能力を身に着けた人というのはそれは価値があるかもしれませんが、自分が仕事にありつきたいと思った場合、職場で評価されたいと考えた場合には、「独学で・・・を学びましたあ」と言ってもなかなか評価してもらえない</strong></span>のです。その点、<strong><span style="color: #808000;">「◇◇大学の建築学科卒です」と言えば評価される・・というのか「バカでも入れる私大の建築学科卒のアホでも評価されてしまう」</span></strong><span style="color: #808000;"></span>のです。住宅建築業の業界にはそんな所がある以上、そういう業界に勤めていこうということなら、<span style="color: #ff0000;"><strong>卒業するのはけっこう大変だけれども、大変でも頑張って「建築学科卒」になるか・・という選択肢もある</strong></span>のです。<br />
　そういうことを考えた時、「基本的には合格させようという試験」ならそれほど考えずに受けて通ればいいのかもしれませんが、<span style="color: #000080;"><strong>宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士という資格試験は、旧型司法試験とか公認会計士試験ほどの難関ではないものの、受ければ通る試験ではなく、ある程度、計画を立てて学習して通ったり落ちたりする試験ですから、他人があつかましく受けるのが当然みたいに言うものとは違うのです。</strong></span><br />
　２０１１年、滝口が出過ぎた発言をしたその時、 I 村は３０代前半だったわけです。自分の人生の設計も考えないといけません。私は３２歳で（株）一条工務店に在籍中の時に宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士の資格を取得しましたが、さらにもうひとつ資格を取得しても悪いということはないけれども、<span style="color: #993300;"><strong>資格を集めるのを趣味みたいにして人生を浪費するのも馬鹿げています</strong></span>し、その時点で独身でしたから、「婚活」もしないといけませんから、<span style="text-decoration: underline;">もうひとつ資格を取得するにしても、結婚が決まってから、もしくは結婚して子供が１人か２人できてからでもいいかもしれない・・とも思っていたのです。ところが、（株）一条工務店の営業本部長の天野隆夫がインテリアコーディネーターを取ってくれと私に言うので、自分を雇ってくれた会社の上役が取ってくれと言うのなら取らないわけにはいかないだろうと思って、インテリアコーディネーター試験の学習をして合格・登録・取得したのです。しかし、そうやって上役の求めに応じて取得しても同社はそれに報いてくれなかった。そうやって取得した人間をそれに応じた使い方をしなかった。</span>そんなことなら、その学習時間はほかにまわした方が良かったのかもしれない。大栄学院だかいう資格試験予備校が「美貌は消えても資格は残る」なんて冗談みたいな文句を宣伝に使っていましたが、「あんた、資格試験の勉強なんてやってる時じゃないでしょ。そんな勉強なんてしてないで、婚活する方が大事でしょうよ。そんなことしてたら、あんた、行き遅れるよ！」という意味なのか？　それでは資格試験予備校にとってはマイナスと違うのかと思ったら、そうではなく、美貌はいつかなくなるが資格は生涯有効なものだから資格試験の勉強をしましょうという意味で言っていたらしい・・・が、<span style="color: #000080;"><strong>私には「あんた、資格試験の勉強なんてやってる時じゃないでしょ。そんな勉強なんてしてないで、婚活する方が大事でしょうよ。そんなことしてたら、あんた、行き遅れるよ！」という意味に思えた。そして、これは女性にだけでなく男性にも考えられることだ。ひとに資格試験の勉強をしろと言うのなら、そのあたりまで考えてから言わないといけない、そのあたりを考えないなら無責任に言うべきではない。</strong></span><br />
　滝口恵は勤務状態は「ほとんどパートタイマー」の人でしたから、その点でも、<span style="color: #003300;"><strong>会社という所においては、「パートのおばさん」が自分よりも年上の正社員に対して、「宅建主任の勉強して」などと強要する発言をしてはいけない</strong></span>のです。ところが、滝口はそれがわかっていない。私が滝口の親なら、「おまえ、余計なこと言うな」と注意しますが、滝口の親にはその能力がないのでしょう。新華ハウジング（有）・ビルダーズジャパン（株）の社長の長谷川もまた滝口に注意するべきだったはずですが、長谷川もその能力がなかったということでしょう。社長としての役割を果たしていないことになります。<br />
&nbsp;</span>&nbsp;<br />
<strong>［６］　</strong>すでに&uarr;の［１］～［６］で述べてきましたが、私は１９９２年に宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引主任者）の試験に合格し１９９３年に登録しました。その時点で３２歳で独身でしたので、資格試験の勉強をするにしても、「婚活」の方が先かもしれない。もし、もうひとつその業界に関連する資格を取得するにしても、結婚してある程度落ち着いてからでもいいかもしれないとも思っていたのです。又、もうひとつくらいその業界に関連する資格を取得してもいいかもしれないが、資格を蒐集するために人生を費やすのも愚かかもしれないと思ってもいました。しかし、１９９３年に（株）一条工務店の営業本部長の天野隆夫からインテリアコーディネーターを取ってくれと言われたので、それで、自分を雇ってくれた会社の上役が取ってくれというものなら取らないといけないと考えて、それでインテリアコーディネーター試験の学習をして、そして、３年目の受験で１次試験（学科）に通り、４年目に２次試験（製図・論文）に通って登録しました。当然のことながら、会社の営業本部長が取ってくれと言うからには、その資格を取得した者として使いたいという意思があるから取ってくれと言っているはずでした。（株）一条工務店に入社してそれほど経たない時期に「〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。慶應大学卒の人がうちの会社に来てくれるのかと思った」と天野隆夫は言ったのです。その時点で従業員数は千人未満の会社で・住宅建築業界においては必ずしもトップグループではない会社で・未上場の会社で・浜松ではともかく東京や大阪では知名度のない会社で・地方に本社のある会社で・創業からの年数の浅い会社で・東京圏では展示場の数も多くない会社でしたが、そこまで喜んでもらえるのなら悪くないかと思い、その会社のために貢献したいと思いました。だから、営業本部長がインテリアコーディネーターを取ってくれと言うからには、慶應大学商学部卒の者がもつ経済学的認識、商業学・マーケティング的発想とともに実際の営業経験とインテリアコーディネーター資格取得者としての知識・能力を合わせて、商品開発の仕事なり、新規出店計画の担当なり、もしくは、（株）一条工務店の従業員のレベルにおいては上の方である語学力など活かして、外国から輸入するものの担当なり、そういった仕事をさせようと考えてのものであろうと考え、これは取得しないといけないと考えて、片方で相当ハードである同社の営業の仕事をこなしながら、大変な努力と工夫の上でインテリアコーディネーターの資格試験に合格しました。<br />
　　ところが、取ってくれと私に言った営業本部長の天野隆夫はどう言ったかというと、「合格した？　さっすがやなあ～あ。おめでとう」とひとを馬鹿にしたように言っただけでした。要するに馬鹿にされていたのです。さらに、２０１１年、栃木県南部営業所の「副所長」という役職名で役割としては所長の役割についた木下（男。当時、４０代前半）は、「インテリアコーディネーターにしても宅建主任（宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士）にしても、ぼくらはどんなに努力しても絶対に通らないのに、あんたは何の努力もしていないのに簡単に通る。ずるい。不公平だ」と暴言を吐いた。私は「何の努力もしていないのに」通ったのではないし、「簡単に」なんて通っていない。宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士にしてもインテリアコーディネーターにしても、大変な努力をして工夫をしてやっと通ったのである。特に、インテリアコーディネーターは（株）一条工務店の営業本部長が取ってくれと言うから、だから、大変な努力と工夫をして取得したのではないか。その会社の営業本部長が取ってくれというから大変な努力をして取得した者に向かって、「ずるい」だの「不公平だ」だのとはその発言はいったい何だ！　さらに、総務部長の天野雅弘が「木下の言う通りや。ぼくらは絶対に通らないのにおまえは通る。ずるい。そう考えるのが常識だ！」と発言した。（株）一条工務店の総務部長というのは、なんとも非常識な「常識」を持っているものだ。<br />
　　私は、当然のことながら、営業本部長の天野隆夫は、私に、インテリアコーディネーターの資格を取得した上で、「慶應大学商学部卒の者が持つ経済学的認識・商業学的認識・マーケティング的発想＋複数地域での実際の営業経験＋インテリアコーディネーター資格者としての知識・認識・技術＋（株）一条工務店の従業員としては上の方である語学力」を活かして、そういった能力を求められる仕事をしてもらおうと思ってインテリアコーディネーターを取ってくれと言ったものと理解したし、そう理解するのが普通であるが、そうではなく、単に、個人的に取得するといいと「雑談で言っただけ」と言いたいのだろうか。そうではないはずであるし、そもそも、営業本部長といった役職の人間が言って「雑談で言っただけ」というのは通じないはずである。<br />
　　しかし、仮に「雑談の中で言った」「個人的に言った」としても、それならそれで、なぜインテリアコーディネーターなんだ？　ということにもなる。私は最終学歴は慶應大学商学部卒だったが、もともと、商学部型人間ではなく、理工系の思考も持つ者で、思考形態としては理学部型人間だったと思っている。だから、高校から大学に進学する時点では、商学部になんか行くよりも建築学科にでも行った方が適性に即していたと思う。しかし、高校卒業してからそうでない方向に進んですでに３０を超えていたのだ。だから、資格試験を受けるにしても、学科だけの試験ならまだしも、そこから製図のある試験はきつかった。逆に、社会科学系学部なら法学部の方がいいと考えていた人間だったので法律科目はけっこう学習していた。だから、法律関係の資格を取ってくれといって取得した後には法務部のような部署で仕事をさせようとしてくれた方が学習はしやすかった。もしくは、外国語についても苦手意識はなかったので、ヨーロッパ系の言語なら、何語を習得してくれと言ってくれれば大急ぎで学習してある程度以上のレベルに達することはできたと思うし、製図の必要な資格試験の学習をするより楽だったはずだ。もしも、（株）一条工務店の仕事と関係なく個人的に何か資格を取得するのなら、法律関係のものか、語学関係のものを取得するようにしたと思う。（株）一条工務店の営業本部長がインテリアコーディネーターを取ってくれと言うからインテリアコーディネーターを取得したのだ。たとえ、建築関係の資格を取得するにしても、<span style="color: #0000ff;"><strong>インテリアコーディネーターは「三流一級建築士のアシスタント　兼　お茶くみおばさん　兼　子守女の資格」みたいに見られている</strong></span>ところがあり、男性が取得しても評価が低い資格であり、どうせ、取得するのなら二級建築士か一級建築士を取得するようにした方がいい、<strong>インテリアコーディネーターは男性にとっては中途半端な資格</strong>だった。<br />
　（株）一条工務店を辞めた後、応募した際にも、インテリアコーディネーターというのはあまり高い評価をしてもらえなかった。「コストと利益を比較衡量して」考えるなら「男性・社会科学系学部卒」という属性のある者が取得する場合、あまり「利益／コスト」（コスト分の利益）が高い資格ではない。営業本部長の役職を持つ者が発言したことについて「個人的に雑談として言っただけ」というのは通じないが、それでも、もし「個人的なアドバイス」のつもりだったと言うのなら天野隆夫の発言は無責任である。「あんなのの言うこときいちゃだめですよ。なにしろ、あれはアタマが薄いんですから」とか言う人が同社のベテラン社員にはいたが、そんな男の言うことをきいた者もバカだったのかもしれないが、ひとに☆☆の資格を取れと言うのは、言って悪いということはないが、言う側もその資格を取得した者として使う意思がないならデタラメでいいかげんなことを言うのならやめた方がいいだろう。<br />
（２０１９．６．１４．）</span></p>]]>
    </description>
    <category>職場と資格</category>
    <link>https://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/23/</link>
    <pubDate>Thu, 13 Jun 2019 08:56:00 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>入学試験・資格試験に合格するための基本論「受験はアタマでやるもんや」</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="font-size: large;">［第２１回］<br />
　　考えてみると、住宅・建築・インテリア・不動産の関係の資格をずいぶんと取得したものだ。２０００年代はじめ、（株）一条工務店<a href="https://www.ichijo.co.jp/">https://www.ichijo.co.jp/</a>　の栃木県佐野市の展示場にいた旧姓S藤M美（女。当時、２０代後半。その後、結婚してK林M美。さらにその後、離婚したかどうかは、それは知らんが別にどうでもええ）は展示場の事務所で、始終、「私は、『資格ゲッター』になりたいんです」と言うておったが、いつまで経っても１つも何も取得しなかった。アメリカ合衆国ニューヨーク州立シラキュース大学の精神科教授トマス＝サズが『「精神医学」という神話』（岩崎学術出版社）で<strong>「彼らが言っていることを聞くのではなく、やっていることを見るべきだ」</strong>というアインシュタインの言葉を引用していたのだが（私はアインシュタインがどこでこの言葉を言ったのか知りたかったのだが、今に至るまで知ることができずにいるが、大事なのはこの言葉の意味であって、言ったのがアインシュタインであろうがアリストテレスであろうがアンデルセンであろうが、そんなことはたいした問題ではない。もしも誰も言ってなかったならば私が言うだけのことだ）、<span style="text-decoration: underline;">この言葉を基準として見るならば、旧姓S藤M美は「資格ゲッター」だかゲッターロボだかになりたかったのではなく、《年中、「私は資格ゲッターになりたいんです」と言いまくる女》というものになりたかった、ということのようであった。</span>なりたいものになれてよかったじゃないか・・・。しかし、私は「資格ゲッター」だかゲッターロボだか高輪ゲッターロボだかになりたかったか、《年中、「私は資格ゲッターになりたいんです」と言いまくる人間》になりたかったのかというと、最後のヤツにだけはなってたまるかと思っていた。<strong>「入学試験であれ資格試験であれ、試験というものは、カネをかけずに、さっさと通る」というのが&ldquo;ポリシー&rdquo;であり&ldquo;美学&rdquo;である。</strong>「資格ゲッター」とかゲッターロボとかいうのにもあまりなりたくはなかった。<span style="color: #0000ff;"><strong>資格というものは取得すること自体に意義があるのではなく、その資格を活かしてこそ価値があるのであり、資格を趣味みたいに集め、そのためだけに時間と労力を費やすというのは、それは「人生の無駄遣い」</strong></span>だと思う。<br />
<br />
　　これは、資格試験よりもむしろ大学入試の方に言えることだが、　<span style="color: #008000;"><strong>「普通にやったら、１００点満点で６０点とれる」という人間がいたとする。普通にやったら１００点満点で６０点とれるはずだが、「普通にやる」ことができない事情・状況があったなら、「普通にやったら６０点」とれる人間が４０点しかとれない、２０点しかとれない、０点近い点数をとるということはありうることである。</strong></span>　もしも、家庭に心配事があったり、家族の協力が得られないとか、あるいは病気で入院していたとかそういう事情があれば、「普通に」やれない場合があるので、６０点未満になる可能性がある。４０点になるか３０点になるか、０点近い点数になる可能性もある。この場合、もし、１０点程度しか取れなかったとして、<span style="color: #008000;"><strong>どうすれば６０点程度取れるようになるかというと、「普通にやる」ことができる条件を回復することである。</strong></span><br />
　　私は高校生の時、家庭環境は悪すぎた。「普通にやる」ことができなかった。だから、「普通にやったら６０点とれる」人間でも「普通にやる」ことができなかった。北野高校というのは大阪府では一番の進学校だったので、高校の先生というのも優秀な先生ではないかと最初は期待した。又、先生も北野高校の出身という人が何人かいたので、そういう人は人生の先輩として高校生が困っておれば助けてくれるのではないかとも期待した・・・が、今から考えると、高校生および高校卒業後の受験生の時期の私は北野高校の教諭というものを買いかぶっていた。『東京大学機械的合格法』（実業之日本社）の著者の柴田孝之が<span style="color: #800080;"><strong>「能力的にも人間的にも優秀な教師というのは多くの人間が思っているよりはるかに少ない」</strong></span>と書いていたが、今、私もそう思う。特に、高校２年の時の担任だった旧姓S野礼子（女。当時、２０代。北野高校&rarr;神戸大文学部卒）は明らかにマイナスになった。北野高校は行きたいと思って行った学校だったので合格した時はうれしかったが、卒業して何十年か経って考えると、あまりいい学校と言えないのではないかという気がしてきた。いいところがないわけではないが、いいと言えない点もある。特に、旧姓S野礼子がいたというその点だけで、他にどんなにいいところがあっても、最低最悪最凶の学校だったと思う。たとえば、母は「高校は勉強するところであって体育するところと違うんだから、体育の授業はでることないでしょ」と言って、１限目が体育だと家を出してくれないのだ。「高校は勉強する所であって修学旅行しにいく所と違うんだから、修学旅行は行くことないでしょ」と言って修学旅行の費用も出してくれなかった。担任の教諭ならそのあたりを親に説得してくれてもいいのではないかと思ったが、ところがどっこい、旧姓S野礼子とすれば、<span style="text-decoration: underline;">生徒につくよりも親についた方が高校教諭の処世術としては正解と考えたようで、</span>懇談とかあると必ず親につくのだった。ひどい女だったと思う。高校の教諭（特に北野高校の教諭）に過大な期待（もしくは、その職業の人間・その立場の人間に対しての当然の期待）をしていたのが高校生の時および高校卒業後しばらくの私の認識の間違いだった。あんな人間が高校の教諭になることないのではないかと今は思うが、なにしろ、公立高校の先生というのは親方日の丸で「会社」はつぶれないし、給料の遅払いう未払いはないし、休みは夏休み・春休みは長いし「試験休み」なんてのもあるし、私が勤めた三流企業なんかと違って「国民の祝日」も休みだし、自分が担当する授業は２限目からだと１限目は休みだし、６限目まで授業があったとしても、６限目が午後２時４０分に６限目が終われば３時までに「退社」できるし、それと別に有給休暇とれるし、入学式の日に有給休暇とって海外旅行に行くことだってできるし、進学校の生徒は不良高校の生徒みたいに暴れないし、放っておいてもそれなりに京大とか阪大とか行きよるし、こりぁたまらん♪　もう、うはうは♪・・・てなもので、高校生のめんどうを見てあげたい、高校生が困ったことがあれば力になってあげたいという気持ちなんてなくても、ほかの仕事より楽ちん楽ちん♪　てなもので、「三日やったらやめられない♪」て仕事だったのかもしれない。<br />
　　ちびっと話がそれてしまったが、ともかく、<strong>「普通にやったら１００点満点で６０点とれる」という者がいて、何か「普通にやる」ことができない悪条件があったとすると、その者が６０点とるためにはどうすればいいかというと、「普通にやる」ことができる条件を回復するにはどうすればいいか、ということを考えて対処することだ。</strong>１９７０年代後半、高校生の時、母は機嫌が悪いと、私が高校から高校から帰宅しても、家の鍵をかけてすべての雨戸を閉めて、インタホンの電源コードをコンセントから抜いて鳴らないようにして、家に入れてくれなかった。その上で、さらにクラス名簿とかから電話をして「息子が帰ってきませんねん」とかあっちやらこっちやらに電話をかけるとかすることもあった。そういう人間でそういう家庭だった。まず、そういうことをされると精神的にまいった。しかし、それが我が家だったのだから、しかたがないのかもしれないが、そういう家庭でない家庭の息子や娘はうらやましかった。「普通にやったら６０点」といっても、問題が難しければ５０点にもなり、易しかったら７０点にも１００点にもなるので、「普通にやったら６０点」というこの場合、「６０」というのはそれほど意味はない。その「普通にやったら６０点とれる人間」であるはずなのに、それより低い点数しか取れなかったというのは、実は高校時代の一時期の私自身のことだ。その「普通にやったら６０点とれる」はずなのに、「普通にやる」ことができない家庭環境をなんとかするために高校の先生というのはいくらかなりとも協力してくれたっていいのではないのか、それが高校の先生の仕事と違うのかと思ったのだが、旧姓S野礼子なんかはそういう考えはなかったようだ。むしろ、親に加担した方が高校教諭の処世術として正解だと考えていたようだった。最低の女だと思う。クラス会があっても、もしあの女が来るのなら私は行きたくない。又、行くべきではない。旧姓S野礼子は「私は両親が離婚したから」と「両親が離婚した」というのを「売り」にし自慢にしていたが、そもそも、 <strong>「両親が離婚した」などというのは自慢するものなのか？</strong>　<strong>「両親が離婚した」ら何かえらいのか？？？</strong>　そういうものではないと思うが、「両親が離婚した」などとそんなものを自慢するような女は、たとえ、高校の教諭をやるにしても「両親が離婚した」女生徒専門の教諭になるようにしてもらいたい。そうでないと迷惑である。「両親が離婚した」のでない生徒はあの女に担任もたれたら災難である。<br />
<br />
　　それで。「普通にやったら６０点とれる」という者がいたとして、合格最低点は６０点より高かったとする。その場合、<span style="color: #0000ff;"><strong>「普通にやったら６０点とれる」という者は「必死でやったら７０点とれる」だろう。</strong></span>中学生から高校生くらいの頃の私なんかは、「必死でやったら７０点とれる」ことになっただろう。<span style="color: #0000ff;"><strong>もし、合格最低点が６５点だったなら、「必死でやって７０点とれた」人間は合格である。</strong></span>おめでとう(^^♪　・・・<span style="color: #0000ff;"><strong>しかし、「普通にやったら６０点とれる」人間が「必死でやって７０点とった」として、合格最低点が７５点だったとすると、「必死でやった」にもかかわらず、不合格である。</strong></span><br />
　　１９６０年代、母のいとこ（といっても、母は６人兄弟の一番上の娘の娘で、下から二番目の叔母の息子なので、母のイトコというより、母の娘〔私の姉〕のイトコくらいの年齢だったのだが）が、大阪府立の天王寺高校（私が高校に進学した１９７０年代なかばでは北野高校の方が天王寺高校よりも進学成績は良かったが、その１９６０年代なかば頃は、大阪府で一番の進学校は天王寺高校だった）から東大を受けて、高校卒業時に落ちた時、不合格だったというのを聞いてお父さんが「かわいそうだ」と言って頭からふとんをかぶって泣いた、という話を母は（母の）叔母聞いたそうだ。「勉強せんもんが落ちるのはしかたがないが、勉強する者が落ちるのはかわいそうだ。あれだけ一生懸命やったのに、落とすことないじゃないか」と言ってお父さんは泣かれたというのだ・・・が、高校生および高校卒業直後の私はそうは思わなかった。むしろ、「勉強せんもん」は落ちた時、「かわいそう」とか言ってほしいかもしれないが、「勉強するもん」にとっては落ちたということは、自分の得点が合格最低点に届かなかったということで、通ったやつに比べて低い点数しか自分がとれなかったのだから自分が悪いのであり、「かわいそう」とかいう性質のものではない、と思っていた。ボクサーが負けたくなければ弱い相手とばっかり対戦すればいいことだ。しかし、一般に進学校の生徒というものは、　<strong>「俺は相手が強ければ強いほど燃える男なんだ」</strong>と『あしたのジョー』みたいなことを思う方が普通ではないか？　世界チャンピオンと対戦すれば、勝つこともあるかもしれないが、負けることだってあるかもしれない。負けたくなければ世界チャンピオンと対戦なんてしなければいいのだ。弱い相手と対戦すれば勝てるだろう。弱い相手と対戦したいのか？　世界チャンピオンとの対戦は避けたいのか？　・・・というと、そうはいかないから手ごわい相手を受けて落ちたのだ。チャンピオンを倒してやると思って戦った者は、落ちて「かわいそう」なんて言ってもらいたくもない。<strong>「『敗者には洟もくれてやるな』、それがこの世界のオキテなんだろ」</strong>と『あしたのジョー』で丹下段平のおっさんが言う場面があったが、「かわいそう」なんてむしろ言われたくない。しかし、自分が親でもおかしくない年齢になって、意識は変わった。そうではなく、難関校を受けて相当の努力をして通った人間は、相当の努力をしたとしても通ったのだから、いいじゃないか。<span style="text-decoration: underline;">しかし、落ちた人間といっても何の努力もしていないわけではない。落ちたとはいえ、それなりの努力はしてきたはずであり、親の年齢になると、「勉強せんもんが落ちるのはしかたがない。勉強するもんが落ちるのはかわいそうや」という気持ちになる。</span>だから、菊川怜とかああいうよくわからん「東大出の女」という変な職業につきたいというような人間をエライとか言う人がいるが私はそうは思わない。東大のその学部学科を出た人間としての進路に行きたくないのなら、受けないでくれたら、誰かかわりに本当にその学部学科を出た人間としての進路に進みたいという人間が１人合格できてそこに行けたのに。<strong>エライのではなく、せっかく東大に合格させてもらって入学させてもらって卒業させてもらいながら「東大出の女」などという変てこりんな職業につく者は「すいません」の一言くらい言ってもらいたい気がする。</strong><br />
　　またもや、話がちょっと横にそれてしまったが、「普通にやったら６０点とれる」という人間が「必死にやって７０点とった」として、合格最低点が７５点だったとすると、「必死でやった」にもかかわらず不合格である。さて、それで、どうするか？　大学入試なら、「それなら、合格最低点が６０点か５０点かの所に行けばいいだろ」と考える人もいるのかもしれない。そう思うならそれもひとつの考え方かもしれない。しかし。「世界チャンピオンを倒してやる」と、いったん考えた者は、なかなか、そういう思考はできないものではないかと思うのだが、違うか？<br />
<br />
　　「普通にやったら６０点とれる」者が「必死でやって７０点とった」として、合格最低点が７５点、まだ５点足らないとする。７０点までとれたんだから、あと５点くらい簡単かというとそうではない。<span style="color: #008000;"><strong>合格最低点の少し下から少し上までもっていくというのは、０点から６０点までもっていくのとは別の大変さがある。</strong></span><span style="color: #993300;"><strong>「必死でやったら７０点とれた」のならば、さらに必死でやったらどうなんだというと、もうすでに相当必死でやった後であり、さらに必死でやったとしても不足の５点をあげるというのは簡単ではないのだ。</strong></span>　では、どうするのか？　あきらめるのか？　あきらめたい人はあきらめればいい。　あきらめることができるかどうか？<br />
　　１９９０年代、（株）一条工務店の福島県いわき市の営業所にいた時のことだ。インテリアコーディネーターの試験の１次試験（学科）について、同じ営業所にいた「木南さん（仮名）」が、「<strong>インテリアコーディネーター（の1次〔学科〕）は、あれは試験の出題範囲が広いですし、広いから浅いかというとそうじゃなくて、けっこう深い問題もでます</strong>から」と、２度落ちて３度目に合格を目指していた私に言うので、この人、よく知っているじゃないのと思ったのだったが・・・、次に「木南さん（仮名）」が言ったのは「だから、あれは通りませんよ」と言う文句だった。なんか、えらいあっさりしてるなあ・・・と思った。「木南さん（仮名）」は同僚から「雑学の大家」「物知りおじさん」と言われ、「困った時の木南さん（仮名）」とも言われて頼りにされていた。「これ、どうすればいいのかなあ」と困った時、誰にきけば知ってるだろうか・・という時、「困った時の木南さん（仮名）」と言われていたように、「木南さん（仮名）」はよく知っていて、又、嫌がらずに教えてくれる人だったのだ。それだけではなく、「なかなか、便利でしょ」「重宝しますでしょ」なんて冗談か本気かわからない調子で自分で言っていた。（株）一条工務店の営業本部長の天野隆夫は「住宅の営業に知識なんて関係ないでえ。むしろ、知識なんてない、こいつ、何を考えてるらあ～あ・・て感じの頭のないやつがええんや、頭のないやつが。お客さんは頭のないやつを喜ぶんや、頭のない、どうかしとるんやないかて感じの人間を～お！　だから、ぼくなんかでも、学校出てないから、だから、気さくで人間味があってお客さんから好かれるんやあ～あ。住宅の営業はそういうもんなんや」と何度も言っていたが、違うと思いますよ。そんなこと言って居直らないで欲しいと思います。その点、「木南さん（仮名）」は「物知りおじさん」で「雑学の大家」で「よく知っている」と同僚の間で評判だったのです・・・が、そのわりに住宅・建築・インテリア・不動産関係の資格は何一つ取得できていない。大学もあまり知名度のない私立大学卒らしい。あれだけ、お勉強好きの人が、な～んでだ？　て感じもしないでもなかったが、その理由がその一言でわかった。<br />
　　今は昔、１９６０年代前半、巨人 長嶋が阪神 江夏のストレートに三振がしてベンチに戻り、「ありぁあ、打てんわあ～あ」とつぶやいたところ、監督の川上が<strong>「きみには江夏のストレートを打つだけの給料を払ってあるはずだ」</strong>と言ったという。さらに、大洋 平松のシュートに三振してベンチに戻ってきて、「ありぁ、打てんわあ～あ」とつぶやいたところ、監督の川上が<strong>「きみには平松のシュートを打つだけの給料を払ってあるはずだ」</strong>と言ったという。この話はなんかの雑誌に載っていた話だが、それが何だったかは忘れてしまった。<br />
　　私なら、インテリアコーディネーター１次（学科）試験は「出題範囲が広く、かつ、広いから浅いかというとそうではなく、けっこう深い問題も出る」と実状を把握したとして、それで、どうすれば通るだろうか？　・・と考えるのだが、ところが、「木南さん（仮名）」は「だから、あれは通りませんよ」とさっさと断定してしまったのだ。こういうことを言うと、「木南さん（仮名）」は、きっと、「そりぁ、私は江夏のストレートを打つだけの給料だの、平松のシュートを打つだけの給料だのなんて、もらっていませんから～あ♪」・・と言うと思う。たぶん。<br />
　　「江夏のストレートを打つだけの給料」だの「平松のシュートを打つだけの給料」だのなんて、（株）一条工務店からもらってないというのは、それはたしかにそうなのだが、<strong>そんなこと言うのなら、私だって「江夏のストレートを打つだけの給料」だの「平松のシュートを打つだけの給料」だのなんてもらってない！　間違いなくずえったいにもらってない！・・・</strong>けれども、だ。どれだけ、給料をもらっているかいないかにかかわらず、やっぱり、「受験のベテラン」として、いったん、この試験を受けて合格するぞと思ったが最後、絶対に通らないと気がすまない。「落ちた」ということで終わらせるわけにはいかない・・・と考えるのが、「受験のベテラン」のサガなのか。矜持として通らないと気がすまない。<br />
　　　「普通にやって６０点とれる人間」が「必死でやって７０点とった」として、合格最低点が７５点だとして、<strong>合格最低点の少し下から少し上まであげるというのは、これはけっこう大変なことである。その大変なことをやるのが嫌ならあきらめればいいことだが、あきらめたいのか、あきらめたくないのか？</strong>　もし、あきらめたくないのなら、そうなると、<span style="color: #0000ff;"><strong>「ＩＤ野球　弱者の戦術」、「受験はアタマでやるもんや」</strong></span>ということになる。個々の問題についてはここでは深入りしないとして（それはまた別の機会にまわすことにする）、ともかく、<span style="color: #800000;"><strong>それまで解けなかった問題を解けるようになる工夫をして対策をとって解けるようになったとすると、次回の試験ではその分だけ高い点数をとれる可能性がある。</strong></span>千代の富士は、北天祐の弟に腹筋板で頭を思いっきり殴りつけたとか暴力をふるって後遺症のでる怪我を負わせた上で国民栄誉賞を受賞したというけしからんところのある男だったようで、又、八百長が多い横綱だったらしいが力士として弱かったわけではないようだ。その千代の富士は、幕内に入ってしばらくの間、琴風にまったく勝てなかった。ところが、ある時、ひとつ勝って以来、毎場所、千代の富士が勝つようになってほとんど負けなくなった。相撲解説の親方が話していたのは、「相撲を変えましたね。これまで、体が小さいのに体が大きな力士がとるような相撲をとっていた。だから、琴風のように体が大きくて押すような力士にとってはもってこいの相手、とりいい相手だったのが、千代の富士はそれに気づいて、本来の体の小さい力士が体の大きい力士に勝つような相撲に変えましたね」と話していたのを覚えている。<strong>その改善によって、それまで負けていた相撲を勝てるようになった、毎場所１つ以上、白星が増えたということ</strong>である。<span style="color: #808000;"><strong>入学試験においても資格試験においても、それまで解けなかった問題を解けるようになったなら、その分だけ得点力はアップする。</strong></span>それに対して、野村のじいさんがどこだかに「清原が、素振りを何千回やったなんてのを聞くと、『あんた、いったい何やってんの』と言いたくなる」と書いていたが、それと同様、<span style="color: #800080;"><strong>それまでと同じことを「さらに必死でやった」としても、それほど点数は上がらないと思うし、それこそ、「あんた、いったい何やってんの」ということになるのではないか。</strong></span><br />
　　　１９７０年代後半、大阪府高槻市にあったＹＭＣＡ予備校高槻校で古文を教えていた山之内というおっさん（男。当時、５０くらい？　北野高校卒&rarr;京都大学文学部卒&rarr;元天王寺高校教諭　らしい）が、「駿台や代ゼミにおったら東大に通るというものやないの。どれだけ勉強したかによるの」などと発言したが、<strong>そういう発言は予備校の講師に口にしてもらいたくないものだ。</strong>特に、ＹＭＣＡ予備校というのは予備校の中で授業料は高い方の予備校だったはずで、<strong>授業料が高い方の予備校の講師から「どこの予備校に行ったかは関係ないの」なんて言われたあかつきには、「カネ返せ！」とでも言いたくなる。</strong>　その頃、駿台予備校には「東大受験クラス」と「国立大学受験クラス」があったと思う。代ゼミには「東大受験クラス」と「国立大学受験クラス」「私立大学受験クラス」があったように思うのだが、<strong><span style="color: #008000;">もしも、東大に合格したいなら「東大受験クラス」に行っておいた方が単なる「国立大学受験クラス」に行く場合や「私立大学受験クラス」に行った場合よりも有利なはずであり、もし、有利でないなら「東大受験クラス」の意味がないことになるはずだ。</span><span style="color: #800080;">ＹＭＣＡ予備校高槻校の「京大東大文系クラス」というのは「京大東大文系クラス」という名称をつけて募集したのであるから、当然のことながら京大の文系学部・東大の文科の試験問題に即した授業をして京大の文系学部と東大の文科の試験の対策をとらないといけないはずで、そうでないならば「看板に偽りあり」ということになる。</span></strong>その頃の東大の文科の試験で他の大学と試験問題の傾向が特に大きく違ったのは社会科（日本史・世界史など）で、私は北野高校の中間考査・期末考査や模擬試験、一般の「全国総合模試」といった名称の模擬試験では社会科（日本史・世界史）ではけっこういい成績をとれたにもかかわらず、東大の２次試験の問題はどうもうまく書けなかった。だから、私は「京大東大文系クラス」で、どうすれば「東大の社会科」の問題に適切な答案を書くことができるかという指導をしてもらえるよう期待してＹＭＣＡ予備校高槻校京大東大文系クラスに入ったのだが、ところが、ＹＭＣＡ予備校は入学して最初の時点で「主事」というよくわからん職種で「ぼくは早稲田の政経でてるんだけどな」と1日最低3度は言わないと気がすまないという男でそれは学歴詐称の可能性が大きいと思われる藤井という男（当時、５０くらい？）が「今年から共通一次試験が実施されて、これまで理系の人は社会科は１科目だけだったのが、理系の人も２科目受けないといけないことになって、社会科の先生が不足していますので、それで、社会科は日本史か世界史のどちらか１科目だけとします。〔この理屈もおかしいのだ。１９７７年度まで、共通一次試験が実施される前、京大・阪大・神戸大の理系学部は社会科は１科目で、京大・阪大・神戸大の文系学部は2科目だったが、共通一次試験実施後、共通一次試験では国公立全大学全学部が理科2科目・社会2科目を共通一次試験で受けなければならなくなった・・としても、<span style="text-decoration: underline;">YMCA予備校は共通一次試験実施後も理系学部では社会科は1科目だけしか授業は実施しなかったのであって，理系クラスでの社会科の授業の量が増えたわけではないのだから、共通一次試験が実施されて社会科を２科目受ける人が増えても、それが原因で社会科の講師が不足するはずはないのである。藤井の発言は実状に反したものであり正直さに欠ける。</span>又、<span style="color: #0000ff;"><strong>きっちりと京大・東大の文科の試験対策をとることのできる講師を用意できないなら「京大東大文系クラス」と名づけたクラスの募集をするべきではなかったのではないのか</strong></span>ということになる。〕授業のない方の科目は教科書を読んでおいてもらえばできます」などと発言した。<strong>「教科書を読んでおいて」なんてそんなものは、これまでに何度も読んでる！！！　それ以上のことをしている！</strong>　それ以上のことをしてきたけれども、それでも、京大・阪大の問題を想定した北野高校の模擬試験や中間考査・期末考査や業者試験でも「全国総合模試」といった模擬試験の問題では悪くない成績をとれても東大２次の試験ではうまく書けずに苦労してきたのだ。「教科書を読んでもらえばできますから」とはデタラメもほどほどにしてもらいたいものだ。そして、<strong>授業のある１科目、「世界史」の授業もまた、東大の２次試験を想定した対策のものではなかった</strong>のだ。<span style="color: #008000;"><strong>いったいどこが「京大東大文系クラス」なんだ？</strong></span>　「看板に偽りあり」と思ったら、京大東大文系クラスの同じクラスにいた人で<span style="color: #ff0000;"><strong>「看板に偽りありだな」</strong></span>と思ったことを口にする人が何人かいた。<br />
<br />
　　ここまでを整理しよう。<br />
<strong>（１）</strong>　「普通にやったら６０点とれる」という人でも、何か心配事があるとか、家庭環境に問題があるとか、「普通にやる」ことができない悪条件があったなら、「普通にやったら」とれる点数をとれない場合がある。その場合には、「普通にやる」ことができる条件を回復させることが大事である。<br />
　　たとえ、２０点とったとしても、「普通にやったら２０点」の人が２０点とったというのと、「普通にやったら６０点とれる」人が心配事があったとか家庭環境が悪かったとかいった事情により「普通にやる」ことができなかったから２０点とったというのでは状況が違うし、対応法も違う。<br />
&nbsp;<strong>（２）</strong>　「能力的にも人間的にも優秀な教師というのは、多くの人間が考えているよりもはるかに少ない」というのは事実である。高校の教諭や予備校の講師などに過大な期待（もしくは、その職業についている人間に対しての当然の期待）はしない方がいい。<br />
<strong>（３）</strong>　「普通にやったら６０点とれる」人間が、「普通にやる」ことができる条件を確保できたとして、「普通にやったら６０点とれる」人間は「必死でやったら７０点とれる」。<br />
　「普通にやったら６０点とれる」人間が「必死でやって７０点とった」として合格最低点が６５点なら合格だが、７５点であったなら、「必死でやった」にもかかわらず不合格である。<br />
　　高校の教諭には３月の合格発表の後、合格した人間を称賛して不合格になった人間をけなす教諭がいるが、合格した人間はすべての面において成功していたわけでもなく、不合格だった者はすべての面において失敗していた・間違っていたわけでもない。「普通にやったら６０点とれる人間が、必死でやって７０点とれるようになったが、合格最低点が６５点のところを受けて合格になった者と、合格最低点が７５点のところを受けて不合格になった者の違い」であったケースもある。<br />
　　たとえば、京大を不合格になった人間でも阪大か神戸大を受けていたなら合格していたかもしれない人間はいるはずで、<span style="text-decoration: underline;">「合格した人間&rarr;すべて〇、不合格になった人間&rarr;すべて&times;」というのはおかしいはずなのだが、そういう判定にしたがる教諭がいる</span>・・のだが（１９７０年代後半、北野高校の３年の時の担任だったO谷郁三などはそんなところがあった。その男〔もしくは、その女〕は「合格した者&rarr;ええもん、不合格になった者&rarr;わるもん」とすることで自分を「ええもん」の側に置こうとする軽佻浮薄な人間だということもあるだろう。高校の教諭をやっている人間にはそういう人間が多い傾向があると思う。<strong>ちっぽけな野郎だなあ</strong>・・と思うが、改めさせようと思ってもなかなか改まることはないだろう）、「アホは放っとけ」と考えるしかない。高校の教諭や予備校の講師に決して過大な期待（もしくは、その職業の人間に対しての当然の期待）をしてはいけない。<br />
<strong>（４）</strong>　「合格最低点より少し下」から「合格最低点より少し上」に上げるというのはけっこう大変なことである。０点から６０点まで上げるのと「合格最低点より少し下」から「合格最低点より少し上」に上げるのとでは、後者の方が大変かもしれない。<br />
　　１９７０年代後半、YMCA予備校高槻校の「主事」という意味不明の職種の藤井（男。当時、５０くらい？　「ぼくは早稲田の政経出てるんだけどな」と一日３度は言わないと気がすまないという男だったがおそらく詐称と思われる）は、「現役の時やったらともかく、浪人したら、模擬試験で通った人５人・落ちた人５人なんてくらいの成績では受けてはいかん。最低でも通った人８人・落ちた人２人くらいの成績を模擬試験でとらなかったら受けてはいかん」などと発言したが、普通に考えて、東大とか京大とかに進学しようとする者の模擬試験で「通った人８人・落ちた人２人」なんてそんな成績なんて簡単にとれると思うか？　そんなものすごい成績なんて簡単にとれるわけないだろうが！　アホか。とらなくてよろし。１９８９年、藤田元司が巨人の監督に２回目に就任した時、「ボロ勝ち・せり負けは弱いチームのすること」と述べていたが、「ボロ勝ち・せり負けは弱い者のやること」。<span style="text-decoration: underline;">合格最低点より少しでも上の点数をより高い確率でとることができるかどうかが問題</span>なのである。野村克也は南海ホークスでレギュラーとして出してもらえるようになっても、最初、２割５分くらいしか打てず、２割５分ではまたレギュラーを他の選手にとられてしまうかもしれない、３割打てば一流選手と言われるが、どうすれば３割打てるだろうかと考えた。２割５分の選手と３割の選手はどう違うかというと、１００回打席に立って２５回ヒットを打つ選手が２割５分の選手で、１００回打席に立って３０回ヒットを打つ選手が３割の選手だと考えると、あと５本多くヒットを打てば「３割打者」になれる・・と考えれば、１００回すべてヒットを打たないといけないとすると大変だが「あと５本」なら工夫すればなんとかなるのではないかと思えた・・と書いていたが、入試においても「合格最低点を越えるまであと◇点」と考えれば、<strong>「◇点くらいなら工夫すればなんとかなる」と思えるところを、</strong><strong>「模擬試験で最低でも通った人８人・落ちた人２人くらいの成績を取らなかったら受けてはいかん」などとそんなアホなこと考えたなら、通るものも通らなくなる。</strong>アホの言うことを気にしてはいけない。<br />
<strong>（５）</strong>　「普通にやったら６０点とれる人間」が「必死でやって７０点とった」として、「さらにそれ以上に必死でやった」としても限度がある。すでに相当「必死でやった」人間がそれ以上「必死にやった」としてもあまり点数は伸びない。すでに「素振り」は相当やった人間がさらに「必死で素振りを大量にやった」としても、「あんた、いったい何やってんの」という結果になる可能性が十分ある。YMCA予備校高槻校がさせていたのはそれである。<br />
<strong>（６）</strong>　「普通にやったら６０点とれる人間」が「必死でやって７０点とった」として、それでも合格最低点に足らないとすると、そこからは「ID野球　弱者の戦術」「野球はアタマでやるもんや」ならぬ「受験はアタマでやるもんや」。不足している分をアップさせるためには何をどうすればいいか考えてやらないといけない。「さらに必死で『素振り』を何千回」なんてやってもあまり意味はない。「あんた、いったい何やってんの」という結果になる可能性が小さくない。<br />
・・・ということで、これを前段として、今回、<strong>「資格試験の方について、自分が合格できたのはいいが、それをひとに話す際に思慮がないという人の例と、ひとに資格試験を受けて資格を取得させようというのならそれなりに考えて言うべきではないのか、特に会社の経営者・使用者が従業員に言う場合は十分に考えて言う必要があるのと違うのか、という件について」</strong>を述べるつもりであったが、ブログの字数制限もあるので、今回はその前段の部分で止めて、もともとの「本論」は次回にまわすことにする。<br />
<br />
　　今回は前段の<strong>「入学試験・資格試験に合格するための基本論」</strong>を述べたが、すでにわかっている人からすると、「何を今さら」とか「そんなこと、すでにわかってるよ」と思うかもしれないが、わかっていない人にとっては相当役立つ内容のはずである・・が、わかっていなかった人には、これはなかなかもっともなことだとそこでわかる人もあれば、「見ても悟らず、聞いても理解しない」人もあるかもしれない。フリードリヒ＝ニーチェ『ツァラトゥストラはこう語った』の冒頭には「万人に与える書。何人にも与えぬ書」と書かれている。役立つと思った人は役立てていただければと思う。<br />
<br />
　　次回の「本論」の部分を完成させてから公開してもいいが、とりあえず、前段の「入学試験・資格試験に合格するための基本論」だけで公開することにする。　「本論」の方はできるだけ早い機会に公開したいと思うので、その際は、見ていただければと思う。<br />
　　（２０１９．６．１０．）<br />
<br />
　　２０１９年５月から「元号」が「令和」になったようだが、<br />
<strong><span style="font-size: x-large;">世間一般にあまりにも「れいわ」「れいわ」と言い過ぎ。<br />
</span>もううんざりしてきた。</strong>だから、ここでも年月日の表記に「令和」は使用しないことにする。<br />
　　（２０１９．６．１０．）<br />
<br />
☆　拍手・コメント歓迎します。</span>]]>
    </description>
    <category>職場と資格</category>
    <link>https://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/21/</link>
    <pubDate>Tue, 12 Jun 2018 00:06:11 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">shakaikagakukei.blog.shinobi.jp://entry/21</guid>
  </item>
    <item>
    <title>高卒の総務部長は「何の努力もしないのに」通ったと本当に思っていたのかもしれない。</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="font-size: large;">［第２０回］</span><br />
<span style="font-size: large;">　　　その仕事をする上での資格を持っているということは、その分だけ仕事をするのに有利になりそうな感じがしますが、常にそうとも言えません。１９８０年代後半、小堀住研（株）〔&rarr;エスバイエル（株）&rarr;（株）ヤマダエスバイエルホーム<a href="http://www.sxl.co.jp/">http://www.sxl.co.jp/</a>　〕に入社した年、小堀住研（株）のグループ会社で、小堀住宅流通（株）という不動産業の会社があったのですが、その小堀住宅流通（株）の千葉支店は所長ともう２名、男性が計３名在籍したのですが、その１人のSさんに名刺を見せてもらうと氏名の下に「宅地建物取引主任者」と書いてあり、宅地建物取引主任者は「不動産屋の資格」ですから不動産業の会社に勤務する人が持っていていいわけですが、名刺の氏名の下に資格名が書いてあるのはプラスの評価を受けるようだとその時は思いました。松戸営業所（展示場）の営業課長になっていた石井さんの名詞には、氏名の下に「一級建築士」と書いてあり、それも、プラスの評価を受けるだろう・・とその時は思いました。その時は。</span><br />
<span style="font-size: large;">　　　しかし、<span style="color: #ff6600;"><strong>その後、住宅建築業の会社に何年も勤めていると、そういう資格名を名刺の氏名の下に記載している人というのがいいのかどうか、どうも、よくわからなくなりました。</strong></span>２０１０年、千葉市中央区鵜の森町　の　新華ハウジング（有）〔建設業。２０１３年に正式に倒産〕で仕事をしていたN村設計事務所のおっさんの名刺には、「建築家がつくる家」という三井ホームの「建築家とインテリアコーディネーターがつくる家」というコピーのパクリが書かれていて、その下に氏名が書かれて氏名の下に「一級建築士」と書いてあった・・が、<strong>このおっさん、「建築家」とか「一級建築士」とか矢鱈と言いたがる人間なんだなあ・・とかえって印象は悪かった。</strong>そもそも、あまりにも「建築家」とか「いっきゅうけんちくしい～い」とか言いたがる人間て、あんまり・・て人が一般に多い。<br />
</span><br />
<span style="font-size: large;">　　さらに、１９９０年、小堀住研（株）〔&rarr;エスバイエル（株）&rarr;（株）ヤマダエスバイエルホーム　〕の東京都目黒区の東京支店自由が丘営業所（展示場）に在籍した近藤寿一（男。当時、２０代前半。近畿大学経済学部卒〉は「ぼく、宅建主任の資格もってますから」とお客様宅に行って叫んでいましたが、しかし、展示場の事務所では、本人は「ぼくは大学だって<span style="text-decoration: underline;">経済学部しか</span>出てませんし、売りになるものがありませんから、だから、宅建主任もってるということにしてるんです」と言うのです。そういうのはどうかなあと思いました。<br />
　　だいたい、<strong>「経済学部しか」とは、その言い草は何だ！　</strong>小堀住研（株）は相当昔から「大卒しかとらない会社」と言い、「４年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」で「普通自動車第１種免許」を持っている人か、「４年制大学の建築学科か土木学科卒の人」で「普通自動車第１種免許」を持っている人を採用していた、営業は主として《「４年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」で「普通自動車第１種免許」を持っている人》の仕事だったのです。新卒社員の全体の研修でも講師役の人が「小堀住研は昔から『大卒しか採らない会社』でした」と言い、営業系社員の合宿研修でも、講師役の課長が「ミサワあたりの営業は高卒の営業が多いのですが、小堀住研の営業は大卒の営業で、ミサワと小堀とでは営業という職種の社会的位置づけが違います」と話していたのです。但し、最近は「大学」と名のつく学校が多くなりましたので、「大卒しかとらない会社」というものを意味のあるものにしようとすると、「国立大学か私立は東京圏では早慶かJARKくらいまで、関西では関関同立くらいまで」ということにしないと「大卒しかとらない会社」という意味があまりなくなります。だから、近藤の場合、「近畿大学卒」の方は「大卒しかとらない会社」という規定からいくと「少々、おまけ」の入社だったのですが、「経済学部卒」の方は、小堀住研（株）では、もともと、営業は「４年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」でやっていこうという方針できていますからそれでいいのであって「経済学部しか」などと言うべきではないのです。</span><span style="color: #008000; font-size: x-large;"><strong><span style="font-size: large;">建築学科卒の人間で、「建築学科卒は法学部・経済学部・商学部卒よりもエライ」みたいに思っているヤカラ・主張するヤカラが中にいたようですが、 法学部・経済学部・商学部卒の人間としては、そういう主張をするヤツを認めてはいけないのです。</span><br />
　　</strong></span><span style="font-size: large;">私自身も住宅建築業の会社に長く勤めて思ったのですが、どうも、建築学科卒の人間というのは、人にもよるけれども、《自分を「設計士（さま）」にしたがる症候群》みたいな人間が多く、又、社会科学系学部卒の人間なら、お客様に分かりやすいように「ぺったんこの屋根」と言うところをもったいつけていちいち「陸屋根（ろくやね）」と言いたがる、社会科学系学部卒の人間なら日常用語で話すものを、いちいち建築の教科書に載っている用語で話したがるという人が多く、人にもよるけれども、それが何年経っても抜けないという人が少なくない。「しろうと感覚」と言っても実際はけっこう経験があってけっこう知っているのですが、それでも「しろうと」の位置から話をするということが社会科学系学部卒の人間にはできても、建築学科卒の人間には、私立五流大学の建築学科卒をなんでそんなもん自慢するのかと思うのだが自慢にして「学校でてますから」という態度をとって、そのわりに何も知らない・・なんて人間が少なくない・・というのを見てきました。（人にもよりますよ。）だから、営業の場合は、建築学科卒の人でも営業のできる人は中にはあるでしょうけれども、やっぱり、戸建住宅建築業の営業は社会科学系学部卒の仕事であって、営業の仕事をするにおいては、建築学科卒は社会科学系学部卒より上だなどということはないと私は認識しています。<br />
　　「宅建主任（宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士）についてですが、たとえば、試験には通ったけれども登録していないとか、登録したけれども主任者証の更新をしなかったとかいう人なら、試験には通っているのですから、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士の資格試験では「『宅地建物取引主任者とは、宅地建物取引主任者の試験に合格した者を言う』・・これは『正』か『誤』か」なんて問題が出るわけで、正解は「誤」で、<span style="text-decoration: underline;">宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　とは、試験に合格しただけでは、あくまでも「試験合格者」であり、（１）試験に合格して、（２）（過去１０年間に２年以上の実務経験があるか、「実務経験にかわる講習」を受講するか、いずれかで）都道府県知事に登録をして、（３）主任者証</span></span><span style="font-size: large;"><span style="text-decoration: underline;">&rarr;宅地建物取引士証　の交付をうける、とこの３つの条件を満たした人が「宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士」であって、試験に合格しただけでは「試験合格者」であって「宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士」ではない、</span>だから、「誤」となります。<br />
　　試験に合格したけれども、まだ、登録していない、主任者証&rarr;宅地建物取引士証　の交付はまだ受けていない、という人が、近日中に交付を受ける予定にしているという場合、「宅建主任もってます」と言ったとすると、宅地建物取引業ならば、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の資格を持っていることにならない者が持っていると言ってはいけませんし、「試験合格者」であっても登録していない者、「試験合格者」で「登録」した者でも「主任者証」「宅地建物取引士証」の交付を受けていない者は宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士の「試験合格者」「登録者」ではあっても「宅地建物取引主任者」&rarr;「宅地建物取引士」ではない、ということになっていますので、重要事項説明は、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　が「主任者証」&rarr;「宅地建物取引士証」を提示した上で宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士がおこなわないと、重要事項説明をおこなったことになりませんが、宅地建物取引業の会社がグループ会社にある建築業の会社に在籍して建築業の会社の従業員として言う限りは、それでもいいわけではないとしても、試験に合格するまでに学んだものはあるわけですから、「持ってます」と言ってしまっても問題は発生しにくいかもしれませんが、<strong>試験に合格したわけでもないのに、「ぼく、宅建主任もってますから」などと言いまくって、相手が本気にして、土地建物の売買についての意見を求められて、変な結果になった時にどうなるのかと考えると</strong>、あんまりそういうことはしない方がいいと思います。というよりも、<span style="color: #0000ff;"><strong>もし「宅建主任をもってます」と言いたいのなら、</strong><strong>宅建主任&rarr;宅地建物取引士　なんて、旧型司法試験とか公認会計士試験ほど難しい試験でもないのですから、詐称するのではなく実際に取得して言えばいいと思うのですが、</strong></span>なんだか、<strong>詐称する工夫に頭を働かす能力はあっても、たいして難易度が高いわけでもない試験に合格するために頭を働かすことには拒否反応を示す人というのが、います</strong>。（１９９１年だったと記憶しているのですが、テレビで、ワシントン条約で輸出入が禁止されている熱帯魚を密輸した業者がつかまったというニュースがあり、その際、筑紫哲也が「密輸するために、これだけのものすごい技術を開発するのなら、その能力でその魚を養殖する技術を開発したらどうかと思いますが」と言い、私もそう思ったのだが、会社というところにも、それに似たようなことをする人がけっこういる。）<br />
　　宅地建物取引業の会社で、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の資格を持たない者が「もってます」と詐称しまくったなら、宅地建物取引業法違反で処罰される可能性がありますが、建築業の会社で言いまくる限り、「単なる嘘つき」でしかない・・と近藤は思ったでしょうけれども、<strong>国家資格の詐称</strong>は<strong>軽犯罪法第１条違反</strong>に該当するはずです。実際には、違反と言っても、世の中には詐称する人というのはけっこういるし、軽犯罪法違反というのは、たとえ、処罰されたとしても「科料」ですが、それでも、<strong>東京支店業務課の課長の江間（男。当時、３０代。法政大学法学部卒）は、支店における人事・総務・経理に該当する業務課の課長として、<span style="color: #ff6600;">「国家資格の詐称はやめてください」と言うべきですが、</span>それを言えない男</strong>が江間でした。江間は「法学部卒」と称していたのですが、こんな法学部卒に法学部卒の値打ちがあるか？・・というと、ないと思うのですよね。江間は<strong>実際に法学部卒であってそれは詐称ではないらしいのですが、<span style="color: #008080;">「詐称とたいして変わらん法学部卒」「詐称とたいして変わらん法学士」</span></strong>でした。（私が高校を卒業する年、東大を落ちた後、父から「高校は義務教育じゃないんだから、高校は行くべきじゃないんじゃ。それを、おまえみたいなもんが高校に行ったのは余計じゃ。おまえは高校に行くことないんじゃ、チャンコロ。チャンコロは高校行くな、チャンコロ」と毎日毎日言われたものだったが、その基準から行くと、江間なんぞは、義務教育であろうがなかろうが、中学校行ったのは余計であって、江間なんぞ、中学校行くべきではないはずである。ましてや、何をいったい思い上がってか、「法政大学法学部」みたいなもん、行くべきではないはずなのに、江間はどあつかましくも、法政大法学部みたいなもんに行って卒業したのだが、よっぽど甘ったれていたということであろう。）<br />
　　　近藤は１９９０年の時点で入社2年目でしたが、入社1年目に配属された営業課の課長が「おまえは大学も近大しか出ていないし、学部だって経済学部しか出ていないから、だから、取り柄がないから、宅建主任を持っていることにしろと命じて」（「経済学部しか」とはなんだ、「しか」とは！）、それに従って、その「指示」に忠実に、宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）の資格なんて取得していないにもかかわらず、「ぼく、宅建もってますから」と叫びまくってきたらしい。いわば、日大アメリカンフットボール部の監督だかコーチだかが「相手のクオーターバックをつぶせ。関学の選手が怪我をして試合に出れなくなれば、次、対戦する時にこちらが有利になる」と指示したみたいなものです。私なら、そんなこと言われても、「国家資格を詐称するなんて、そんなことはやめた方がいいのと違いますか。むしろ、宅建主任は会社が営業系社員には取得を奨励しているのですから、持っていると詐称するのではなく、実際に取ればいいのと違うのですか」と言いますが、近藤はそうではなく、「上長の命令は絶対」と考えて実行した、軽犯罪法違反を実行した、ということのようです。もっとも、私ならそんな指示は断りますが、そうすると、小堀住研（株）は「『上長に対する反抗』という就業規則の規定に該当する」と言って懲戒処分を下すかもしれません。<span style="text-decoration: underline;">法的には、たとえ、「上長の命令」であっても、日本国の法令に違反する命令、公序良俗（民法第90条）に反する命令は「ただちに無効」</span>ですが、小堀住研（株）みたいな会社は、有無を言わさず、懲戒解雇とかするかもしれません。そうなると、裁判で争うしかないことになり、日本の裁判所というのはこれは刑事事件においては警察・検察の下請け、労働問題においては不良企業の不良経営者のテカ（手下）ですから、ないものでもあることになるし、あるものでもないことになります。となると、<strong>「相手のQBをつぶせ」とか言われると、</strong>逆らえないてことになる？・・かもしれませんが、近藤はそこまで考えずに「ぼく、宅建主任　持ってますから」と叫びまくっていたようです。近藤はそこまで考えてやっていないと思いますね。（そのあたりの「軽さ」がお客様からマイナスの評価を受けることもあったようです。）　警察は、不動産屋が電柱にポスターを括りつけると、なんだか、よっぽどの重大事件の犯人つかまえるみたいに必死こいて取締りますが、小堀住研（株）の東京支店自由が丘営業課（１９９０年前半）の近藤と近藤にそうしろと指示したという営業課長もまた軽犯罪法違反で取り締まるべきではないのか。日大のアメリカンフットボール部の選手は、片方で加害者でも他方においては被害者の面もあったと思いますし、大学の体育会とかスポーツ専門校の高校の運動部の人間というのは昔から暴力体質でそれに逆らうとおれなくなるといったことが言われるわけで、かつ、進学校の高校や国立大学の運動部の場合は退部してもその運動部を退部しただけであって学校は続けられますがスポーツ入学した人の場合はその運動部を退部すると学校もやめなければならないと聞きますし、自分がその立場になるとなかなか難しい面もあるのかもしれませんが・・、とりあえず、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　なんて取得していないのに「ぼく、宅建主任もってますから」と叫びまくるというのは、はたで見ていてもいい感じがしませんから、私は、そういうことはやめた方がいいと思いますが・・。<br />
</span><br />
&nbsp;<span style="font-size: large;">　　　実際のところ、戸建住宅建築業の会社に勤務している人間が、名刺の氏名の下に記載する資格名称で、最も意味のないのは「一級建築士」と違うのか・・？　と私は今は思う。なぜなら、<strong><span style="color: #0000ff;">戸建住宅の建築においては、一級建築士の試験に出題される内容と二級建築士の試験に出題される内容なら、むしろ、二級建築士の試験に出題される内容の方が、戸建住宅建築業には関係が深いくらいで、</span><span style="color: #808000;">木構造の場合ですと、木造建築士の試験に出題される内容の方が関係あるものが多いくらいですし、</span><span style="color: #800080;">戸建住宅の計画を立てていく上で、お客様とコンサルティングをしていく上での知識ということなら、インテリアコーディネーターの方が関係が深いくらいで、</span>ビル建築とかの工事を扱うなら一級建築士は持っていた方がいいと思いますが、戸建住宅においてはあんまり関係ない資格ないのですよね。</strong>ところが、<span style="text-decoration: underline;">「いっきゅうけんちくしい～い」と言えば「ひとは言うことをきく」という信仰を持っている人というのがいる</span>のです。ですから、片方で氏名の下に「いっきゅうけんちくしい～い」と記載して、それだけでなく、氏名の左上に「建築家のつくる家」なんて三井ホームのパクリを書かれたあかつきには・・、おっさん、アホか！　て感じがしてきます。しかも、なんだか、ちと変わった帽子かぶって、暴走族みたいな羽根つきの真っ赤なスポーツカーに乗って・・なんてのを見せられると、このおっさんもまた、<strong>「『建築家』ぶりっ子したがる症候群」</strong>の「患者」なのか？　なんて思ってしまいますね。<strong>「ヒゲははやさないのですか？」て質問したくなってきますね・・・。</strong>だいたい、「建築家ぶりっ子」とラーメン屋て、なんで、ヒゲはやしたがるのでしょうね？<br />
<br />
&nbsp;　　最初はきづかなかったのですが、「いっきゅうけんちくしい～い」と矢鱈と言いたがる人というのは「大学卒」の人より「建築の専門学校卒」という人に多いように思えます。愛知産業大学の建築学科でも「建築士の資格を取って悪いということはないけれども、資格よりも、いい内容の建築ができるかどうかの方が大事」「大学の建築学科は建築士の資格試験のためにあるのではない」と言われたのに対し、「建築の専門学校」の方が建築士の資格を取った者がエライ・・という思想を持っている人、<span style="color: #0000ff;"><strong>「いっきゅうけんちくしい～い」信仰に精神汚染された人</strong></span>が多い。<br />
　　最初に出した話の小堀住研（株）の松戸展示場にいた石井さんにしても、<strong>「一級建築士」と言いたがる傾向</strong>があり、<strong>「一級建築士」と言えばひとは評価するものだという世界観</strong>を持っていて、<strong>「一級建築士」をいくつもある建築・不動産関係の資格の中で別格のものと主張したがる傾向</strong>がありましたが、それは<span style="color: #008000;"><strong>「建築の専門学校卒」の人の特徴</strong></span>だったかと思えます。<br />
<br />
&nbsp;　　２０００年代なかば、（株）一条工務店のある展示場をのぞいてみたことがありますが、その際、営業のおっさんがくれた名刺には氏名の下に<strong>「地盤調査員」</strong>なんて書いてあった（笑）・・　「地盤調査員」だって・・。<br />
<span style="color: #000000;"> 　　「資格」には「国家資格」と「民間資格」と「社内資格」があります。インテリアコーディネーターはもともとは三井ホームの社内資格だったらしいが、それが国家資格になり「行政改革」の時に民間資格になった。それぞれの会社で役職・職能級位と別に、社内で試験をして、それに合格した人間に「社内資格」を持たせる会社があるらしい。（株）一条工務店では、１９９０年代の終わり頃から、地盤調査を業者に依頼するのではなく、営業社員にさせるようにしたのですが、地盤調査課の従業員が講師になって地盤と地盤調査についての講習を3時間くらいかけて実施し、受講がすんだ者には「地盤調査員」と書いたカードを渡していたのです。３時間ほどの講習を勤務時間内に受ければ、その講習の場におれば筆記試験も何もなく誰でももらえたものです。だから、営業社員は誰でも「地盤調査員」だったのです。持たない人間がやっても罰則も何もありません。転職する時に履歴書に「地盤調査員」なんて書いても、「何、これ？」と言われます。その展示場のおっさんは、氏名の下に何か資格名を書きたかったのでしょう・・けれども、あんた、そんなもの書いていったいどうすんの？　て感じがしましたね。なんだかなあ・・( 一一)　　<strong>（株）一条工務店は「中卒高卒は常にエライ」というのが社是の会社</strong>でしたが、そういうものを社是にすると、&uarr; みたいなことをするおっさんが増えます。</span><br />
&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;<br />
　　私は（株）一条工務店に１１年余勤めて約１０年営業の仕事をやりましたが、営業として仕事をしていた時の名刺には、氏名の下に、<br />
「　　インテリアコーディネーター<br />
　　　２級建築施工管理技士<br />
　　　宅地建物取引主任者　　　　　」<br />
と記載されていました。　詐称じゃないですからね、私は。そして、私は、「舌先三寸」みたいな営業をしてきたのではない、私はきっちりと住宅・建築・インテリア・不動産などについて学習してきた者としてこの仕事をしているのだ、という矜持のもとに記載していたのですからね。もっとも、３つも資格名を記載したとしても、だから、何でも知ってるかというと、そうはいかないわけで、住宅建築の仕事は幅も広ければ奥行きも深く、資格の１つや２つや3つ、持ったからといって、「何でも知ってる」なんて状態になんてなるわけないのです・・・が、それでも、ともかく、<strong>きっちりと学習してきっちりとしたことを話して契約してもらい、きっちりとした仕事をさせてもらおうという姿勢でやっていますという意思表示</strong>のつもりでおりました。だから、私が名刺の氏名の下に&uarr;のように記載していたのは、これは矜持をもって記載していたのであり、「いっきゅうけんちくしい～い」と言えば「ひとは言うことをきく」とか考えているアホとか、「ぼく、宅建もってますから」とか持ってないのに言うヤツ（小堀住研（株）　東京支店自由が丘営業課　近藤。近畿大経済学部卒。）とか、「私、早稲田の建築でてますから」とか、おまえ、早稲田でてるような顔してないだろうが！　て顔して言う男（小堀住研（株）　千葉支店柏営業課&rarr;松戸支店松戸営業課　犀川。日大芸術学部卒。当時）とかとは違います。あんなのとは違います。<br />
<br />
　　　（株）一条工務店<a href="http://www.ichijo.co.jp/">http://www.ichijo.co.jp/</a>　という会社は<strong>「浜松中心主義の会社」</strong>であるとともに、<strong>「中卒高卒優先主義の会社」</strong>だったのですが、その中卒・高卒の所長とかなんとか長とかいう人達というのは、<strong>「『今の世の中というのは、ひとを肩書で見る世の中だ』とかなんとか、しょーもないことを言いたがる症候群」</strong>の「患者」だらけでした。自分が高く評価してもらえないのは、学歴がないからなんだ、と言いたいらしいのです。違うんですけどね、実際は。<br />
　　私が在籍した１１年余りの途中から、資格をとれとずいぶんと言うようになりましたが、</span><span style="color: #0000ff;"><strong><span style="font-size: large;">その人にとって必要な資格なのか、会社にとって必要な資格なのか、といった視点からよく考えてそういうことは言うべきで、そうでないのなら、必要もない資格を取得するために時間と労力を費やすというのは、それは「人生の無駄遣い」でしかない、その人に「人生の無駄遣い」をさせた・・ということになってしまいます。</span><br />
<br />
<span style="font-size: large;">　　</span></strong><span style="color: #000000; font-size: large;">私自身も、いくつかの資格を取得しましたが、<strong>それを取る必要があったのか、取ってマイナスにはならないとしてもプラスになる度合が十分に大きかったのか。「コストと利益を比較衡量して」考えて、はたしてコストを十分に上回る利益があったと言えるのか、</strong>というと、けっこう疑問に思えるところもあるのです。<br />
<span style="color: #ff6600;"> 　<span style="color: #000000;">　又、</span><strong>「どちらでもできる」と「両方できる」は同じではない</strong></span><strong></strong>のです。１９８５年の高校野球の優勝投手でＰＬ学園から巨人に入団した桑田選手は、ＰＬ学園時代バッティングも優れた選手で、高校野球の全国大会での通算ホームラン数も清原を別にすれば上位に入っていたはずで、プロに入団した時、投手として歩むべきか、野手として歩んだ方がいいのか、相当迷うところではないかと思ったのですが、投手としての道に進み、実績を残しました。もし、野手として進んでいたらどうなったかはわからないけれども、ともかく、投手を選んだわけです。それに対して、花巻東高校から日本ハムにはいり米国メジャーリーグに移籍した大谷選手は、投手と野手の「二刀流」てのを続けていますが、やっぱり、「どちらでもできる」と「両方できる」は一緒ではないのではないのか、という気がします。</span><br />
<span style="color: #000000;"><br />
　　　<span style="color: #0000ff; font-size: x-large;"><strong><span style="font-size: large;">資格の取得においても、「どちらでも取れる」と「両方取れる」は同じではない。</span></strong><span style="color: #000000; font-size: large;">昔、書店の棚で『資格三冠王』という題名の本を見た記憶があるのですが、旧型司法試験と公認会計士試験、もう１つは一級建築士でしたでしょうか、難関と言われる資格３つとも合格したという人が、学習法についての本を書いていたのですが、３つ通ってエライかというと、私は別にエライとは思わないのです。むしろ、その人、結局、何やりたいの？　て感じがします。菊川怜て女が「東大出の女」というへんてこりんな職業を続けていますが、あれも、別にエライと思わないのです。あれは「女優」でもなし「グラビアタレント」でもなし「アナウンサー」でもなし、何なんだ？　て職業ですが、東大工学部建築学科卒なんて言っても、あの仕事やるのに建築の勉強は要らんでしょうが。もっとも、「東大出の」でなければあの「東大出の女」というへんてこりんな職業にはつけないでしょうけれども、「東大出のAV女優」みたいなもので《「東大出の」がなければ売れない女》なのかもしれない。ともかく、弁護士をやりたかったのなら、別に公認会計士の資格を取る必要はないでしょう。建築関係の訴訟というのはありますから、「建築に詳しい」弁護士というのは役に立つでしょうけれども、その意味で「一級建築士でもある弁護士」というのは悪くはないかもしれないけれども、３つ取って、どうすんの？　て感じがします。「一級建築士か二級建築士とインテリアコーディネーター」という２つは２つ取る意味はあると思いますが、弁護士と公認会計士と一級建築士の３つを取る必要はないと思うのです。「結果として３つ取ってしまった」というなら、それはその人の人生だったのでしょうけれども、自慢することと違うと思うのです。<br />
</span></span>　　　<span style="font-size: large;">私は、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の資格は、小堀住研（株）に入社する際に、面接で「宅地建物取引主任者の資格を取るといい」と言われ、新卒社員研修の時にも、講師役できた人が「技術系の人は建築士の資格をとってもらいたい。営業系の人は宅地建物取引主任者の資格をとってもらいたい」と発言されたので、それで、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の資格をとりました。インテリアコーディネーターの資格は、（株）一条工務店で入社2年目に入った頃、営業本部長から、インテリアコーディネーターの資格を取ってもらいたいと言われて、上役が取ってくれという資格なら取らないわけにいかないと思って取得しました。キッチンスペシャリストは、世の中には上役から１０のことをやってくれと言われた時に、１０のことをする人もあれば、1２か１３のことをやる人もあり、６か７くらいしかできない人もあるので、私は１２か１３として、インテリアコーディネーターを取ってくれと言われたのであるから、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストを取ろうと考えて取得しました。キッチンスペシャリストを取ろうと思った理由としては、（株）一条工務店の浜松の営業所に営業としていたF橋といういいかげんな男がキッチンスペシャリストの資格を持っているという話を聞いたので、古橋なんてあんなヤツが合格する試験なら俺が落ちるわけがない・・・と思って受けたら、自分が受けてみるとけっこう大変な試験だった、あんなヤツ、本当にキッチンスペシャリストなんて通ったのかあ？？？　なんて思うようになったが、「F橋がキッチンスペシャリストの資格をもっている」の話の真偽はよくわからないが、もしかすると、こういった資格というのは、その資格ができてすぐの時期というのは取りやすい場合が多いのでそういう時期に取ったのかもしれないが、ともかく、私は困ったことに途中までやって落とされた試験をリベンジせずにおいておくことはできない性分なので、合格まで根性で持って行くことになってしまったというものでした。</span><br />
<br />
　　<span style="font-size: large;">　（株）一条工務店を辞めた後、就職しようとすると、<strong><span style="color: #008000;">どうも、インテリアコーディネーターというのは、男性が持っていても評価が低い資格で、</span><span style="color: #0000ff;">キッチンスペシャリストになると、けっこう取得は難しい資格であるものの、認知度が低くて、知っている人が少ない。</span><span style="color: #800080;">２級建築施工管理技士は、1級建築施工管理技士や二級建築士に比べて評価が低い。</span></strong></span></span><span style="color: #000000; font-size: large;">職安の求人票を見ても、「資格　一級建築士・二級建築士、1級建築施工管理技士」と書いてあって、2級建築施工管理技士は含まれないというケースがある。</span><span style="color: #000000;"><span style="font-size: large;">　<strong>宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　は、</strong>不動産屋は従業員5人に1人以上、事業所に配置しないといけないと法律で決まっているので、不動産屋はしかたなしに雇うが、<span style="color: #808000;">（</span><strong><span style="color: #808000;">株）エイブル</span>　</strong><a href="https://www.able.co.jp/">https://www.able.co.jp/</a>　<strong><span style="color: #808000;">は宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　という資格を「お茶くみおばさん　兼　子守女　兼　事務員さん」の資格と思っている。</span>（株）エイブルの店長になっている人間（当然、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の資格なんて持っていない）は「宅建主任の資格もってると、事務員さんできますからねえ」などと発言する。</strong>さらに「宅建主任なんて、自分がとらなくても、持ってる人間を雇えばいいことで、違反やって宅建主任の資格を剥奪されるとかあったら、その時はまた、別の宅建主任を雇えばいいことですから」と公言する。そんな資格なんて、取らない方がいいのじゃないか・・・と思うと、２００８年、東海住宅（株）〔本社：千葉県八千代市〕<a href="http://www.10kai.co.jp/">http://www.10kai.co.jp/</a>　で花見川店の店長になった「人相と眼つきの悪いヤクザ顔の田中」（男。当時、６０歳）は「俺は若いやつには、誰にでも、宅建主任なんてあんなもの取るな、とみんなに言ってやるんだ」と公言（おっさんが通らんからそういうことを言う、という面もあるだろうけれども）。なんだか、取得するまでの労力はけっこうかかるものの、取得すると値打ちのない資格ばっかり、いくつも取ってしまったみたいな感じ・・。</span><br />
<br />
　<span style="font-size: large;">　　インテリアコーディネーターは１次（学科）と2次（製図・論文）の試験があり、キッチンスペシャリストは学科試験と製図試験がある。その後、合格した建築CAD検定の3級と2級もそれなりの努力と精進の末、合格できたというものだ。<span style="color: #008000;"><strong>CADの能力認定資格については、持っていないと「CADができないのでは・・」と言われるが、建築CAD検定2級を持っていたとしても、だから採用してもらえるというものでもない。</strong></span></span><br />
<span style="font-size: large;"> 　　　１９８０年頃、私が大学生であった頃、難関と言われた資格としては、司法試験・公認会計士試験というものがあった。医師国家試験てのは、国立大学の医学部に入るのは難関だが、医師国家試験は私立金権五流裏口大学の人間でも通るらしいから、たいして難しくもないのだろうけれども、医学部を卒業しないと受験資格がないから、「大学は４年で卒業できる学部にしなさい。うちは６年間も行くような医学部なんか行かす金持ちとは違います。甘ったれなさんな」の家庭だった我が家では、タダの大学である自治医大でも絶対に行かせてもらえなかったから、これは不可能。　司法試験は、何年か前に制度が変って、法科大学院大学に行ってから受験という方がメインのルートになってしまったが、私が大学生であった頃は、４年制大学の教養課程を修了すれば何学部の人間でも、１次免除で2次から受けることができた。試験科目は、憲法・民法・刑法・商法が必須科目で、訴訟法が刑事訴訟法と民事訴訟法の２つから１つを選択、法律選択科目は労働法・行政法・刑事政策・・その他から１科目を選択、一般教養科目として経済学・心理学・・その他から１科目を選択、で計７科目だったのが、その後、制度が変わって、訴訟法は刑事訴訟法・民事訴訟法の２科目必須で、法律選択科目と一般教養選択科目はなくなって６科目になった。　公認会計士は司法試験と同様に、４年制大学の教養課程を修了すれば１次を免除で２次から受けることができて、２次は会計科目として簿記論・財務諸表論・原価計算論・監査論の４科目、それに非会計科目として経済学・経営学・商法の３科目。ともかく、旧型司法試験にしても公認会計士試験にしても、６科目か７科目、けっこうレベルの高い試験に合格しないといけない、というものだった。それだけ難しい試験に通った人間のはずなのに、弁護士て、あいつら、なんであんなにアホなんだ・・？　とか思うことがあるが、<strong>アホでも食っていけるだけの試験</strong>なのかもしれない。<strong>彼らは、最低でも食っていける状態だからいけないのであって、競争状態にして仕事内容の悪いやつは食えなくしてやるといいのではないかとも思えたが、他方、試験の難易度を易しくして、合格者を増やして弁護士の数も増やして他の仕事と同じように競争させれば弁護士の内容はよくなるかと思うと、「やっぱり、易しい試験にしか通っていない人はだめ」とかいう説もあるようで、結局、あいつら、役には立たんということか？！？</strong>　・・なんて思うが。</span><br />
<span style="font-size: large;"> 　　　<span style="text-decoration: underline;">インテリアコーディネーターが１次と２次、キッチンスペシャリストが学科と製図、それに宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士、これで５科目分。建築CAD検定２級を１科目分と考えて、６科目分。ほかにも、住宅ローンアドバイザーとか、損害保険募集人とか、その他、いくつかの資格を取得しているから、それらも合わせれば、６科目分か７科目分くらい勉強したのではないか・・と考えると、<span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;"><strong>インテリアコーディネーターやキッチンスペシャリストや宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士や・・といった《「中程度の難易度の試験」だが「取得したからといって食べていけるというものでもない資格の試験」》</strong></span>をいくつも受けて、相当の努力をして合格して取得するよりも、それらを取得するための労力・時間を１つにまとめて、<span style="color: #008000; text-decoration: underline;"><strong>旧型司法試験とか公認会計士試験とかいった「難関だけれども、取得すると、特別に高給かどうかはさておき、食べていける可能性が高い資格」</strong></span>を取得するようにした方が良かったのではないか・・・、もしくは、旧型司法試験や公認会計士試験は一度にすべての科目を合格しないといけないが、税理士の試験は一度にすべて合格しなくても１つずつ合格科目をためていくことができるので税理士の資格試験は一度勤めた人間にはその分だけ受けやすいとが言われますが、税理士の資格を取得するという選択肢もあった・・な</span>んてことを思うのだ。そう考えた時、（株）一条工務店の営業本部長、その資格を取得させた上で、インテリアコーディネーターの資格を持っている人間の持つ能力と慶應大学商学部卒の者がもつ経済学的認識、商業学・マーケティング的発想と実際に複数地域で勤務した営業経験と東大に合格できたとしてもおかしくないレベルまで学習してきた語学力とを合わせて、商品開発や新規出店計画の担当とかをさせるか、外国から輸入するものを扱う担当をさせるか・・といったことをするのでないのなら、<strong>その資格を取得した人間としての処遇にするのでないのなら、</strong>あくまでも、徹底して飼い殺しにして冷や飯食わせて、塩漬け氷漬けにして、「うちの会社にも慶應大学卒の人間がいるんですよ。しかし、私はそれよりも上役なんですよお」と言うために採用して、「インテリアコーディネーターも持ってるし・・・も持ってるしするんですよお。しかし、私はそういう人間の上役なんですよお」ということにするためだけに、<strong>けっこう取得するのに困難な資格を取れと命令する・・というようなことは、やめてもらいたかった。<br />
　</strong>　それだけの資格を取得するために、いったい、どれだけの労力をかけたと思ってるんだ。片方で仕事をこなしながら、それだけの資格を取得するために、いったい、どれだけ大変な思いをしたと思ってるんだ。あまりにもひとをバカにしているではないか・・と思うのだが、総務部長の天野雅弘が「あんたは、インテリアコーディネーターにしても、キッチンスペシャリストにしても宅建主任にしても、まったく何の努力もしていないのに、簡単に通る。俺らは高卒で、どんなにしても、そんなものは通らないのに、おまえは簡単に通る。ずるい。不公平だ。差別だ」などと言うのだが、よくもまあ、そんなことが言えたものだと思う。私は「まったく何の努力もしていないのに」通ったのではないし、「簡単に」なんて通っていないし、むしろ、<span style="color: #339966;"><strong>「俺らはどんなにしても、そんなものは通らないのに」などと言うのなら、何かやってみればいいと思うのだが、やってみてから言ったらどうなんだと思うのだが、何にもしてないじゃないか、</strong></span>何にもしてないから通らないのじゃないか。というよりも、私が合格するまでにやったのと同じレベルの努力はしていないじゃないか・・と思うのだが、営業本部長が取ってくれと言うから、だから、</span><strong><span style="color: #993366;"><span style="color: #000000; font-size: large;">私は大変な努力と工夫をして合格して取得したのだが、ところが、「俺らは高卒じゃい。そんなものは通らんのじゃあ」と言う総務部長は「何の努力もしていないのに」「簡単に」通ったと決めつけている・・ということは、私がどれだけの努力をしたか、そのためにどれだけの労力を払ったか・・なんてことはちっとも理解していない、ということなのかもしれない。</span><span style="font-size: large;"><span style="color: #000000;"></span>まさか、いくらなんでもそんなことはないだろうと思っていたのだが、もしかすると、本当に、私が「何の努力もしていないにの通った」「簡単に通った」と心から思っていたのかもしれない。</span></span></strong><span style="font-size: large;">アホが総務部長やってる会社で、アホかどうかにかかわらず、上役の言うことだと思って真面目に聞いたのがアホだった、ということなのか。</span><br />
<br />
　　　<span style="font-size: large;">私は、大学に進学する時点では、東大・京大クラスの大学をねられるレベルに学習した人間であり、慶應大学卒とはいえ、高校卒業時には法政くらいに合格できるかどうかの成績でしかない者が１浪して慶應の入試科目だけ勉強してやっとこせえで慶應大に入った連中とは違う。だから、大学に入学するまでに、英語の学習だってそれなりにしてきた。江戸時代末期、福沢諭吉は長崎でオランダ語と洋学を学んだが、そのうち、オランダ語ではなくイギリス語が求められるようになってきた時、オランダ語を学んだ者には２種類の反応をする者がいて、１つは、日本語に訳された本はあまりないが、イギリス語で書かれた本でもオランダ語に訳された本は相当出ているので、これからはイギリス語が必要になるとしても、イギリス語で書かれた本を読む必要があればオランダ語に訳された本を読めばいいのだから、オランダ語の学習は無駄にはならないと考えた者で、もう１つは、オランダ語の学習に続いて、さらにイギリス語を学習しようとする者で、福沢諭吉は後者の態度をとったが、やってみると、<span style="text-decoration: underline;">オランダ語をある程度学習した者にとっては、イギリス語の学習は思ったよりもしやすかった、</span>ということを<strong>福澤諭吉『福翁自伝』</strong>（岩浪文庫）に書いている。それと同様に、大学入学までに、英語をある程度以上学んできた者は、ヨーロッパ系の言語であれば、もう１か国語を学習しようとした時、最初に英語を学習し始めた時よりもはるかに学習しやすい、という傾向がある。　私の場合は、父が「大学は勉強する所とは違うんじゃ。甘ったれるな、チャンコロ。アルバイトを嫌がる人間は、モラトリアム人間病という病気にかかっておるんじゃ。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらい先生がそうおっしゃってる。アルバイトせんか、アルバイト。甘ったれていおってはならんぞ、チャンコロ。甘ったれておってはならぬぞ、チャンコロ。勉強すんな、チャンコロ。大学は勉強する所とは違うんじゃ、チャンコロ」と言い続けた家庭であったので、「大学生」であった時に、計画的に学習するということができなかったが、それでも、たとえば、（株）一条工務店を退職後、市川市役所が市役所職員の募集に年齢制限をはずした、いくつでも受験できることにしたということで、受けてみたところ、英語の試験などあった１次については、まったく、な～んにも勉強せずに受けたにもかかわらず、ありぁ～あ・・、通っちゃった♪　なんてもので、語学は、大学進学時、東大に上位で合格したような人と比較するとかだと私より優秀な人はいただろうけれども、一般的な慶大生との比較とか、市川市役所の一般的な受験者との比較とかであれば、私はけっこうできた方のはずなので、<span style="color: #0000ff;"><strong>英語・フランス語・イタリア語・ロシア語・ドイツ語とかいった言語のうち、いずれか１つを決めて集中して学習すれば、これらの言語には検定試験があるし、その検定試験で一番難しいものに合格する、というくらいはできたと思う</strong></span>のだ。で、通訳レベルまで到達したかどうかとなると、そこまではわからないが、それぞれの言語の検定試験で１級を取れるくらいまでいけた可能性は十分あると思う。そうなると、それは仕事にありつくためにも有利になったと思う。<strong>インテリアコーディネーターよりも、イタリア語１級の方が有利ではないか？　</strong>ロシア語というのは、かつては、ソビエト連邦の国ということで、左翼ではないかとか言いたがる右翼がいたのだけれども、ソビエト連邦が崩壊して社会主義をやめるより前から、ソビエト連邦の時代から、実は日本はロシア語圏、ソビエト連邦との貿易額は相当のものであり、住宅建築業の関係でも、沿海州やサハリンから木材を相当輸入していたはずなのだ。慶應大学の語学研究所の先生が説明会で言われた話では、「英語は需要が多いけれども、供給も多い」のに対して、「ロシア語は需要は英語よりは少ないけれども、けっこうある・・けれども、供給が少ない」、だから、ロシア語はねらい目だと。　フランス語というと、私はどうも、「大学のフランス文学科に行く女」というと「嫁入り道具」て印象があって堕落した人間の代表格のような印象を受けるし、「フランス」と言われると丁寧語の「お」をつけなければならないような感じがしてしまうのだが、<span style="text-decoration: underline;">「フランス」に丁寧語の「お」をつけるのは日本人だけで、フランス人は丁寧語の「お」なんてつけない・・</span>が、それでも、なんだか、「おフランス」て印象があって、私らのような<strong>「わしあ、日陰の月見草。わしぁ、貧乏やからなあ」という人間にとっては、「ヴォルガの舟唄」の国 ロシアの方が、「おフランス」よりもなんだか肌が合いそうな気がする。</strong>〔《YouTube-　Эй, ухнем!（えい、ウーニェム）Шаляпин Фёдор Иванович（フョードル＝イヴァノビチ＝シャリアピン）.wmv&nbsp;&nbsp; 》<a href="https://www.youtube.com/watch?v=lBLlJb9tOJY&amp;spfreload=10">https://www.youtube.com/watch?v=lBLlJb9tOJY&amp;spfreload=10</a>　〕ドイツというと、ヒットラーの国というイメージがある。もしくは、人種差別主義者リヒャルト＝ワグナーの国という印象がある。実際はそうではないのかもしれないが、しかし、私は父から「わしはドイツ人やねんぞ、わしはあ。わしはドイツ人でヒットラー総統のような英雄やねんぞ、チャンコロ。民族の違いを忘れてはならぬぞ、チャンコロ。このチャンコロ。チャンコロはチャンコロらしくしろよ、チャンコロ」と毎日言われてきたので、やっぱり、ヒットラーの国にはいい印象がない・・が、<strong>ともかくも、英語・フランス語・イタリア語・ロシア語・ドイツ語のいずれかであれば、「需要がある」と思う</strong>のだ。<span style="text-decoration: underline;">少なくとも、女性がインテリアコーディネーターを持っていますと言うと評価され、男性が一級建築士を持っていますと言うと評価されても、インテリアコーディネーターを持っていますと男性が言ってもだめであるのとは違って（かつ、女性を男性と差別すると問題になるが、逆は問題にされない）、英語・フランス語・イタリア語・ドイツ語・ロシア語のいずれかをある程度以上できるとなると、それは就職にも有利で、就職してからも有利だと思うのだ。</span>そう考えると、<span style="color: #808000;"><strong>インテリアコーディネーター取得して、キッチンスペシャリスト取得して・・と「中程度の難易度の資格」をいくつも取得して、結局、それが「メシの種」につながらない、というよりも、英語・フランス語・イタリア語・ドイツ語・ロシア語のいずれかを相当根詰めて学習する・・という方が良かったのではないか</strong></span>と思うのだ。</span><br />
　<span style="font-size: large;">　１９９８年、栃木県の佐野市の営業所に転勤すると、展示場の事務所の中でもあまり広い方ではなかった佐野展示場の事務所に、ゴルフバッグが置いてあった。栃木県地域の営業所長の五十嵐さんのお気に入りで前年契約棟数０棟のＫ岡（男。当時、４０代前半）のものだった。もっと広い事務所ならまだしも、狭い事務所にそんなものを置いていたのでは仕事の妨げになると思うし、前年０棟の人間のやることではないとも思うのだが、又、事務所の壁の前に板が立てかけてあって、なぜ、こんなものがここにあるのかと思ってその後ろを見ると、壁面に穴があいていた。おそらく、Ｋ岡が膝蹴りを加えて穴をあけたと思われる。Ｋ岡は気に入らないことがあると暴れるという「爆発力がある」ところがあって、私もいきなり背後から殴りかかられたことが複数回あるが、ところが、その男が「所長のお気に入り」だったのだ。所長の五十嵐さんは、学歴は高卒らしいが、営業の仕事については真面目にやってきた人だと思うのだが、なんで、そんな不良社員が「お気に入り」なのか・・？　というと、Ｋ岡に限ったことではなく、どうも、五十嵐さんは自分と経歴の似た人間を高く評価するところがあったようなのだ。Ｋ岡はどこが似ていたのかというと、「学歴・・・底辺の方の高校卒。　住宅・建築関係の保有資格・・・なし。　前職・・・クルマ屋。」という点が共通していたようだ。だから、私は、（株）一条工務店に入社して社歴が浅い時期に、営業本部長からインテリアコーディネーターをとってくれと言われて、上役がとってくれという以上は、会社員として、なんとしても取得しないといけないと思って大変な努力をして取得したし、取得した以上は、その資格を持った人間にさせるべき仕事に就かせるべきであるし、そうでなかったとしても、<span style="text-decoration: underline;"><strong><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">上</span><span style="color: #0000ff; text-decoration: underline;">役がとってくれと言う資格をきっちりと取得してみせる人間というのは、会社という所においては、取得してくれと言っても取らない人間よりも高い評価を受けるのが普通である</span></strong>と考えたし、<strong><span style="color: #008000; text-decoration: underline;">楽な仕事をしていてあり余る時間があって合格したのと違って、片方でそれだけでも大変な営業の仕事をこなしながら試験に通って資格を取得してみせたという点についてはその精神面もまた評価されていいはず</span></strong>であると思ったのだが、<span style="color: #993366;"><strong>ところが、総務部長の天野雅弘は「おまえは、インテリアコーディネーターも宅建主任も取る。それが腹が立つ。それがむかつく」と「腹が立つ」だの「むかつく」だのと言い出す</strong></span></span>し、<span style="color: #008080;"><strong>営業所長の五十嵐さんは「住宅・建築関係の保有資格・・・なし」の人間の方が自分と共通するということでラポールを感じるらしく、</strong></span>前年０棟でも事務所にゴルフバックもちこみ、休日に嫁には仕事に行くと言ってホステスと旅行に行き、腹が立つと自分は遅刻してきてすでに仕事に着いている人間にいきなり殴りかかったり、あるいは下地は石膏ボードの壁に膝蹴りくらわして穴をあけるわ・・という人間でも「お気に入り」になる・・ということは、たとえ、営業本部長がとってくれと言ったとしても、建築・住宅関連の資格なんてものは、取らない方が（株）一条工務店という三流企業で生きていくには良かったのかもしれないということになる。&nbsp;</span><br />
<br />
　　　<span style="font-size: large;">こういったことを考えると、私は、自分自身が合格・取得した資格でも、特に、インテリアコーディネーター・キッチンスペシャリスト・宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士・・といったものについて、はたして、取得して良かったのかどうか、その内容は価値があると思っているし、また、組み合わせとしても、「女性＋インテリアコーディネーター」は評価され、「男性＋建築学科卒＋一級建築士か二級建築士＋インテリアコーディネーター」も評価されるが、<strong>「商学部卒＋複数地域での営業経験＋インテリアコーディネーター（＋キッチンスペシャリスト）」というものも、もっと評価されていいはずであると思っているのだけれども、現実に評価してもらえず、どう考えても、「コストと利益を比較衡量して」考えて、その資格を取得するのが、実状として、「男性・社会科学系学部卒」の者に有利と言えないように思える</strong>のです。</span><br />
<br />
<span style="font-size: large;"> 　　　また、だから、私よりも若い人が、何らかの資格の勉強を始めようかという場合、ともかくやればいいと勧める気持ちにはならない。そうではなく、やった方がいいのかどうか、よく考えて決めるべきで、資格を取得するのであれば、その資格がいいのかどうか、他の人にどうかと別に、自分自身にとって、その資格がいいのかどうか、ということを落ち着いてじっくりと考えて決めるべきだ、と思い、そして、私より若い人には、そう話しているのです。</span><br />
<span style="font-size: large;"> 　　　ところが、そのあたりの認識が欠落して、ひとに無責任なことを言いまくる人、というのもいる。そのあたりを次回、述べる予定にしています。</span><br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<span style="font-size: large;"> 　　（２０１８．６．１０．）</span></span></span>]]>
    </description>
    <category>職場と資格</category>
    <link>https://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/20/</link>
    <pubDate>Sat, 09 Jun 2018 02:29:27 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>会社の上役が取ってくれと言う資格は取るべきか【６／６】学習法は人それぞれ。人生の設計を考えないと、男女とも「資格は取れても美貌は消える」ことになりかねない。</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="font-size: large;">［第１９回］<br />
　　<strong>（株）一条工務店という会社は、</strong>私が入社した１９９２年の時点では特にそういうことは言っていませんでしたが、<strong>１９９０年代の途中から、従業員に、資格を取れと言うようになりました。取って悪いということはありません。しかし、その動機が不純というのか、おかしいのです。</strong>やっぱり、高卒のおっさんの発想だな・・・という感じがしました。<br />
　　１９９０年代の終わり、栃木県地域の営業所長になっていた五十嵐さんが、「今の世の中は、人を肩書で見る世の中だ」などと栃木県地域の会議で発言したことがありました。ああ、この人は、こういうことを言わない方が本人にとってはいいのになあと思ったのですが、言ってあげてもきかないだろうなあと思ったので言いませんでした。<strong>要するに、自分はもっと高く評価してもらいたいのに、評価してもらえないのは自分が高卒だからなのだ、と言いたいらしい。しかし、違うんですよね。</strong>そういうことを言うとかえって評価を下げてしまうのです。（株）一条工務店で営業所長などになっていた人というのは、「浜松の中のカエル」というのか、静岡県から愛知県にかけてのことしかわかっていない、そういう人が静岡県・愛知県とはまったく状況が違う地域のことにえらそうに口出すのです。（株）一条工務店というのはそういう会社だったのですが、五十嵐さんの場合は、自分自身が非東海地方である栃木県で努力して営業をしてきた人だけあって、「アタマが浜松」ではなく、又、福島県中通り地方の所長であった片山が五十嵐さんのことを「天野部長の腰巾着」と福島県中通り地方の従業員に言っていたようですが、私は実際に本人と会ってそうでもないという印象を受けていました。そもそも、五十嵐さんのことを「天野部長の腰巾着」と言っていた福島県中通り地方の所長であった片山は「大澄社長の腰巾着」と従業員の間で言われていたのであり、片山が五十嵐さんのことを「天野部長の腰巾着」と言いまくっているという話は誰から聞いたかというと、「片山所長のイヌ」と言われていた人が教えてくれたのでした。かつ、その人は「なんか、俺、『片山所長のイヌ』と思われているみたいなんだ。俺、イヌじゃねえぞ、と言ってるんだけど」と言っていたのです。人間、自分では「イヌ」だとか「腰巾着」だとかになったつもりはなくても、人から思われる時というのがあるのかもしれません。又、はたから見れば、どうみても、こいつはイヌだという人が、それを得意にしているというケースもあります。生産事業部の石川なんかは、明らかにイヌであり、イヌであること以外にとりえのない人間でした。（株）一条工務店のオーナー経営者一族は、イヌが大好きな人間でしたので、イヌになって経営者に喜んでもらおうなんて考えるアホがけっこういました。自分はイヌだから経営者は常に自分の後ろ盾になってくれるはずだ・・と自信をもって他の従業員を攻撃して得意になり、ある時、ハシゴをはずされて、あれえ～・・・なんて感じになる人もあるようですが、なんだか、『C級サラリーマン講座』みたいな会社に勤めると、おもろいものを見る、というのか、おもしろくないものを見せられるというのか・・・。　五十嵐さんは、営業としては「非浜松」の場所で自分自身で努力してきた人であり、そこから身に着けた認識のある人だったと思いますし、そんなに「腰巾着」とは私は思いませんでしたし（むしろ、「非腰巾着」であるところを私は見ていますし）、「腰巾着」というのならもっと他にそれに該当するアホはいたと思いますし、（株）一条工務店の営業についての認識は私と共通するものが多かったと思っているのですが、自分が評価してもらえないのは大卒じゃないからなんだと言わなきゃいいのに言いたがる・・・というあたりは、やめときゃいいのにと思っても言ってもきかないでしょうけれども、ああ、この人はなあ・・・と思うところがありました。実際には、（株）一条工務店に「あまりトップでない方の大学」卒で新卒入社してきて五十嵐さんが所長の営業所に配属されたりするにーちゃんがいたわけですが、五十嵐さんはそういう人から言われていたのです。「アッタマ悪いなあ～あ、とあきれますよお」と。片方で、営業の仕事には真面目に取り組んで、それも「非浜松」の場所で努力して営業をしてきた人だけあって、実際の営業の仕事から見に着いた認識のある人でしたが、片方で、たとえ、底辺の方の大学であっても、大学を出てきて入社した人間から見て、「アッタマ悪いなあ～あ、とあきれますよお」と見られる言動があったのです。<br />
<span style="color: #0000ff;"> 　　<span style="color: #000000;">中卒・高卒優先主義の会社である（株）一条工務店においては、「今の世の中は、肩書でひとを見る世の中だ」といったことを口にして、自分はもっと高く評価してもらえていいはずなのに、高く評価してもらえないのは高卒だからだと言いたい言いたいという人がほかにもいっぱいいたのです。そういう人の大部分は、高卒だから高く評価してもらえないのではなく、すでに、その人の身の程から考えれば高すぎるほど評価してもらっていて、おのれの身の程がわかっていない、という人が少なくありませんでした。そういう話を列挙しようとすると、字数もページ数もはてしなく増えていきますので、それはまたの機会にします。　１９９４年、「お客様相談室」の「責任者」になっていた田中義昭が「自分をお客様に評価してもらおうと思うなら、資格をとればいい」と発言したことがあったのですが、田中もまた、&uarr;の五十嵐さんと一緒で、資格をとれば、資格をとって名刺にそれを掲載すれば、「今の世の中はひとを肩書で見る世の中なんだ」という世界観をもっていた人間だったのでしょう。自分はもっと高く評価してほしいのだが、高く評価してもらえないのは高卒だからなのだ、と言いたいようでした・・・・が、私は田中義昭と仕事でかかわって、寧ろ、田中義昭は（株）一条工務店という会社において身の程より高く評価されすぎていると認識しました。</span><strong>資格を取得するということは悪いことではないのですが、「今の世の中はひとを肩書で見る世の中だ」といういびつな世界観・人間観を持っている人が、自分は高卒だから本当はもっと高く評価してもらっていいのに高い評価をしてもらえないが、資格をとれば高い評価をしてもらえるだろう、という発想をする人というのは、それは実際に「今の世の中」がそうなのか、おのれの頭の中・おのれの心の中がそうなのか、そのあたりを再度考え直してみた方がいいと思います。おのれの貧困な世界観、おのれの貧困な人間観の方を、むしろ、考え直した方がいいのではないかと思います</strong><span style="color: #000000;">・・・・が、そういう人は言ってあげてもきかないでしょうね。</span></span><br />
　　　「自分はもっと高く評価してほしいのだけれども高卒だから評価してもらえないのだ」と思いたい人というのは、資格をとれば高く評価してもらえるだろう、などと考えることがあるようなのです。（株）一条工務店のオーナー経営者一族が、資格をとれと言うのはそれなのです。<span style="color: #008000;"><strong>もし、学歴ではなく、資格をもっているかどうかで人を評価するということにしたならば、高学歴者でも資格を持たない人間が出てきて、中卒高卒の人間でも資格を取得した人間がでて、立場を逆転できる・・・とか思うらしいのです・・・が、それをやるとどうなると思いますか？　資格取得を奨励して、多くの従業員が資格試験にいどむと、その結果は、やっぱり、高学歴の人間の方が合格する人間は多いのです。「逆転」はなかなかしないのです。</strong></span>そうすると、またもや、「中卒高卒のおっさん」は怒るわけです。おのれが十分に合格できるだけの努力をしないから通らないのであって、通らないのは合格できるレベルまで努力しないおのれが悪いはずなのに。<br />
<br />
　　そのあたりの（株）一条工務店の中卒・高卒の経営者の世界観・人間観と発想というのは、なんだかなあ～あ・・・とあきれますが、資格を取得すること自体がいかんということではないし、<strong>その仕事に役立つ資格の勉強をするのであれば、たとえ、合格に到らなくても、合格しようとして努力した過程で身に着けたものは役立つでしょうから、資格試験の勉強をしていかんということはない</strong>のです。　<span style="color: #0000ff;"><strong>しかし、もし、その資格を従業員に取得させて、その資格を持っている人間にこの仕事をさせたい、という構想があって取ってくれと言うのであれば、やっぱり、取れそうな人間に取ってくれと言わないといけませんし、その人に言っても取れないだろうなあと思える人に言ってもしかたありません・・・</strong></span>が、「あんたが通るのは不公平だ」とか総務部長が言うような会社においては、逆したがるのです。アホやな・・・と思いますが、ずるいばっかりのアホが経営している会社なのです。<br />
<br />
　　１９９０年代なかば過ぎ、福島県いわき市の営業所で、業務課（住宅ローンを担当）の仕事についていた女性Sさん（当時、２０代）が、会社が資格を取れと従業員に言うものだから、宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）の資格を取ろうかと言っていたことがあった。Ｓさんがいた営業所（展示場）に私が行った時、不動産屋から転職して中途入社で入って2年目だったか３年目だったかのKさん（男。当時、４０代）がいて、Sさんに、「宅建主任の資格をとろうと思うなら、絶対に宅建主任試験の資格試験予備校に行かないとだめだ。あれは、独学では絶対に通らないから。独学で通ろうなんて考えてはだめだ」と熱烈に説得していたのです。このおじさんも、困ったものだなあとそれを見て思いました。<br />
　　Kさんは、横浜市で消防士をやっていたそうなのですが、いわき市で田んぼがあって、農業を継がないといけないと言うことでいわき市に戻ってきたのですが、その際、消防署というのは都道府県の職員なので、神奈川県の職員が福島県に勤務したいと希望することはできないらしく、そのため、なんとか、いわき市で雇ってもらえる所を見つけないといけないと考えて、宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）の資格をとれば不動産屋で雇ってもらえるのではないかと考えて、大変な努力をして宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）の勉強をして合格・登録して、そして、いわき市の不動産屋で雇ってもらい、いわき市に帰ってきたらしいのです。言っちゃなんですが、どう見ても、頭の良さそうには見えないKさんが、宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）の試験に４０歳前後くらいで合格するというのは、私なんかが３０代前半で合格するよりも、はるかに大変だっただろうなあと思います。言っちゃなんだが、あの頭の悪そうなおじさん・・・なんて言うと失礼かもしれませんが、よく頑張ったなあと思います。そのあたりについては頭が下がります。<br />
　　　『東京大学機械的合格法』『司法試験機械的合格法』の著者の柴田孝之が、『司法試験　一発合格の技術』に附属のDVDでだったと思うのですが、宅地建物取引主任者の試験のことを「もんのすごい簡単な試験」と発言していましたが、<strong>宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　という資格試験は、そこまで「もんのすごい簡単」ではありません。そこまで「もんのすごい簡単」などと思っていたなら、落ちます。</strong>私だって、宅地建物取引主任者の試験なんて、司法試験とか公認会計士の試験なんかと違って簡単に通らなくてどないすんねん・・くらいに思っていたら・・・、１９８９年、落ちたのです。なぜ、落ちたかというと、<strong>就職して仕事を持ちながら学習しようとすると、まず、学習時間をなかなかとれない、</strong>というのが大きい。『宅地建物取引の知識』（住宅新報社）という本を前から順番に読みだしたところ、５分の１も読めないうちに、あ、あ、あ、あ～あ・・・という間に試験日が来てしまって、１回目の受験では、落ちた。だから、あんまり、「もんのすごく簡単」とか思わない方がいいと思います・・・が、柴田のように、東大に通って司法試験にも通ったとかいう人からすれば、東大の試験に通る事や司法試験に通ることを考えれば難しくはない。そのくらいの人にとっては、1回目で通るかどうかはさておき、まあ、３年以内くらいなら通るのではないか、３年以内くらいには通らないといけない、という試験です。<br />
　　　<strong><span style="color: #800080;">「旧帝大系国立大学か旧帝大系国立大学を目指していたが結果として早慶に行ったというくらい人」にとっては、</span>旧型司法試験とか公認会計士の試験とかは、ある程度以上、計画をきっちりと立てて勉強して、それで、通ったり落ちたりする試験だといっていいと思いますが、<span style="color: #800080;">宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　というのは、そこまで難しい試験ではないので、「けっこう忙しい仕事をしながらの学習でも、１年で通るというつもりで学習して、結果として、3年以内くらいで通ればいいのではないか」というくらいの試験です。</span></strong>「『絶対に合格できる』などというものではないが，『旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学』の卒業生の人なら（慶應の内部進学の人がどうかは知らんで）、まあ、早いか遅いかはともかく、普通は合格できるだろうという試験」です。片方で、「旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学を出たというくらいの人なら、早いか遅いかはともかく、合格できるであろうという試験」であるとともに、受験資格が「高卒以上」で、建築士のように４年制大学の建築学科を卒業していない場合は「実務経験」がないと受験できないとかそういうものはなく、<span style="color: #008000;"><strong>ともかく、高校であれば、公立か私立か、普通科・商業科・工業科は関係ない、昼間か夜間か、進学校かそうでない高校かなんて、まったく関係ない、ともかく、高校を卒業していたら受けられるという試験だったので（今は、その条件もなくなったのではないでしょうか）、</strong></span>宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の試験では、「権利の変動」の部分で民法が関係し、「法令上の制限」の部分では建築基準法が関係するので、社会科学系学部（法学部・経済学部・商学部など）で民法を学んできた人間、建築学科などで建築基準法を学んできた人間は、その分だけいくらか有利かもしれませんが、学んできていない人はその分を勉強すればいいだけのことですから、<span style="color: #008000;"><strong>「高卒でも受けることができる」ということで、最終学歴としては高卒くらいの人がけっこう受験して取得する資格でした。</strong></span>また、不動産屋というのは、昔から、あんまり高学歴の人が就く仕事ではなかったので、信託銀行などでは高学歴の人が宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の資格を持って勤務したようですが、街の不動産屋　では、高卒くらいの学歴の人で、学歴は高卒だが勉強は嫌いではないというタイプの人が宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の資格を持って勤務することが多かったのではないでしょうか。<br />
<br />
　　ただ、通るかどうか・・・という点になると、「言っちゃなんだが、あんまり、頭がいいとは思えない」というおじさんの場合は、なかなか、通らない人というのがいるのです。だから、Kさんの場合、「よく、この人、宅建主任なんて通ったなあ」と（株）一条工務店の従業員で言う人間がいたのですが、それだけ、努力したのだろうなあと思います。その部分については、頭が下がります。<br />
　　でもね。　おじさんは、「宅建主任の資格をとろうと思うなら、絶対に宅建主任試験の資格試験予備校に行かないとだめだ。あれは、独学では絶対に通らないから。独学で通ろうなんて考えてはだめだ」と思ったかもしれませんけれども、ね。　<strong>私は、宅建主任の資格試験予備校なんて行かなかったけれども、通ったんですよね。</strong>　だから、自分は、宅建主任の資格試験予備校に行かないと通らないと思ったかもしれないけれども、行かなくても通る人間は通るのですから、ほかの人間にまで、「あれは、独学では絶対に通らないから。」と決めつけたことをあまり言わない方がいいと思うのですよ。<br />
<br />
　　だいたい、<span style="color: #0000ff;"><strong>私は、人に命令されるというのが好きじゃないし、人に計画を立てられて、その計画に沿ってやるよりも、自分で計画を立ててやる方がいいのです。</strong></span>　父は「あんたは、ひとから命令されたり号令をかけられたりすることを喜ぶ民族やねん。即ち、あんたはチャンコロなんや。それに対して、わしはドイツ人でやな、ドイツ人やから、自分ではやらずに、人に命令したり人に号令かけたりすんのが得意の民族やねん。神さまは大変賢明なお方であって、人間を命令されたり号令かけられたりする民族と自分ではやらずにひとに命令したり号令かけたりする民族の２つに人間を分けてお造りになっておるわけや。適材適所ちゅうもんや。そんでもってやなあ。わしはドイツ人やねん。わかっとんのんか、わしはドイツ人やねんぞ、わしはドイツ人〔&rArr;《ＹｏｕＴｕｂｅ－ワルキューレの騎行》<a href="https://www.youtube.com/watch?v=0EUckxAgZ_E">https://www.youtube.com/watch?v=0EUckxAgZ_E</a>　〕。そやから、号令かけたんねん。あんたはチャンコロとして生まれてきた人間やねん。あんたは号令かけられることがうれしいねん。あんたは号令かけられることを喜ぶねん。うれしいやろ、うれしいやろ、チャンコロ。そやから、号令かけたんねん。てってこっこ、てっててって、らったらったらったらあ～あ！　撃ちてしやまん、一億火の玉！　とってちってたあ～あ！」と毎日毎日私に言っていたのだが、「私、うれしくないですよ。私は、そんなもの、号令かけられるのなんてうれしくないですよ」と言ったのだが、父は「何を言うとるんじゃ。甘ったれるな、チャンコロ！　おまえは号令をかけられる民族、おまえは号令かけられるのがふさわしい民族。すなわち、チャンコロでR。わしは号令をかける民族でR。すなわち、わしはドイツ人でR。民族の違いを忘れるな！」と毎日毎日言っていたのですが・・・、そう言われると言われた側としては「<strong>不忘民族恨</strong>（民族の恨みを忘れるな）。<strong>造反有理</strong>（反逆には理由がある。反逆は正しく、抑圧は間違っている）」と言いたくなってくるのですが・・・、ともかく、何人かわかりませんが、<strong><span style="color: #0000ff;">私は号令かけられるのが嫌いですし、ひとに計画建てられて学習するよりも、自分で計画を立てて学習する方が好きでしたし、</span><span style="color: #339966;">何より、戸建住宅建築請負業の会社の営業の仕事なんてのに就きますと、そういう資格試験の予備校に行こうと思っても、なかなか、行けないのです。だから、独学で学習して通るしかないので、独学で通りました。<br />
</span></strong><br />
　　　実際には、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の資格試験に通るためには、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の資格試験予備校のような所に「行った方がいい」のか、「行かない方がいい」のか、「行ってもいいが行く必要はない」のか、というと、「その人にもよる」と思います。　私は、大学受験の際に、浪人中に行ったYMCA予備校高槻校の「京大東大文系クラス」というものが、その内容がちっとも「京大・東大文系クラス」ではなく、その名称をつけて募集した以上は、東大の試験問題の対策をやってくれるのか、この科目のこの問題はこうすれば解けるという解説をしてくれるのか、この科目のこの問題を解けるようになるためには、こういう練習をやってくださいといった指導をしてくれるのかと期待したのですが、特に、私は「世界史」「日本史」にについて、京大・阪大型の問題だとけっこういい方の成績を取れたのですが、その頃の東大の「・・・について８００字以内で述べよ」といった問題がどうもできなかったので、それをできるようになるための指導をしてもらえればと思ったのですが、そういうものはまったくなく、京大・阪大の大学院生らしい人間・私立の大学の教授・阪大あたりの助手らしい人というのがアルバイトで、市販されている全国の大学の入試の問題を集めただけの問題集と同じようなもので表紙に「YMCA予備校」と印刷してある本の「答え合わせ」でしかない授業をやるだけで、しかも、「主事」と称する亜拓大東帝国あたり卒かと思われるおっさんが、大学受験について何もわかっていないのに勝手なことを言うので、「かえって害がある」というものだったのに懲りて、そういう「受験予備校」は「もう、けっこう」と思うようになったのでした・・・が、<strong>大学受験の予備校にしても、その予備校によって違いますし、資格試験の受験を指導する「資格試験予備校」も、いいか悪いかと言っても、それは「その資格試験予備校にもよる」でしょう。</strong>　「つくづく、詐欺でしかない予備校」というのがいいかというと、そういうのは良くないでしょうけれども、そうではなく、<span style="color: #0000ff;"><strong>「比較的良心的な資格試験予備校」の場合はどうかというと、私は「旧帝大系国立大学や早慶くらいの大学の卒業生にとっては、必要ない」と考えています。そういう資格試験を受けるためのテキストというのは市販されていますし、過去の問題も発表されており、過去の問題を見て、その問題で合格最低点を上回る点数を取るためにはどうすればいいのかということを、自分自身で考えて、こうすれば合格最低点を上回る点数をとれるのではないか、と思うことをやればいいのです。</strong></span>私が、こうすれば合格最低点より上回る点数をとれるだろうと考えるものがあるのに、それをするな、こっちをやれとか言われたくないのです。そもそも、ＹＭＣＡ予備校の亜拓大東帝国あたりしか出てないおっさんと、高校卒業時でも、それよりは上の大学には合格できたはずの私では私の方が大学入試についてわかっているはずなのに、亜拓大東帝国あたり卒のおっさんに生意気な口をきかれたくないのです。　しかし、<span style="color: #800080;"><strong>自分でやってみたけれども、どうも、うまくいかない。どうすれば、その問題を解けるようになるのか、どういう練習をすればいいのかよくわからない、という場合がありますね。そういう時に、その指導をしてくれるスクールに行くことで、この問題はこういうやり方で解いてください、この問題をできるようになるためにはこういう練習をしてくださいといったことを教えてもらって、その練習をすれば解けるようになって合格する、というケースもあります。</strong></span>　私は、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の試験は、<strong>「カネをかけずに、さっさと通る」というのがポリシーであり「美学」</strong>ですので、独学で通りましたが（もっとも、東京リーガルマインドが無料でくれた「宅建合格法　出る順宅建の案内」のカセットテープとかは参考にさせてもらいましたし、日建学院が無料で受けさせてくれた模擬試験も受けさせてもらい参考にさせてもらったのですが）、インテリアコーディネーターの1次（学科）試験は独学で通ったものの、２次（製図・論文）は独学でやってもどうもうまくいかないため、ハウジングエージェンシーの「インテリアコーディネーター2次試験対策講座」に週に１回、2カ月半、通って、そこで、これをやってくれと言われることをそのままやって、それで、なんとか２次試験に通りました。又、キッチンスペシャリスト試験も、学科試験は独学で通りましたが、製図試験は独学ではなかなか上達せず、これも、ハウジングエージェンシーの「キッチンスペシャリスト製図試験講座」に出て、講師の方がこういう練習をしてくださいと言われたものをやって、それでなんとか合格できました。建築CAD検定は、ウィンスクールのCAD設計コースに通い、それで、建築CAD検定の3級と2級に合格できました。もし、ウィンスクールに行かずに独学でやっていたならば、絶対に通らないということはないとしても、合格までにもっと長くかかったと思います。　ですから、<span style="color: #0000ff;"><strong>その物によって、そういう指導をしてもらえる「資格試験予備校」のような所に行った方が合格しやすいという場合はある</strong></span>と思います。だから、<span style="color: #008000;"><strong>そういう所に行った方がいいか、行かない方がいいか、行ってもいいが行く必要はないか、というのは、それはケースバイケース</strong></span>だと思います。<br />
　　で、インテリアコーディネーター2次とキッチンスペシャリスト「製図」、建築CAD検定3級・2級は、そういうスクールに行って学習したことで、行かない場合よりも合格しやすい状態になり、合格できたのでしたが、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の試験というのは、あくまでも、学科試験であって、図面を書かされるとかそういうものはないので<span style="color: #800080;"><strong>、「それまでに、本を読んで、その本に書かれている内容が出題されて、選択肢の中から正しいものを選ぶといった問題を解いて合格最低点を上回る点数をとればいい、というような試験を受けた経験があるような人」ならば、「『比較的良心的な資格試験予備校』であれば行って悪いということもないが、特に、行く必要はない」</strong></span>と私は思っています。　ですから、この場合、「それまでに、本を読んで、その本に書かれている内容が出題されて、選択肢の中から正しいものを選ぶといった問題を解いて合格最低点を上回る点数をとればいい、というような試験を受けた経験があるような人」、「旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学の卒業生（慶應の内部進学の人がどうかは知らんで）」なら、「『比較的良心的な資格試験予備校』であれば行って悪いということもないが、特に、行く必要はない」でしょう。むしろ、<span style="color: #0000ff;"><strong>そういう所に行くためには、往復の時間も必要だし、時間も制約される</strong></span>し、私なら、独学の方がいい。　しかし、<span style="text-decoration: underline;">「言っちゃなんだが、どう考えても、アタマがいいとは思えないおじさん」がなんとか頑張って合格したい、という場合には、そういう所に行って、そういう所の講師の人に学習計画を立ててもらって、その計画通りにやった方が、合格しやすいかもしれない、</span>と言えます。　「言っちゃなんだが、どう考えても、アタマがいいとは思えないおじさん」なんて言うと、失礼なとか言う人もあるかもしれないけれども、（株）一条工務店のいわき市の営業所にいたKさんは、なりふりかまわずに、それをやって合格したんですよ。えらいと思いますよ、その点では。私が通ったのは、通って当然ですが、Kさんが通ったのは、何人もが「この人、よく、宅建主任なんて通ったなあ」と言っていたけれども、そういうものをKさんは大変な努力をして通ったんですよ。えらいですよ、その点については。少なくとも、「ぼくらはどんなにしたって通らないのに、おまえは通りやがって、腹が立つ」とか「どんなにしたって」とか何もしていないくせに言いまくる総務部長の天野雅弘なんかよりも、よっぽどえらいですよ。<br />
<br />
　　　Kさんは、なりふり構わず、そういう「資格試験予備校」のような所に行って、それで宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の試験に通ったのですが、しかし、いわき市の営業所で業務課の仕事についていたSさん（女。当時、２０代）に、「宅建主任の資格をとろうと思うなら、絶対に宅建主任試験の資格試験予備校に行かないとだめだ。あれは、独学では絶対に通らないから。独学で通ろうなんて考えてはだめだ」と熱烈に言いまくっていたのを見た時には、このおじさんは、余計なこと言っているなと思いました。<br />
　　　「余計なこと」は、何が余計かというと、２点。　１つは、Sさんは、たしか、山形大学卒だったと思うのですが、東大あたりに現役で入って卒業したような人には「山形大だの新潟大だのなんて、国立の内に入るかあ」とか思っている人もいるかと思いますが、国立です。ですから、東大とか京大とかよりも、入学するのは容易であるのは間違いないでしょうけれども、それでも、それなりの試験に合格して入っているのです。ということは、Sさんは、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の資格試験に通りたいと、もしも、思ったのなら、Kさんとは違って、「宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）の資格試験予備校のような所に、『行って悪いということはないとしても、行く必要はない』」と私は思いました。但し、それも、私はそう思ったけれども、<strong>決めるのは本人ですから、本人が自分で考えていいと思うようにやればいいのです。</strong>だから、Kさんは、自分は独学では通らなかったけれども、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の資格試験予備校のような所に行って通った、そういう所に行って指導してもらったから通ったのであってそれがなければ通らなかったであろう、というのはそれはそれでいいけれども、他の人もそうであるかどうかは別の問題なのですから、他人に余計なことは言わない方がよろしい・・・が、言ってもきかんだろうなあと思ったので、言わなかった、が「ひとそれぞれ」であるから、あんまり、ひとに余計なことは言わない方がいいと思う。<br />
　　　もうひとつは、<strong>「２０代前半とはいえなかばに近づいてきた方の前半」の女性に、資格試験の受験を勧めるのが良心的か？</strong>　という問題もあるのです。　大栄なんとか学院という資格試験予備校が「美貌は消えても資格は残る」というコピーというのかキャッチフレーズを書いていたので、なんじゃ、こりぁ！！！　と思ったことがありました。「あんた、資格試験の勉強なんて、そんなもの、やってる時じゃないでしょうが。さっさと、婚活しないと、行き遅れるよ！　婚期のがすよ。　何を、資格試験の勉強なんて、アホなこと、やってんのよ！　婚活とどっちが大事か、よく考えなさいよ。　婚活せずに、資格試験の勉強なんてやっていたら、資格は取れたが美貌は消える・・・てことになるよ！！！」と、大栄なんとか学院は、そう言いたいのか？　資格試験予備校がそんなこと言って、どないすんねん・・・と思ったのですが、大栄なんとか学院は、そういうつもりでそのコピーを言っていたのではなく、美貌はいつかは消えるが、取得すれば消えない資格を取りましょうというお誘いのつもりだったようです・・・・が、そのコピーを見た時には、私は「なんじゃ、こりぁ」と思ったのでした。　これは、女性に限ったことではないのです。男性の方が女性に比べれば緩やかとはいえ、男性にも「婚期」といったものはないわけではないのです。だから、私が３２歳で宅地建物取引主任者の資格試験に合格した後、もう１つくらい資格をとってもいいけれども、そういうものに時間を費やすより前にやることがあるかな・・とか思っていた時に、（株）一条工務店の営業本部長がインテリアコーディネーターの資格をとってくれと言うので、自分が勤めた会社の上役がとってくれと言う以上は、とらないといけないと思って、それで、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストの資格試験の勉強をして合格・登録したのですが、<strong>「資格はとれても美貌は消える」というのは、女性に限った問題ではないのです。</strong>男性でもそういうことはないわけではないのです。せっかく、努力してその資格をとっても、人生の設計として考えると、いったい何やってんだ・・・ということになる可能性もあります。<br />
　　私が父親なら、「資格試験の勉強より大事なものがあるてことないかい」と、一言くらい言うかもしれませんが、私はSさんの親でも兄でもないし、彼氏でも婚約者でもなかったわけですから、そういう口出しも余計なことだと思い、又、Sさんだってハタチを過ぎた人間ですから、私に教えてもらわなくてもそういうことは自分で考えればいいことですから、言いませんでしたが、<strong><span style="color: #0000ff;">「ともかく、試験会場に行って受験番号と氏名さえ書けば合格できるというような資格」ならともかく、「ある程度、根詰めて学習すれば合格できる可能性があるが、それなりに負担がかかる、それなりに労力と時間がかかる」という資格を取得するのは、それを取得するために費やす時間を考えると、はたして、その時期にその学習をやった方がいいのか、やらない方がいいのか、何とも言えないところがあります</span>・</strong>・・し、そういうことを考えると、<span style="color: #008080;"><strong>その会社で、その資格を取得した人には、どういう処遇にしよう、どういう仕事をしてもらおうという構想もなく、無暗にひとに資格をとれ、資格試験の勉強をしろとあおるというのは、必ずしも良心的とは言えないように思います。</strong></span><br />
<br />
　　　ひとによっては怒るかもしれないことを言ってしまいましょう。インテリアコーディネーターの試験は1回目の受験は大妻女子大で受けましたが、２回目以降は青山学院で、キッチンスペシャリスト試験は最初から最後まで青山学院でした。キッチンスペシャリストの試験日は１１月の２３日だったと思います。ある時、受けに行くと、青山学院では、キッチンスペシャリストとともに、日本エアシステムの採用試験もやっていたのです。スチュワーデスさんの採用試験だったようです・・・が、キッチンスペシャリストの試験を受けに来ていた人と、日本エアシステムの試験を受けにきていた人だと、結論として日本エアシステムの試験を受けに来ていた女性の方がきれいだった・・・・。日本エアシステムの採用試験を受けにきていた人の方が、キッチンスペシャリストの試験を受けに来ていた人よりも、それだけ、年齢が若かった、ということです。<strong>女性に限った問題ではないのです。男性だって、資格試験に合格するために、そこで必死になって努力して、結果として、合格した時には、「資格は取れたが美貌は消える」という状態になっていた・・・ということはありうることなのです。</strong>　だから、「高卒の経営者」は自分は高卒だから高く評価してもらえないのだ、本当はもっともっと高い評価をしてもらえるはずなんだ、資格をとれば高く評価してもらえるのじゃないか・・・なんてアホなことを考えるようですが、<strong><span style="color: #008000;">仕事で生かすための資格ではなく、資格をとるためだけの資格の学習に時間を費やすのなら、結果として「人生の無駄遣い」でしかない、ということになりかねませんし、</span>従業員に無責任に資格の取得を要求する経営者というのは、自分がやっていることがどういうことなのか、ということを少しは考えた方がいい</strong>と思います。<br />
<br />
　　　（２０１８．6．９．）&nbsp;<br />
<br />
☆　会社の上役が資格を取れと言う資格を取得するべきか<br />
【１／６】男性に不利なインテリアコーディネーター、認知度の低いキッチンスペシャリスト　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/14/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/14/</a><br />
【２／６】「一流大学」出身者に敵意を持つ経営者の会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/</a><br />
【３／６】本人の得意分野でもなかった資格の取得を要求して取らすだけの経営者の会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/</a><br />
【４／６】「一流大学」卒の者があまりにも「下の会社」に行くと「かえってよくない」　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/</a><br />
【５／６】「努力する姿勢があるから通る人間」を「何の努力もしないのに通る」と思っている経営者。退職者の就職妨害する会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/</a><br />
【６／６】学習法は人それぞれ。人生の設計を考えないと、男女とも「資格は取れても美貌は消える」ことになりかねない。〔今回〕</span>]]>
    </description>
    <category>職場と資格</category>
    <link>https://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/</link>
    <pubDate>Fri, 08 Jun 2018 03:32:55 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>上役が取ってくれと言う資格は取得するべきか【５／６】「努力する姿勢があるから通る人間」を「何の努力もしないのに通る」と思っている経営者。退職者の就職妨害する会社</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="font-size: large;">［第１８回］<br />
　　職場においては、同僚と「世間話」「雑談」「日常会話」のようなものをすることがあります。そういう中で、住宅建築業の会社に勤めた者が、建築・住宅関連の資格で自分が取得したものに話をしたり、取得しようかと考えているのだがといった話をすることもあります。して悪いことはありません。１９９０年代、私が、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストの資格を取得しようと学習していた時期、福島県いわき市の営業所にいた人で、「そんなもの、取るよりも、二級建築士を取ったらどうなんだ」と言ってくれた人がありました。<span style="color: #0000ff;"><strong>もし、その資格試験に合格するために学習した内容が、戸建住宅建築業の業務にどれだけ関係するかという点で考えると、インテリアコーディネーターという資格試験の内容は戸建住宅の営業の仕事には相当関連があります・・・が、世間での評価ということを考えると、インテリアコーディネーターは今一つ高くなく、特に男性が持っていても評価されにくく、二級建築士の方が取得した時、勤め先での評価においても、転職する場合の評価においても、評価が高い。</strong></span>　<span style="color: #008000;"><strong>資格はその資格の試験に合格するための労力とその資格を持っていることに対する評価が、必ずしも、比例関係にあるわけではない。取得する労力は相当のものであるにもかかわらず、評価が低い資格もあれば、それほど合格するのが大変ではないけれども、取得するとそれなりに評価してもらえるという資格もある</strong></span>のです。　その人が言ってくれたのは、<span style="text-decoration: underline;">インテリアコーディネーターもキッチンスペシャリストも、けっこう難し試験で難関だが、そのわりに取得しても評価が低く、むしろ、二級建築士は自分も取得したけれどもそれほど難しいわけではないが、取得するとそれなりに評価してもらえる資格なので、その点から考えると、インテリアコーディネーターやキッチンスペシャリストを受けるよりも二級建築士を受けて取得した方がいいと思う、という意見を言ってくれたのでした。</span>それは、一理あると実際にインテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストの両方に合格して登録した私は思います。但し、<span style="color: #800080;"><strong>インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストは「受験資格」というものは特になかったのに対して、二級建築士は、４年制大学の建築学科卒なら「実務経験」なしで受験できますが、建築学科以外の学部学科の卒業ですと「学歴なし」の評価になって、「実務経験」が７年必要になった</strong></span>のです。工業高校の建築学科や建築の専門学校・短大の建築学科の場合は、その中間の年数が必要です。結果として、私は、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストを取得しましたが、その人は好意で言ってくれたのです。<br />
　　　（株）一条工務店の営業本部長の天野隆夫は、私に、インテリアコーディネーターを取得するように言ったというのは、あれは言い方から考えても、会社の上役として取得してくれという意味だと考えるべきものです。　単に、「日常会話」とか「雑談」とかで、適当に言った話ではありません。　又、<strong>たとえ、「日常会話」や「雑談」「世間話」の中での発言でも、「営業本部長」といった役職を持つ人間が口にした場合は、一般に、「世間話」ではすみません。　「日常会話」「雑談」「世間話」の中での発言でも、一般従業員の発言と営業本部長といった役職の人間の発言は意味は同じではありません。</strong>（最近、安倍晋三首相の嫁の発言が問題になったりしていますが、嫁は首相でも議員でもないといっても、現実問題として、「首相の嫁」はそうはいきません。）<br />
&nbsp;<span style="color: #0000ff;"> 　　　<span style="color: #000000;">「もしかして・・・・」とか、「まさか・・・・」と思うのは、２００１年、栃木県南部の営業所長だった木下が「インテリアコーディネーターにしても宅建主任（宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士）にしても、あんたは何の努力もしていないのに簡単に通る。ぼくらはどんなに努力しても取らない。不公平だ。ずるい」などという暴言を吐いたのですが、さらに続いて、総務部長の天野雅弘が「そうだ、その通りだ。インテリアコーディネーターにしても宅建主任にしてもあんたは何の努力もしていないのに簡単に通る。俺らはどんなにしたって絶対に通らない。不公平だ。ずるい。」と発言したのです。念のためにお断りしておきますが、</span><strong>インテリアコーディネーターにしても、宅建主任（宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士）にしても、私は決して「何の努力もしていないのに」「簡単に」なんて通っていませんからね。涙ぐましい努力と工夫の末、やっと通ったのであって、「何の努力もしていないのに」通ったりしていませんし、「簡単に」なんて通っていません</strong><span style="color: #000000;">からね。</span></span><br />
　　<span style="color: #993366;"><strong>木下や天野雅弘がインテリアコーディネーターや宅建主任（宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士）の試験に通らず、私が通ったのは、それはなぜかというと、私はその２つの資格試験の勉強をしたからで、彼らはその資格試験の勉強をしなかったからです。</strong></span>これが基本です<strong>。</strong>木下も天野雅弘も宅建主任についてもインテリアコーディネーターについても、真剣に合格しようという努力なんてしていないはずです。「僕らはどんなに努力したって」と言うからには、何らかの努力をしてはどうかと思うのですがが、何もせずに言っているのです。<strong><br />
　　「『失敗』と書いて『成長（せいちょう）』と読む」</strong>と野村克也が書いていたが、大学受験においての失敗は、逆にそこから、受験についての対し方を学んだ面もあります。だから、そういう経験がある人間とない人間なら、ある人間はその分だけ合格しやすいところはあるでしょう。例をあげるなら、２００１年、（株）一条工務店の栃木県佐野営業所（展示場）にいた旧姓 S藤M美（女。当時、２０代後半。後に結婚してK林。さらに後に離婚したかどうかは&hellip;知らん。）は<strong>「『私は資格ゲッターになりたいんです』と言いたい女」</strong>でした。「資格ゲッター」てそりぁなんじゃあ？　昔、「ゲッターロボ」なんて漫画だかアニメだかがあったがそれのことかあ～あ？・・・とか私なんかは思うのですが。<span style="color: #008000;"><strong>資格というものはそれを取得して仕事に生かしてこそ価値があるのであって、資格を取得するためだけに人生を送るというのは愚かだと思う</strong></span>のだ。<br />
※　《ウィキペディア－ゲッターロボ》<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%9C">https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%9C</a><br />
《YouTube―公式】ゲッターロボG 第1話「甦れゲッターロボ!!」》<a href="https://www.youtube.com/watch?v=CMHm81g91W8">https://www.youtube.com/watch?v=CMHm81g91W8</a><br />
旧姓 S藤M美さんは「資格ゲッター」ではないのです。あくまで「『私は資格ゲッターになりたいんです』と言いたい女」なのです。私は同じ営業所にいて、<strong>「この人、同じことをいったい何回言ってるのお？」</strong>とあきれた。この人は、要するに、何かの資格を取得したいという人ではなく、「私は資格ゲッターになりたいんです」と言いたい人なんだな、と思いました。私が中学生の頃、ラジオのNHK第二放送で「基礎英語」という番組があり、そこのダイアログで、<br />
生徒「先生、英語の勉強はどのようにやったらいいでしょうか」<br />
先生「きみは、さっきからここで僕を待っていたのかい」<br />
生徒「そうです。先生に英語の勉強のしかたを質問したいと思いまして」<br />
先生「その待っている間、何をしていたのだい？」<br />
生徒「何もしていません」<br />
先生<strong><span style="color: #000000;">「それなら、その間の時間、英語の勉強をすればよかったのじゃないかい。それが英語の勉強法だよ」</span></strong><br />
・・というものがありました。S藤M美さんも、<span style="text-decoration: underline;">もし、何かの資格を取得したいと思うのならば、「私は『資格ゲッター』になりたいんです」と何度も何度も繰り返し言っている間に、取得したい資格の勉強をすれば良かったのではないでしょうか。</span>　ニューヨーク州立シラキュース大学の精神科教授<strong>トマス＝サズの『「精神医学」という神話』（岩崎学術出版社）</strong>で、トマス＝サズは<span style="color: #ff0000;"><strong>「彼らが言っていることを聞くのではなく、やっていることを見るべきだ」</strong></span>というアインシュタインの言葉を引用しています。このアインシュタインの姿勢は重要です。（私は、アインシュタインがどこで言ったのか調べたかったのですが、今もって見つけることができませんが、言ったのがアインシュタインかアリストテレスかアンデルセンかなんてことは重要ではありません。「彼らが言っていることを聞くのではなく、彼らがやっていることを見るべきだ」という視点が大事なのです。）S藤M美さんが「言っていること」を聞くのではなく「やっていること」を見て判断するならば、S藤さんは「『私は資格ゲッターになりたいんです』と言いたい人」になりたい人であって、「資格ゲッター」とかいうなんかようわからんゲッターロボの友達みたいなやつではないのです。<span style="color: #008080;"><strong>もしも、何らかの資格を取得したいのなら、人に「私は資格ゲッターになりたいんです」だのと、ぎゃーすかぎゃーすか言いまくるのではなく、自分が取得したいと思う資格の勉強を黙ってやって黙って受けてさっさと通ればいいのです。なんで、受けて通らないのですか？</strong></span>・・・・というと、<strong>トマス＝サズが『「精神医学」という神話』で引用していたアインシュタインの「彼らが言っていることを聞くのではなく、彼らがやっていることを見るべきだ」という見方、この場合ですと「旧姓S藤M美が言っていることをきくのではなく、やっていることの方を見るべきだ」とするならば、S藤さんは「資格ゲッター」とかいうゲッターロボの友達みたいなのになりたいのではなく、「『私は資格ゲッターになりたいんです』と言う女」というものになりたい人なんだな・・・ということがよくわかります。</strong>それから、１５年以上経ちましたが、もしかすると、旧姓Ｓ藤Ｍ美さんは今もあいかわらず言っているかもしれませんね。「私はゲッターロボになりたいんです」と。・・・なりたきゃ、なればあ( 一一)<br />
　　　私なら、もし、何かの資格を取得しようと考えたなら、まず、無暗に人に話しませんね。通る前に、無暗矢鱈とひとに話したなら、「そんな難しい資格、おまえなんか通らんだろ～」とか言い出すヤツが出てくるかもしれませんし、「そんなん、受けてもしゃあないやろうが」とか言うやつが出てくるかもしれません。落ちた時に祝杯あげるヤツが出てくるかもしれません。私がインテリアコーディネーターを最初に受けた年、東京営業所の人間と電話で話をすることがあった時、「今、東京営業所では、〇〇さんが通るか落ちるか、かけてるんですよ」とか言いよった。「みんな、落ちる方にかけて、通る方にかける人間いなくて困ってるんですけど」とか・・・・・。あのなあ、おまえらなあ～あ・・・・・。まあ、そんなのは、たいした問題でもないのですが、実際問題として、「落ちる方」を祈願するヤツだって出てこないとは限らんわけです。まさに、<strong>夏目漱石『草枕』の冒頭</strong>と一緒ですよ。「智に働けば角（かど）が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。<strong>とかくに人の世は住みにくい。</strong>」　本多勝一が『冒険と日本人』（集英社文庫）の中で、太平洋をイカダで横断しようとして失敗した金子健太郎とヨットでの横断に成功した堀江健一の違いとして、堀江健一は<strong>「ともかく実行した」という点</strong>をあげている。それと似たところがある。<span style="color: #0000ff;"><strong>資格試験なんてものは、通る前にひとに余計なことを話すとその分だけ合格が遠のく。ひとに話すのは合格がわかって登録してから後で十分である。このあたりの認識も私は大学受験の失敗から身をもって理解した。</strong>　</span><span style="color: #808000;"><strong>私はこういう認識を「おのれの骨と肉のきしみと引き換えに」身に着けた。私と同じだけの汗を流さず、私と同じだけの涙を流していない人間に理解できてたまるものか。</strong></span><br />
　　そして、２００１年、S藤M美（女。当時、２０代後半）は、インテリアコーディネーターの試験の願書を出したらしいのだが、試験日になると、「受けても通らないから」と言って受けにいかなかった。アホやな・・・。この場合、「通らない」のを「アホやな」と言っているのではない。<strong><span style="color: #008000;">願書だしたのなら、通るか通らないかにかかわらず、ともかく、試験会場まで行って、ともかく、わかる問題だけでも解答を記入して、</span><span style="color: #800080;">さらには、インテリアコーディネーターの１次試験（学科試験）というのはマークシート方式で３つだか４つだかの選択肢から選ぶものなのだから、ともかく、どれか塗ってくるべきなのだ。</span><span style="color: #0000ff;">ともかくも、試験会場まで行って受験番号と氏名だけでも書いてくるべきなのだ。そうすれば、試験会場の雰囲気だけでもわかるし、</span><span style="color: #339966;">自己採点すれば、今現在の時点ではどのくらいの点数がとれるのかわかり、向こう１年間で何点くらいアップすれば合格点になるのかといったことを考えることもできる。</span>なんで、願書だしておきながら受けにいかないんだ</strong>。　そういえば、今は昔、『巨人の星』て漫画で、星飛雄馬の青雲高校野球部と練習試合で対戦した花形満のなんとか高校の選手が、バッターボックスで星飛雄馬の剛速球を見て「あんな球、打てるものじゃない」と思って萎縮した時、ネクストバッターズサークルにいた花形がバッターボックスにいるバッターに<span style="color: #800080;"><strong>「ともかく、そのバットを振れ！」</strong></span>という場面があった。<span style="color: #0000ff;"><strong>願書だしたら、ともかく、試験日には試験会場まで行け！　試験会場まで行ったら、ともかく、解答用紙に、ともかく、書け！　・・・</strong></span>て、あたりまえのようだが、現実に試験日になると、「受けても通るわけない」とか言って試験会場に行かないという人がいるのだが、それは愚かである。<strong><span style="color: #800080;">「受けて、落ちた」というのをひとに言うのが嫌だ、カッコ悪いと思うのなら、最初から「受ける」ということを言わなきゃいいのだ。もしも、言うなら、通ってから「受けた」と言えばいいことだ。そもそも、資格試験なんて、「受ける」だのといちいちひとに断らないといけないものではないのだ。</span><span style="color: #ff0000;">まず、こういう受験の基本てものからして、「受験のベテラン」とそうでない者とには差がある</span><span style="color: #0000ff;">・・・が、こういう認識というのは、「何の努力もしていないのに」「簡単に」身に着けたものではない。おのれの汗と涙と引き換えに、悔しい思いと引き換えに身に着けたものであって、「何の努力もしていないのに」身に着けたものではない。</span></strong><br />
&nbsp;<br />
<span style="color: #339966;"> 　　<span style="color: #000000;">（株）一条工務店の栃木県南部営業所の所長だった木下や総務部長の天野雅弘が「あんたは何もしなくても簡単に通る」などと言ったのだが、私はインテリアコーディネーターにしても宅建主任にしても、決して「何もしなくても」通ったのではないし、「簡単に」通ったのでもないのだが、しかし、</span><strong>インテリアコーディネーターの１次試験（学科試験）に関しては、戸建住宅建築業の会社に勤めてきた人間なので、試験対策として「何もしなくても」正解を選ぶことができた問題がいくつかあった。</strong><span style="color: #000000;">たとえば、「<strong>ガラス繊維強化プラスチック</strong>の略称は？」とかいうと、一般の人は知らないが、戸建住宅建築業の会社に勤めてきた者であれば、<strong>「FRP」　（fiber reinforced plastic　ファイバー レインフォースト プラスチック）</strong>と答えることができる。そういう問題がいくつかあるのだ。だから、</span></span><span style="text-decoration: underline;">１年目に受けた時は、ほとんど勉強できずに受けたが、それでも、１００点満点で６０点台の成績は取れた。たしか、合格最低点は７０点台だったと思うので、あと１０点ほどアップすれば合格ということだった。但し、その「あと１０点」というのをアップするのがけっこう大変だったが。</span><br />
　　　大学入試でも、東大とかに現役でさっさと通ったという人と話をすると、「早稲田みたいなもん」とか言うひとが中にいるわけだ。「早稲田は東大より試験科目が少ないのだから通るでしょ」と。<strong>ところが、実は、その「・・・・みたいなも～ん」てのを、実は、東大とか京大とかを目指してきた者がけっこう落ちるんだわ。</strong>その「みたいなも～ん」てのを。　実際問題として、東大や京大に通って、早稲田とか慶應とかを落ちたて人の話は珍しくも何ともない。京大に通って同志社を落ちたて人もいる。慶應に通って関学に落ちたて人も知っている。そんなものなのだ・・・が、現役で国立大学だけ受けてさっさと通ったという人には、「なんで、早稲田みたいなもん、落ちるねん」なんて思っている人がいて、また、口にする人がいるが、けっこう、落ちるんだって・・・て言ってやってもわからんやつはわからんので、もう、黙ってよ・・・てことになる。さすがに、東大や京大を目指す人間は、亜拓大東帝国なんてところは落ちないと思うが、逆に、たとえ、通っても行きたくないだろう。<br />
　　　それで、<span style="color: #0000ff;"><strong>もしも、大学入試の問題みたいのが出題されるのなら、東大・京大あたりを目指して通ったり落ちたりしたことのある人間で２０代から３０代前半くらいの者ならば、亜拓大東帝国くらいの入試難易度の試験が出題されて、それを受けるのであれば、特別のことをしなくても通る可能性が高い</strong></span>と思う。　なぜなら、それよりも難易度の高い試験に通るべく、過去の努力してきたのだから。　<span style="color: #339966;"><strong>それに対して、インテリアコーディネーターの１次試験というのは、大学入試で出題されるような内容とは出題内容が違うのだ。だから、たとえ、大学入試の時にどんなに模擬試験などでいい成績をとっていた人間であっても、だから、通るとかいうことはない</strong></span>のだ。<br />
　　　もしくは、「合格させるための試験」というものがある。たとえば、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士　の試験に合格した人で、過去１０年以内に２年以上の「実務経験」がある人は「登録」することができるのだが、過去１０年以内に２年以上の「実務経験」がない人は、<strong>「実務経験にかわる講習」</strong>というものを受けないといけない。私が宅建主任の試験に合格した１９９２年の頃は、半年ほど、通信教育を受けて何回か解答を郵送した上で３日間の講習を受けて、それぞれの日の終わりに試験があったが、今はかなり変わって、半年間の通信教育というものはなく、自習用の教材は送られてくるようだが、それについての解答を郵送する必要はなく、講習会場に行くのも２日間になり、２日目の最後に試験があるという制度になったようだ・・・が、この最後の試験というのは、これは、基本的には「合格してください」「通ってください」という試験である。だから、絶対に落ちないというものではないのだが、「通ってもらおうという試験」なので通る可能性が高い。　工事現場で、レッカー車で荷物を吊ったものをレッカー車の運転士に置く場所を支持したり、吊荷をくくったりする作業の資格である<strong>「玉掛け技能者」</strong>の資格を１９９５年だったか取得したのだが、これも、２日間、学科講習を受けて、３日目に実技講習を受けて、試験を経て資格を取得するというものだが、基本的にはある程度以上真面目に受講した人には取得させてあげようという試験である。しかし、「取得させてあげようという試験」であっても、落ちる人は落ちる。だから、<span style="color: #0000ff;"><strong>「基本的には、『合格させてあげよう』という試験」というものがあって、それでも落ちる人もいるのだけれども、そういうものについて、「あんたなら、通るだろう」と言うのなら、話はわかるのだ。しかし、インテリアコーディネーターというのは、１次も２次もけっこう大変な試験で、１次も２次も「基本的には、『合格させてあげよう』という試験」ではないのだ。<br />
　　</strong><span style="color: #000000;">もしかして、（株）一条工務店の営業本部長とか総務部長とかいうのは、「一流大学」卒の人間は、インテリアコーディネーターでもキッチンスペシャリストでも、宅地建物取引主任者&rarr;宅地建物取引士でも、本当に「何の努力もしていないのに」「簡単に」通ると心から思っていた・・・なんてこと、いくらなんでも、まさかないと思っていたのだけれども、もしかすると、そんな認識でいたのかもしれない。<strong><br />
</strong></span></span><br />
　　　大学受験の際の勉強がある程度できている人間なら通る可能性が高い、というような試験であるか、もしくは、真面目に受講した人には合格させてあげようというタイプの試験であるかならば、真面目に受講するであろうと考える人間なら「通る可能性が高い」。　しかし、<span style="color: #993366;"><strong>ある程度の期間、ある程度、作戦を練って学習すれば通る可能性はあるが、落ちる可能性だってある・・・という試験の場合は、本人が、はたして、その試験を受けて、その資格を取得するのが人生にとって益になるのかどうか・・・ということをよく検討吟味した上で受けるかどうか、決めるべきである。　</strong></span><span style="color: #339966;"><strong>そうでないならば、取得しても、何年かに一度の更新の際に何万円か支払うだけ・・であって、「人生の無駄遣い」をしただけでしかない・・・ということになってしまう可能性がある。</strong></span>　<span style="color: #0000ff;"><strong>会社の上役たる者は、その人間にその資格を取得させた上で、こういう仕事をさせたいという構想があるのなら、この資格を取ってくれと言ってよいが、そういう構想がもしもないのなら、取得するために、ある程度以上の労力と時間を要するものを、無責任にとってくれと言うべきではないと思う。</strong></span><br />
　　　再度、言う。<span style="color: #ff0000;"><strong>「どちらでもできる」と「両方できる」は同じではない。</strong></span>私は、高校卒業する頃は「ブンケー人間」か「理系人間」かというと「理系人間」だったと思うし、大学の学部で言えば「理学部型」か「哲学科型」だったと思うのだ。だから、高校卒業の頃か卒業した頃に建築学科の方に進んでいたならば、けっこう優秀な「建築家」か「設計士」とかになったかもしれないが、そういう方向に進まなかったのだ。だから、実際に進んだ所から考えて、《「社会科学系学部卒の者」であるが「理系的思考もできる者」》という「文武両道の文治派」で「文理両道型人間の社会科学系学部出身者」という位置で会社に貢献するのがいいと考えていたのである。<strong>それでも、会社の上役が製図の試験を必要とする資格を取得してもらいたいということならば、上役の指示か希望かである以上は取得してみせるけれども、そういう経緯で取得させておきながら、取得すると、「合格した？　さっすがやなあ～あ。　おめでとう」・・・・で、それで終わり、というのは、あまりにもひとをバカにし過ぎている。いったい、何のつもりだったのか、</strong>ということになる。結論として、「そういう会社じゃないですか。そういう人じゃないですか」ということなのかもしれない。そして、「そういう会社」の「そういう人」にひっかかった者がアホだったのかもしれない。<br />
<strong> 　　　<span style="color: #0000ff;">もしも、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストの学習をせずに、旧型司法試験とか税理士の試験とかを受けて弁護士なり税理士なりの資格を取得していたなら、その資格で「特に高給かどうかはさておき、食べていける可能性が高い」ということになっただろう。</span>　<span style="color: #008000;">もしくは、英語・イタリア語・ロシア語・フランス語・ドイツ語のいずれか１つの検定試験を受けて１級程度に合格すれば、転職しようという場合にそれはプラスになったと思う。</span><span style="color: #800080;">もしくは、建築関連なら、インテリアコーディネーターやキッチンスペシャリストを受けるのではなく、いっそのこと、４年制大学の建築学科に学士入学して卒業すれば、二級建築士の受験資格も得て、そして、二級建築士を取得すれば、「インテリアコーディネーター＋キッチンスペシャリスト」よりも「建築学科卒＋二級建築士」の方が建築関連の職場に雇ってもらうには、男性の場合は有利であったはずである。</span></strong><br />
　　<span style="text-decoration: underline;">私は今でも、「旧帝大系国立大学か早慶の経済学部もしくは商学部もしくは経営学部卒＋インテリアコーディネーター（＋キッチンスペシャリスト）」は住宅・建築・インテリア関連の会社においては役に立つ・・・と思っているのだが、</span><strong><span style="color: #0000ff;">自分が採用する立場、処遇を決める立場であるならばいいのだが、自分が応募する側の立場、処遇を決められる側の立場である場合には、面接で、採用担当者がおかしなことを言っても、「あんたの考え方はおかしい」とそこで言うわけにもいかないのであり、</span><span style="color: #339966;">あまりにもおかしい場合には、そんな所に行かなくたっていいよ、てことになるけれども、どこかに行かないわけにはいかないわけで、ちょっとくらいおかしいと思っても我慢するしかない・・・と考えると、それなら、最初から、取得するための労力・時間は相当要するけれども世間で高く評価してもらえない資格を取得するよりも、取得した時には「特に高給であるかどうかはさておき、食べていける可能性が高い資格」か「その業界においては、相当高い評価を受ける資格」かを取得するようにした方が良かった、ということになる。</span></strong><br />
　　　結論として、「中卒の営業本部長の言うことなんて、真面目にきいたヤツがアホ」ということになるのかもしれないが・・・・、そんな会社のためにせっせと滅私奉公したのはもっとアホだったのかもしれない・・・が、<strong>普通は、会社の上役がとってくれと言った資格を苦労して努力して取得した人間というのは、それに応じて評価するものであって、《あんたが通るのは「ずるい」》だの「不公平だ」だの「差別だ」などと悪態をつくものではないと思うのだがなあ・・・・。個々の従業員でそういうことを言う人間が１人・２人いたとしてもありうることだが、会社の営業本部長とか総務部長とか営業所長とかは普通はそういうことは言わないものだし、そんなことを言うようでは営業本部長だの総務部長だのにはならないと思うのだがなあ・・・・・。<br />
<br />
　　<span style="color: #800080;">その資格を取得させた上で、その会社で、どういう仕事をさせようという構想もなく、何何を取得してくれ、と要求するというのは、それは、相手の人生を破壊する行為であり、これは失礼である。<br />
　　</span></strong><span style="color: #800080;"><span style="color: #000000;"><span style="color: #008000;"><strong>（株）一条工務店では、</strong></span>２００１年、栃木県南部営業所長の木下（男。当時、４０代前半。最終学歴：高卒）が<span style="color: #008000;"><strong>「業者に、『もし、一条工務店を辞めた人を採用するなら、仕事をまわさないぞ』と言ってるんだ。　『辞めた人を採用すれば仕事をまわしてもらえると思うなら逆だからな。　もし、辞めた人を採用したら、仕事をまわさんからな』と言ってるんだ」と営業所で話していた。</strong></span>木下はそういうことの是非善悪を判断する能力などない人間であるから、おそらく、営業本部長の天野隆夫あたりから指示されて言っていたのであろうと思われるが、<span style="color: #0000ff;"><strong>縁あって自社に入社してくれた人が、何らかの理由で退職したならば、その後、その人に向いたいい職場に就職できるように願うべきものであって、退職者の就職を妨害するとはとんでもないことである。</strong></span>木下は、なんだか、自分は就職を妨害される側の立場になることはないと信じたような口のきき方をしているが、（株）一条工務店の経営者は木下以上に（もしくは「以下に」）、自分は関係ないみたいに勝手に思っている軽佻浮薄な人間が大好きである。<br />
　　１９９０年代なかば、山一證券という大企業が倒産したが、「コロッセオが滅ぶ時、ローマも滅び、その時、世界も滅びる」と言われるように、山一證券なんて会社が倒産する時には、その時には日本の多くの会社はつぶれ、もちろん、（株）一条工務店なんてちっぽけな会社はつぶれているであろう・・・なんて思っていたら、なんとも摩訶不思議なことに、山一證券がつぶれたのに（株）一条工務店はつぶれずに存続している。世の中、不思議なこともあるもんやな・・・とか思ってものだった・・・が。しかし、雑誌で読んだ話では、<span style="color: #993366;"><strong>山一證券は会社はつぶれても、元従業員には再就職先を紹介してくれたという。それに対して、（株）一条工務店の場合は、会社は存続して、オーナーの大澄賢二郎は「一条工務店はもうかってる。一条工務店にはカネみたいなもん、あり余ってる。一条工務店にはカネみたいなもん、いくらでもある」と言いながら、</strong></span>従業員の給料を払う時になると、「そんなもん、利益の出てないのに払えるわけないだろわけないだろうが」とかごまかして、そして、大澄は「求人広告の費用はいくらでも出せ。求人広告さえ出せば、人みたいなもん、いくらでも採用できる。中途採用の従業員は、どんどん採って、片っ端から辞めさせろお！」「新卒入社の人間は簡単に辞めさせると、学校の関係で情報が伝わって、その後、採用しにくくなるから大事にしないといけないけれども、中途入社の従業員はそういうことはないから、いくらでも辞めさせればいい」と叫んでいたというのであるが、それだけではなく、<span style="color: #993366;"><strong>辞めた従業員が、転職しようとすると、「うちの会社を辞めた人間を採用したなら、仕事をまわさんからな。うちの会社を辞めた人間は絶対に採用してはいかんぞ」と業者を脅して、再就職を妨害しようとするのであった。なんとも、卑劣な人間である。</strong></span>　こんな対応をしていたのでは、そのうち、誰かに刺されるぞ・・・なんて思うと、なんと、１９９６年８月、オーナーの社長の大澄賢二郎の息子の大澄隆史が同棲していたこともある女性を刃物で百カ所以上も刺して殺し、逃げたがつかまって懲役２０年の刑を宣告された・・ということがあった。なんともまあ、刺されるのではないかと思えた人間の方が人を刺し殺したとは・・・、まあ、なんといいましょうか、まあ・・。息子が女性を刺し殺したということで、名目上、社長を退いた大澄賢二郎が、最近、再び、表に出てきて、浜松市に「防潮堤の費用」という名目で３００億円の寄附をすると言い、浜松市長で慶應大学a 法学部卒の鈴木康友と福島第一原発事故の直後、静岡県産の茶葉の放射線量調査を拒否した静岡県知事の川勝平太が、「大変ありがたいことだ。一条堤とでも命名して永く記録にとどめたい」とかアホなことを言って称賛した、というのがニュースに出て、それを見て、息子が人殺しでおのれもまた１９９３年９月には安全対策不備で福島県いわき市草木台で屋根屋を墜落死させた大澄賢二郎を偉人聖人みたいに思う白痴が出現したりしていたようだが、その男は、自社を退職した人間の就職を妨害するような卑劣な人間なのであり、カネもらったからとそれを称賛する<strong>浜松市長の鈴木康友・静岡県知事の川勝平太</strong>もまた、それに加担していると見られても文句は言えまい。<br />
　　私なども、転職先にまで、誹謗中傷の話を伝えられているようだが、そこまでやるようだと、された側もされっぱなしではすまされないということになってくる。<br />
　　大澄賢二郎は「新卒入社の人間は、学校を通じて情報がいって、次、採用しにくくなるから大事にしてやらないといけないが、その点、中途入社の人間は情報が伝わることはないから、いっくらでも辞めさせればいい。求人広告さえ出せば人みたいなもん、いくらでも採用できる。求人広告はいくらでも出して、どんどん採用して片っ端から辞めさせろお」と叫んでいたというのだが（普通に考えて、「一条工務店はもうかってる。一条工務店にはカネみたいなもん、いくらでもある」と社長が豪語する会社が、片方でひとを辞めさせるというのは、それは労働法の上では「解雇権の濫用」と評価されるはずではないのか、と思うのだが）、「中途入社の人間は情報が伝わることはないから、いっくらでも辞めさせればいい。・・・」「いっこうに、何の問題も、まったくない」と大澄が言っていた通りなのかどうか、ともかく、大澄が「いっこうに問題ない」と叫んでいるのであるから、とりあえず、この場で、事実を事実として公開しておくことにする。<br />
&nbsp;&nbsp;&nbsp;　　（２０１８．６．９．）</span></span>&nbsp;&nbsp;<br />
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　　次回、【６／６】学習法は人それぞれ。人生の設計を考えないと、男女とも「資格は取れても美貌は消える」ことになりかねない。<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/</a><br />
<br />
<br />
☆　会社の上役が資格を取れと言う資格を取得するべきか<br />
【１／６】男性に不利なインテリアコーディネーター、認知度の低いキッチンスペシャリスト　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/14/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/14/</a><br />
【２／６】「一流大学」出身者に敵意を持つ経営者の会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/</a><br />
【３／６】本人の得意分野でもなかった資格の取得を要求して取らすだけの経営者の会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/</a><br />
【４／６】「一流大学」卒の者があまりにも「下の会社」に行くと「かえってよくない」　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/</a><br />
【５／６】「努力する姿勢があるから通る人間」を「何の努力もしないのに通る」と思っている経営者。退職者の就職妨害する会社　〔今回〕<br />
【６／６】学習法は人それぞれ。人生の設計を考えないと、男女とも「資格は取れても美貌は消える」ことになりかねない。<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/</a></span>]]>
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    <category>職場と資格</category>
    <link>https://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/</link>
    <pubDate>Fri, 08 Jun 2018 00:23:29 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>上役がとってくれと言う資格は取得するべきか【４／６】「一流大学」卒の者があまりにも「下の会社」に行くと「かえってよくない」</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="font-size: large;">［第１７回］</span><br />
<span style="font-size: large;"> 　　私は、（株）一条工務店に１１年余り在籍して、福島県いわき市に約５年間、栃木県佐野市に約３年半、山梨県上野原市に１年４カ月、勤務しました。　いわき市に５年間、勤務しましたので、「・・・・だっぺえ」と話すことができるようになった♪・・・なんて言うと、いわき市のネイティブスピーカーは、「おまえの話す『だっぺ』は本来の『だっぺ』ではない。いわき市のネイティブスピーカーからすれば、まだまだ、にせ物の『だっぺ』だ」とか言われるのですが、そうは言っても、ともかくも、福島県浜通り地方の言葉を話すことができるようになったわけです。すごいといえば、すごい。自然と「だっぺ」が使えるてことは、これは大阪で生まれ育ち、東京の大学に行ったという人間にとっては、なかなかのものです・・・・が、だから、何やねん・・てところもあるのです。</span><br />
<span style="font-size: large;"> 　　もしも、ミラノに５年間、パリに３年半、ロンドンに１年４カ月、勤務しました・・・ということならば・・・、ミラノとパリとロンドンの年数が入れ替わってもかまいませんが、その後、どこかに勤めようとした時に、その勤務経験は評価されると思います。　しかし、いわき市に５年間、栃木県佐野市に３年半、山梨県上野原市に１年４カ月勤務しましたあ～あ(^^♪・・・なんて言いましても、「ああ、そうですか」てものなのです。なんか、納得いきませんよね。</span><br />
<span style="font-size: large;"> 　　<span style="color: #3366ff;"><strong>職安がやっている「早期就職支援センター」てのがありますが、あれは何の価値もありません。あくまでも、「早期就職支援センター」の職員の早期就職を支援するセンターであって、あんな所に行くと、かえって害があります。</strong></span>　私、一度、行ったのです。自分の経歴について、戸建住宅建築業の会社で勤務してきたけれども、営業の仕事でも、一定の場所でしか仕事をしてきていないのではなく、（株）一条工務店では、東京都・千葉県松戸市・福島県いわき市・栃木県佐野市・山梨県上野原市と複数の都県に勤務して経験を積んできた、というのは評価されていいはずだと私は話したのです。　ところが、早期就職支援センターのおっさんは何と言ったかというと、「そんなもの、何か所かで勤めたなんて意味がない。もしも、いわき市ではどこそこの社長と懇意だとかでも言うのなら意味があるけれども、そうでないのだろ！　そうでなければ、何の意味もない。甘ったれるな！」と、そう言いやがったのです。その「甘ったれるな！」という文句、むしろ、私は早期就職支援センターのそのおっさんに対して言ってやりたいし、遠慮して言わなかったのですが、言ってやるべきだったと思います。何を言ってやがる。</span><br />
<span style="font-size: large;"> 　　私が言ったのは、一線の営業の経験を経た上で、本社機能としての部署に勤務する場合でも、複数地域を実地で知っている人間と１箇所しか知らない人間とでは明らかに違いがあるし、もしも、一線の営業の仕事に従事する場合でも、１箇所でしか仕事をしたことがないという人の場合、たとえ、その１箇所においては比較的優秀な成績を残した人であっても、別の場所で仕事をすることになったり、あるいは、住宅建築業という点では同じでもこれまでとは異なる商品を扱うようになると売れなくなる可能性があり、１箇所でしか仕事をしたことがない人の場合は、その１箇所が条件の良い営業所であった場合などは、どこでも条件はいいものと思いこんでいる人がいるし、条件が悪い場所に行くと売れなくても、それでも売ろうという姿勢が欠落しているような人もいるわけですが、私の場合は、（株）一条工務店では条件はあまりよくない方の営業所にばかり在籍した人間で、県民性も違えば、見込客のニーズも異なる地域で仕事をしてきた者なので、今後、全国どこへ行っても、「最低でも平均は上回る」という成績は残せる自信がある・・・ということを言っているのです。　早期就職支援センターのおっさんというのは、甘ったれた人間なので、そういうことを理解できないのです。アホです。なんで、税金であんなバカおやじを雇ってやらないといけないのか。　小泉純一郎が職安を民営化してはどうかと言ったことがありましたが、もしも、「職業安定所」という性質のもの、誰もが失業しないで職業にありつけるようにという機関であるならば、国がなんとしても運営していくべきだと私は思ったのですが、実際には、現実の職安というものはそうではなく、失業している人間というのは失業している人間が悪いのだ、国の政策が悪いのではないのだ、解雇された人間というのは解雇されたやつが悪いのだ、いついかなる時も解雇した会社が不当なのではないのだ・・・・という主張をして、国民にそういう意識を植え付けるために存在する機関ですから、それを考えると、職安および早期就職支援センターはたたきつぶした方が国民のためです。<br />
　　早期就職支援センターのおっさんてのは、あれはアホですから、どうしようもない・・・としても、それにしても、１１年余りも（株）一条工務店に滅私奉公してきたのです。（株）一条工務店は、（株）一条ヨーロッパという輸入家具やイタリア製タイル・スペイン製タイルなどを輸入する会社をスペインのバックアップ留バルセロナにももっているとか、（株）一条U.S.A.という材木会社をアメリカ合衆国オレゴン州ポートランドに持っているとか、言うておったわけで、最近では中国から御影石を輸入しているといったことを言い、フィリピンに工場を持つということもしたわけです。それならば、私にいつまでも一線の営業をさせるのではなく、（株）一条ヨーロッパや（株）一条U.S.A.の担当をさせるとかすれば、そうすれば、（株）一条工務店の私立五流大学卒のやつに担当させても何年経っても英語もイタリア語もスペイン語も話せるようになんてなりませんが、私なら話せるようになれたと思います・・・・が、「一流大学」卒の人間に敵意をもっている経営者の会社はそういうことは絶対にしない。・・・・その前に、（株）一条ヨーロッパ　という会社がバルセロナにある、（株）一条U.S.A.という会社がポートランドにある、と「ビーイング」の求人情報にも見込み客向けのカタログにも書いてあったはずなのですが、実は、<strong>「一条ヨーロッパなんて、そんな会社、最初からどこにもないですよ」</strong>という話で、「しかし、口で言うのならともかく、ないようなものをカタログに活字で印刷したり、求人情報誌に活字にして掲載したりなんて、普通、しますかあ？」と言うと、<strong>「普通はしないでしょうけれども、この会社、普通じゃないでしょうよ。まだ、わかんないんですか。いったい、何年、一条工務店にいるのですか」</strong>なんて、古手の人に言われてしまったのです。　さらに、（株）一条U.S.A.なるアメリカ合衆国のポートランドにあるという材木会社ですが、小堀住研（株）はアメリカ合衆国で第１位の材木会社のウエアハウザー社からヘムファー（べいつが）のツーバイフォー材を輸入していたらしいのですが、（株）一条工務店の比較的古い情報誌を見ると、アメリカ合衆国で第２位の材木会社のエビソンランバー社から梁桁材のベイマツ（ダグラスファー）を輸入しています・・・と書いていたのが、ある時から、「エビソンランバー社から」という部分が「（株）一条U.S.A.」に変わったわけで、<strong>もしかして、その「（株）一条U.S.A.」てのは、エビソンランバー社の社屋に１室借りて、そこを（株）一条U.S.A.ということにしているだけと違うのか、</strong>実際には、エビソンランバー社から輸入している、というのとたいして変わらんのと違うのか・・・・と気づいたのだったが、栃木県佐野市の営業所にいた時、古手のKさんにそれを話すと、<strong>「違う違う～う。１室なんてそんなもの、ないない～い！　あっても、机１つか電話１本くらいのもんで、１部屋なんて、そんなもん、絶対にないない～い！！！」</strong>ということだったので、そういう仕事は（株）一条工務店には最初からなかったのだった・・・・( 一一)　　　しかし、それにしても、外国との取引はあったわけだから、（株）一条工務店の私立五流大学卒のやつに担当させても話せるようになんてならないだろうけれども、私に担当させてくれたなら、何年かやれば、語学だってマスターできただろうし、もしも、人事・総務などでは使いたくないのなら、そういう方面ででも使うとか考えても良さそうなものだったと思うのだが・・・とも思ったものだったが、某所長が「まったく、人の使い方を知らない会社だなあ」と言っていたが、まったく、実際、そういう会社だった。慶應大学の商学部の教授先生が「東大・京大や慶應・早稲田あたりの出身の人間ばかりという会社に勤めるよりも、むしろ、慶應あたりの卒業生をなかなか採用できないというくらいの会社に勤めた方が、むしろ、活躍する場があっていいという面がある」という話をされたことがあったが、（株）一条工務店は私が入社した時、「〇〇くんが応募してきた時はびっくりした。うちの会社に慶應大学卒の人が来てくれるのかと思った」と営業本部長が言ったにもかかわらず、それを「使ってたまるか」みたいな態度をとり続けた。「慶應あたりの卒業生をなかなか採用できないというくらいの会社に勤めた方が、むしろ、活躍する場があっていい」ではなく、「慶應あたりの卒業生は採用したいけれども、採用しても使いたくない」という経営者の会社に勤めると、冷や飯食わされて塩漬け氷漬け飼い殺しにされる・・・・ということのようで、慶應の教授先生の話は「話半分」くらいに受け取っておいた方が良かったか、あほな話、そんなことあるかいな・・・と受け取るべきだったか。<br />
　　（株）一条工務店は、中途入社でいろいろな人が入って来る会社であったので、それぞれの人が経験した話を聞かせてもらう機会もあったのだが、まず、<span style="color: #0000ff;"><strong>「程度の問題」というのもある</strong></span>ようだ。「東大・京大や慶應・早稲田くらいの大学の出身者ばかりの会社に就職するよりも、そのくらいの大学の出身者をなかなか採用できないというくらいの会社に勤めた方が、活躍する場があっていい」というケースはあるのかもしれない。慶應大野球部に当時在籍した神奈川県の桐蔭高校出身の志村投手の例を話された教授がられたのですが、志村投手は東京六大学リーグで大活躍して、それまで弱かった慶應野球部が何度も優勝するのに貢献したが、もしも、法政か明治に行っていたならば、他にも高校卒業時にプロから誘われていたような投手が何人もいて、なかなか、試合に出してもらえず、ここまで活躍できなかったのではないか、慶應の野球部だから、志村投手は１年から試合に出してもらえて活躍できたのではないか。やっぱり、人間は能力があるかどうかとともに、出番をもらえないと活躍できないし、出してもらえないと経験も積めない。だから、野球だけのことではなく、会社に勤めても、東大・京大や慶應・早稲田くらいの大学の出身者ばかりという会社に勤めたのでは、なかなか、出番がなくて、経験も積めない。それに対して、東大・京大や慶應・早稲田くらいの大学の出身者をなかなか採れないというくらいの会社に慶應から入社すると、他にいないのだから、出番があって経験を積めて実績を残せる・・と言われたのだ。この話を、統計上の会社の分類としては「大企業」に分類されるかもしれないが、一般用語としては中小企業で役員になっていた父に話してみたのだ。もし、そうなるならばいいかもしれないが、東大・京大や慶應・早稲田くらいの大学の出身者ばかりの会社に就職して、「競争」に勝ったなら勝ったでいいし、「競争」に負けたなら負けたでしかたがないとしても、高卒の人か底辺の大学の出身者ばかりという会社に就職して競争に負けたのでは話にならんでしょう、と私は言ったのだ。父の返事は、「そんなもの、高卒や底辺の大学の出身の人間と競争して負けるなどということは、天地がひっくり返っても絶対に、ない」ということだった。そう言われてもなあ～あ・・・と思ったのだ。　私は３年以上遅れて大学を卒業したことなどから就職は有利ではなく、「東大・京大や慶應・早稲田くらいの大学の出身者ばかりの会社」では最初から採用してもらえる可能性はなかったのだが、結果としてでも、「東大・京大や慶應・早稲田くらいの大学の出身者をなかなか採れないというくらいの会社」に就職したのだが、就職してみると、たしかに、<span style="color: #008000;"><strong>「東大・京大や慶應・早稲田くらいの大学の出身者」が（株）一条工務店みたいな会社に就職した時、なんと言うのか、へんてこりんな宇宙人みたいな高卒の人と競争なんてして負けるなんてことは、ない。ないけれども、問題はいくら努力しても、いくらアピールしても、会社の商業登記簿に掲載されている役員全員が高卒か中卒なんて会社においては、いくら、さすが！　と思われるものを発揮しても、認めてなるものかという信念もっとるようなものであり、又、活躍する機会があるかというと、高卒のオーナー経営者は大事な仕事はすべて高卒か中卒の人間にまわそうとするので、むしろ、「東大・京大や慶應・早稲田くらいの大学の出身者」ばかりの会社に就職した場合よりも機会は少ないくらいである。</strong></span>まず、<strong><span style="color: #0000ff;">（株）一条工務店の高卒のオーナー経営者というのは、「一流大学」卒の人間というものを「敵」だと思っておるわけだ。だから、自分の周囲を「一族」で固め、さらにその周囲を「高卒・中卒」で固めて自分を守ろうとするらしい。</span>だから、こちらとしては、高卒・中卒の人にはそういう人にはそういう人として貢献してもらうとして、その人達では無理なことをさせるとおかしな対応をするわけで、それを改善したいと思って提言すると、それだけで気に入らないらしいのだ。</strong>（株）一条工務店のオーナー経営者にとっては「中卒・高卒の人」というのはオーナー経営者とその周囲の「一族」や「オーナー経営者の友人」がさらにその周囲に配置した「一流大学」卒の者からオーナー経営者とその取り巻きを守る防波堤のようなものという位置づけなのだ。おまえら、邪魔だから、そこどいてくれ！　と何度も何度も思ったものだ。・・・で、思ったのだ。<strong>こんなおかしな苦労をさせられるくらいなら、「東大・京大や慶應・早稲田くらいの大学の出身者ばかりの会社」に就職して「東大・京大や慶應・早稲田くらいの大学の出身者」と競争して競争に勝ったり負けたりする方がよっぽどいいなあ・・・</strong>と。『孟子』<span style="color: #000000;">の中で、食客が待遇が悪いことを訴えるために、「長鋏よ帰らんか」と語った話があったが、（株）一条工務店のオーナーの自宅の前の道にでも座って「長鋏よ帰らんか、帰らんか」と歌ってやりたいくらいの気持ちでいた時のことだが、転職で入ってきた人が言ったのだが、<span style="color: #008000;"><strong>「あんまり下の会社に勤めると、かえってよくない場合があるみたい」</strong></span>と。それだった。（株）一条工務店はまさにそれだった。<br />
　　　ソフィア＝ローレンが出演していたイタリア映画の『昨日・今日・明日』という映画は、ナポリ・ミラノ・ローマの３都市を舞台に３つの話が描かれるが、そのうちのミラノの話では、ロールスロイスを持つ女が若いカモメにそれを運転させると、運転を過って故障させてしまう。そこに通りかかった年配の紳士に<strong><span style="color: #993366;">「ロールスロイスってだめなクルマなのでしょうか」</span></strong>というと、<span style="color: #993366;"><strong>「そうとも言えません。使う人の腕によるのですよ」</strong></span>と語る・・という場面がある。もしも、自分は「ロールスロイス」だと思ったならば、やっぱり、その「ロールスロイス」を運転できる腕のある経営者の会社に勤めないと、<strong>《「東大出の弁護士志望」とか「東大出のプロゴルファー志望」とかを名目の上で雇って仕事をしないにもかかわらず給料くれてやって、それで、「うちの会社にも東大出の人間おりますねんで」と中卒・高卒の人間に言わせよう・・というそういうアホなことを考えるような高卒のおっさんの会社》</strong>に勤めるくらいなら、「東大・京大や慶應・早稲田くらいの大学の出身者ばかりの会社」に勤めてそういう相手と競争した方がよっぽどいい！　ということになるようだ。実際のところ、（株）一条工務店では、<span style="color: #ff0000;"><strong>「ベンチがアホやから野球ができん！」</strong></span>と言いたい気持ちに何度もなったが、言わずに我慢してきたが、<strong>もしかすると、経営者の方は私は言っていなくても思っているだろうと思っていて、それで、それなら従業員が「ベンチがアホやから野球ができん」という気持ちにならないように経営するのが経営者の仕事のはずであるが、そうは考えずに、「俺らは高卒じゃい。おまえが慶應でてるというのが何よりむかつくんじゃ、この野郎」と考えた・・・ということかもしれない。<span style="color: #808000;">もしも、自分が「ロールスロイス」だと思うなら、やっぱり、「原付の免許しか持ってない人」に雇ってもらうのではなく、「ロールスロイスを運転できる人」に雇ってもらった方がよいのかもしれない</span></strong>と思う。「ロールスロイス」でなく「クラウン」であっても「カローラ」であっても、原付しか運転できない経営者の会社ではなく、普通自動車を運転できる経営者の会社に勤めた方がいいだろう。　<span style="color: #0000ff;"><strong>実際、（株）一条工務店では「この程度の会社にはこの程度の人間」て感じの人が高い役職につかせてもらっていて、おまえら、そこ、どいてくれないかと何度も思ったものだった・・・が、そいつらは、どいてくれないのだ、そいつらは。</strong></span><br />
<br />
　　　それはそれとして。（株）一条工務店は、１９９１年、「ビーイング」に求人募集を掲載して、そこには「売れて売れて困っています」とかよくもまあそういういいかげんなこと書くなあとあきれるような文句を掲載し、又、「（株）一条ヨーロッパ（バルセロナ）」とかいうもとよりありもしない会社があるようなことを書き、「営業所」としては共同出資会社の営業所の場所も書き、そして、「ノルマはありません」「転勤はありません」と書いて募集したのだが、私はその求人募集を見て応募したけれども、何を見て応募したとしても、慶應大学商学部の卒業証書を取得したその時から、あるのは「総合職」「全国社員」としての採用か不採用かのどちらかであって、「一般職」「地域限定社員」としての採用というのは、たとえ、希望してもないもの、と思っていたので、だから、入社２年目に他の人間とは違って、福島県に転勤してくれと言われれば負担を払って転勤したし、その後、栃木県に転勤してくれと言われれば会社のためを思って転勤したし、<span style="color: #008000;"><strong>なんだか、「エイリアンがやってきた」みたいな変な従業員がいっぱいいる会社で、職場でいきなり暴力ふるわれて怪我させられたり、安全対策のいいかげんな工事現場にも勤務させられたりもしてきたが、それも、会社のためと思って我慢してきたし、なんともひどい誹謗中傷を受けることもあったが、それも我慢してきた</strong></span>しするが、それらを我慢してきたというのは、それは、「慶應大学商学部の卒業生として採用」されたのだから、「底辺の高校卒の人」と扱いが違うのは当然であろうとも思い、「底辺の高校卒の人」にからまれても、そういう人と同じレベルで争ってもしかたがないと思って（先日、書店の棚に『腹が立ってもアホとは喧嘩するな』という題名の本が置いてあったが）我慢もしてきたのだが、少なくとも、福島県に行って勤務してくれと言われれば協力し、栃木県に行って勤務してくれと言われれば協力してきた者というのは、そうでない者よりもその点で評価してくれてもいいはずであるし、<span style="color: #993366;"><strong>会社のためを思って、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」尽くしてきたのに、（株）一条工務店の中卒・高卒の経営者というのは、逆に、こいつは何でも我慢する人間なのだと認識してしまったようだった。</strong></span>「慶應大学商学部の卒業証書を取得したその時から、あるのは『総合職』『全国社員』としての採用か不採用かのどちらかで、『一般職』『地域限定社員』としての採用は希望してもないもの」と私は認識して、『一般職』『地域限定社員』の人が我儘を言っても我慢してきたものだったが、ところが、<strong>（株）一条工務店の中卒・高卒の経営者というのは、「慶應大学商学部の卒業証書を取得したその時から、あるのは『総合職』『全国社員』としての採用か不採用かのどちらかで、『一般職』『地域限定社員』としての採用は希望してもないもの」という認識をしている人間というのは、こいつは何でも我慢するに人間なのだ、こいつはどこでも行く人間なのだと解釈し、処遇については「高卒の人間と大卒の人間を差別してはいかんだろうがあ。差別はいかんだろ、差別は」と言い出すのだった。これでは<span style="color: #ff6600;">「やらず、ぶったくり」</span>である。</strong><br />
　　　（株）一条工務店の福島県いわき市の展示場に勤務した時、見込客で、三菱系の会社に勤めていた方があったのだが、その会社では、「全国社員」と「地域限定社員」のどちらかを入社する時に選ぶことができたそうで、「全国社員」は全国どこへでも転勤させられ、それを拒否することはできないが、昇進は「地域限定社員」の約倍で給料もその結果として約倍のものがもらえる・・というものだと聞いた。「倍」かどうかはさておき、<span style="color: #0000ff;"><strong>「全国社員」の扱いを受けた者が「地域限定社員」の条件を要求してきた者よりも高い扱いを受けたとしても、あたりまえであって、そんなものは「差別」ではなく、むしろ、昇進や処遇において高卒や中卒の人間を優遇する会社が、優遇を受けない者に「全国社員」としての負担ばかりかけるというそちらの方こそ「差別」のはずである。</strong></span><br />
　　　<span style="color: #008000;"><strong>「全国社員」としての「地位限定社員」や「浜松の中のカエル」「宇宙の天体は浜松を中心として回転していると信じている人達」よりちっとも優遇なんてしてもらうことなく、むしろ、「浜松の中のカエル」の方が優遇してもらってきたにもかかわらず、東京から松戸、いわき、栃木県佐野、山梨県上野原と移り、転居の際にも負担をかぶってきた</strong></span>のだが、もしも、「一流企業」に勤めて、ミラノに５年間、パリに３年半、ロンドンに１年４カ月勤めましたあ・・・と言えば、その後、どこかに就職しようという際にも、それがプラスの評価になったのではないかと思う。いわき は原発事故さえなければいい所だったと思う。 原発事故のために避難地域になってしまった浪江町の方と折衝していた時、「〇〇さんも、このへんで土地買って家建てて住めばいいじゃん。このへんの人、お嫁さんにもらえばどうだい」とか言ってもらったこともあった。私は今でも何割か福島県浜通り人だと思っている・・・が、しかし、<strong><span style="color: #0000ff;">どこかの会社で雇ってもらおうとしても、「ミラノに５年間、パリに３年半、ロンドンに１年４カ月いました」というのと、「いわき に５年間、佐野に３年半、上野原に１年４カ月いました」というのでは、</span>前者は評価されても、後者については、私が住宅建築業の会社の経営者か人事担当者なら、１箇所しか知らない人と、複数地域を知っている人であれば、複数地域を知っている人というのはその点においてプラスの評価をするが、まったく評価しない人も現実に少なくないし、<span style="color: #0000ff;">「ミラノに５年間、パリに３年半、ロンドンに１年４カ月いました」とどちらが評価が高いかというと、「ミラノに５年間、パリに３年半、ロンドンに１年４カ月いました」の方が評価は高い。</span></strong>もっとも、建築でも戸建住宅の建築ではなくゼネコンの方の建築の「一流企業」なんかに勤めたならば、ミラノ・パリ・ロンドンではなく、南アフリカとかインドネシアとかブラジルとかモロッコとかそういう所に転勤させられたり・・・とかなったかもしれない、ミラノだのパリだのなんて行くことはなかったかもしれないけれども。<br />
<span style="color: #ff0000;"> 　　<span style="color: #000000;">ともかく、（株）一条工務店の総務部長の天野雅弘が「何が気に食わんと言って、おまえが慶應大学を出てるというのが、それが一番気に食わんのじゃ、この野郎。俺ら、高卒じゃい。慶應みたいなもん、行けんのじゃあ」とか言うのだが、</span><strong>自分が行けないの</strong><strong>だったら、行ってそこで学んできたようになそういう人間を使えばいいだろうが、と思うのだが、</strong><span style="color: #000000;">その「高卒のおっさん」にとっては、使えないようだった。何より、総務部長の天野雅弘は「何が気に食わんと言って、おまえが慶應大学を出てるというのが、それが一番気に食わんのじゃ、この野郎。高卒の人間は皆そう思うとるんじゃい」と言うのだが、それはそうでもない。<span style="text-decoration: underline;">むしろ、会社が不当なことを従業員にやることに対して、〇〇さんなら会社に対してそれをきっちりと言えるのではないかと、その「高卒の者」から期待されたりもしたのだ。</span>（株）一条工務店の経営者は、私が会社のためを思って只管会社に尽力することはあっても、反逆することは特になかったにもかかわらず、反逆されるのではないかと被害妄想を持っていたのかもしれない。　</span><strong>「まったく、ちっぽけな野郎だなあ」</strong></span><strong></strong>と（株）一条工務店の経営者について言って辞めていった人もいたが、実際、（株）一条工務店の経営者どもというのは「まったく、ちっぽけな野郎だなあ」と思う。</span>&nbsp;<span style="color: #000000;"><br />
　　（２０１８．６．９．）<br />
<br />
　　次回、【５／６】「努力する姿勢があるから通る人間」を「何の努力もしないのに通る」と思っている経営者。退職者の就職妨害する会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/</a><br />
&nbsp;<br />
<br />
☆　会社の上役が資格を取れと言う資格を取得するべきか<br />
【１／６】男性に不利なインテリアコーディネーター、認知度の低いキッチンスペシャリスト　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/14/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/14/</a><br />
【２／６】「一流大学」出身者に敵意を持つ経営者の会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/</a><br />
【３／６】本人の得意分野でもなかった資格の取得を要求して取らすだけの経営者の会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/</a><br />
【４／６】「一流大学」卒の者があまりにも「下の会社」に行くと「かえってよくない」　〔今回〕<br />
【５／６】「努力する姿勢があるから通る人間」を「何の努力もしないのに通る」と思っている経営者。退職者の就職妨害する会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/</a><br />
【６／６】学習法は人それぞれ。人生の設計を考えないと、男女とも「資格は取れても美貌は消える」ことになりかねない。<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/</a></span></span>]]>
    </description>
    <category>職場と資格</category>
    <link>https://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/</link>
    <pubDate>Thu, 07 Jun 2018 10:12:37 GMT</pubDate>
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    <title>上役がとってくれという資格を取得するべきか【３／６】本人の得意分野でもなかった資格の取得を要求して取らすだけの経営者の会社</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="font-size: large;">［第１６回］<br />
　　　<span style="color: #0000ff;"><strong>その資格を取得することが難しいか易しいか、その資格が難関かどうかというのは、誰もにとって同じではない。</strong></span> 中部大学の武田邦彦教授がブログで、大学というものは成績をつける必要があるのか、といったことを述べておられたことがあった。芝浦工業大学の教員をされていた時、学長の江崎玲於奈が言ったことらしい。　武田教授がブログで述べていたのは、たとえば、「速い球を投げる」という課題があって、全盛期の松坂みたいな男と一般的な男性と女性とが受講したとして、松坂みたいなやつてのは、これは最初から相当速い球を投げることができるので、何の練習もしなくても「A」の評価、一般的な男性はそれなりに練習すれば合格点、女性はどうしても球技などは体力的に劣るので相当一生懸命練習しても不合格・・・・なんて、そんな採点に意味があるのか？　と。　だから、大学は、相当一生懸命学習したい人は一生懸命やればいいし、適当に大学生活を楽しみたいという人はそれでそれでいいのではないのか・・・と。一理はあるようにも思うのだが。<br />
　　ここで、とりあげたいのは、<span style="color: #0000ff;"><strong>「松坂みたいなやつ（あくまで、全盛期の）」てのは、「速い球を投げる」という試験があったならば有利であるわけで、人それぞれ、有利なものと不利なものがあると思う</strong></span>のだ。私の場合、最終学歴として「慶應義塾大学商学部卒」と書いた履歴書を提出して（株）一条工務店に入社したが、高校を卒業する頃は、最も関心があったのは「心理学」であったが、その頃は「心理学」と「精神医学」と「心身医学」と「精神分析学」とどう違うのかもよくわかっていなかった。「精神医学」のような結論として体制に気に入らない人間を「病気」の扱いにして無効化するというようなものには関心はなかった。そうではなく、一般の人間が「完全なる機能」をして、すべての人間が「自己決定権」のもとに「自主的」に生きるために役立つことをしたいと思っていた。それから考えると、「心身医学」が近いか、もしくは、「心理学」になると「心理学者」が勝手なことやっているので、むしろ、「哲学」や「文学」「社会学」の方がまともとも思える。「心身医学」と「精神医学」の最大の違いは、「心身医学」では「患者」は「異常」と認定されていないので、「患者」に自己決定権があり、「医者」がおかしなことをする場合には「患者」がその「医者」と「医療」を拒否することができるのに対し、「精神医学」の場合は「医者」にとって気に入らない人間は「病気」で「異常」であると「診断」することが認められている為、「患者」は「医者」がどんなに「異常」なことをしても服従させられてしまう、という点であり、その点で「心身医学」の方がはるかに良心的ではるかに民主主義的であると言える・・・はずだが、最近では、「精神医学」と「心身医学」の両方の看板を掲げている「医者」がいて、それは「精神科」にかかりましょうと言えば嫌がる人間を「心身医学」「心療内科」にかかりましょうと言ってだましてつれていって「精神科」に「入院」と称して逮捕監禁するという作戦のようであり、この場合は、もはや、「心身医学」「心療内科」もまた、「精神医学」「精神科」のテカ（手下）でしかない。ともかく、私は「心理学」「精神医学」「心身医学」「精神分析学」「大脳生理学」といったものを、実状を離れてすばらしいもののように誤解していたようなところがあったのだが、そういう方面に進むのでなければ、司法試験を受けて裁判官か弁護士になりたいと思っていた、という人間だった。<br />
　　それを、何の因果か・・・というよりも、我が家は家庭内ファシズムのような家庭であって、父親は「わ～しのようなえっらいえっらいえっらいえっらい人間の言うことは、みんなが何でも、何でもみんなが言うことをきくというのが、それがみんなにとっての幸せというものやねん」と言っている男で、その結果、日本で一番嫌いな大学の首をもがれても行かされたくない学部に、暴力と脅迫で行かされてしまったのである。だから、結局、「大卒」の肩書を取得するためだけに卒業したけれども、慶應の経済学部や商学部に行きたいと思って行ったようなブタ人間とは違って、「詩人で名剣士。科学者で、しかも音楽家」というシラノ＝ドゥ＝ベルジュラックのキャッチフレーズのごとく、詩人で音楽家で、そして、理学部型思考人間であり、「商学士」としては法律科目を多く履修した人間だった。住宅建築業の会社では、小堀住研（株）で営業の仕事についたけれども、大学卒業時においては会社という所においては、人事総務の仕事をやりたいと思っていた人間で、営業の視点とともに人事総務の視点ももつ人間だった。<span style="text-decoration: underline;">もともとは、「理系人間」か「文系人間」かいうと高校入学の頃までは「理系人間」だったと思うが、大学を商学部に行って卒業したので、今さら「理系分野の仕事」につくわけにもいかないと考えていた。</span>もともとは、「考える型人間」か「覚える型人間」かというと間違いなく「考える型人間」で、「覚える」という行為に苦痛を感じる人間だったのだが、高校の時に英語の学習をする際、そんなこと言っているわけにもいかないことから、いわば、野球のスイッチヒッターが元右打者が左打を「作る」ように、語学脳を「作った」のだ。これは感覚的なものであって説明は難しいのだが、「考える」型か「覚える」型かはデジタルではなくアナログであり、私はかなり強い「考える」型であったからこういったことを考えたのだが、「考える」型か「覚える」型かどちらなのかはっきりしないタイプの人はこういったことを考えることなく人生を送る場合が少なくないと思う。語学脳を「作った」とともに、浪人を２年もしてしまったことから、英語力はついた、と思う。<strong>俗に「２浪すると、英語力がつく」と言われたのだが、これは「２浪すると、英語の成績が伸びる」という意味ではなく、「たとえ、英語の成績は横ばいであったとしても、同じものを３年続けてやるのだから、英語のような『覚える』科目は、もしも、成績が『横ばい』であったなら、それだけ、頭に定着しているはずである」というものである。</strong>私は慶應大学に入学したいと思って慶應大に入った人間ではなく、東大に落ちてしまって、嫌々、慶應に行かされた人間であるので、<span style="text-decoration: underline;">入学時点においては、なんだかんだ言っても慶應大学よりも入学難易度の高い東大を目指した人間である以上は、慶應大学の一般的な学生よりも学力はあったはずである。</span>しかし、我が家は父親が「大学は勉強する所とは違うんじゃ。甘ったれるなよ、チャンコロ！　大学は勉強する所とは違うんじゃ、チャンコロ」と言う家庭で、アルバイトばっかりさせられたので、私がアルバイトとして身体を動かすような仕事をしていた時に、英語の勉強をしたり法律の勉強をしたりした人間は、英語の検定試験に合格したり司法試験に合格したりしたのに対して、私は「肉体労働、肉体労働」と言われて、何しに大学に行ってるのやらさっぱりわからん生活を送らされたので、入学時よりも卒業時には英語力は低下したが、それでも、<strong>語学に苦手意識はなかった。</strong><br />
　　　だから、<strong><span style="color: #808000;">もしも、英語でも、フランス語でもイタリア語でもドイツ語でもロシア語でも、ヨーロッパ系の言語を１つ指定して、その言語を「３年以内にビジネスで使えるレベルまで学習してもらいたい」と言ってもらえたなら、（株）一条工務店に入社時の私なら習得できたと思う。</span><span style="color: #008080;">もしくは、法律か経済学系の資格であれば、ともかくも、大学卒業までにある程度は学んできているのであるから、これも、３年以内くらいに何何をマスターしてもらいたいとか、何何の資格を取得してもらいたいと言ってもらえたなら習得・取得できたと思う。</span></strong><br />
　　　それに対して、<strong>インテリアコーディネーターというのは、１次の学科試験はまだしも、２次に製図の試験があった。　<span style="color: #0000ff;">高校を卒業する時点では私は「文理両道型人間」「総合型人間」であったし、基本的には「理学部型人間」であって「ブンケー人間」ではなかったので、高校卒業時に建築学科に進学する道を選択していたならば、（株）一条工務店に入社してきた私立五流大学建築学科卒のにーちゃんねーちゃんよりもよっぽど優秀な成果を間違いなく出せたはずであるが、高校卒業時にその方向に進まなかったので、すでに３０を過ぎて（株）一条工務店に入社して、入社２年目、３３歳から、製図の勉強をしないといけない試験を受けるというのは、これは「きつい」という印象で、</span><span style="color: #008080;">資格をとってくれと言うのでも法律系の資格か経済学・商業学系の資格か、もしくは語学の資格を取って呉と言ってくれた方が、ほかの人にとってどうかは別として、私にとっては取得は楽であったはず・・・だが、</span></strong>それでも、営業本部長がインテリアコーディネーターをとってくれと言うのだから、この会社で、私にインテリアコーディネーターの資格を取得させて、慶應大学商学部卒の者としての経済学的思考、商業学・マーケティング的発想とインテリアコーディネーターとしての知識・技能を合わせて、商品開発か新規出店計画などの仕事を担当させようということであろうと考えて、片方で営業の仕事をこなしながら、片方で必死で努力をして合格してみせた。会社としては、会社が取ってくれと指示した資格をきっちりと取得してみせた以上は、それをそれに応じて評価するのは当然のことのはずである。・・・ところが、２００１年、栃木県南部の営業所長であった木下（男。当時、４０代前半）は「ぼくらは、インテリアコーディネーターにしても宅建主任にしてもどんなにしても通らない。それをあんたは何の努力もしていないのに簡単に通る。ずるい！」などと暴言をはいたのである。<strong>「ずるい」とは何だ、その言い草は。</strong>　私は「何の努力もしていないのに」通ったのではない。大変な努力と工夫をしてやっと通ったのである。「簡単に」など通っていない。　むしろ、木下の方こそ、「ぼくらはどんなにしても通らないのに」と言うからには何らかの努力をしたのかというと、何もしていないではないか！！！　そして、総務部長の天野雅弘が「木下の言う通りだ。おまえは、インテリアコーディネーターもキッチンスペシャリストも宅建主任も簡単に通る。ぼくらはどんなにしてもそんなものは絶対に通らない。ぼくらが通らない試験をあんたが通るというのはずるい！　不公平だ。だいたい、何が気に入らんというて、おまえが慶應大学を出ているというのが、それが何より気に食わんのじゃ、この野郎！　普通はそう考えるものだ。そう考えるのが常識だ。この野郎！」とそう言ったのだ。何が「この野郎」だ、「この野郎」というのはこちらが言う文句だ。「常識」か、そんなものが？？？　だいたい、「おまえは簡単に通る」などと言うが、私は決して「簡単に」など通っていない。相当の努力と工夫をしてやっと通ったのである。<strong>よくも、そういう勝手なことを言ってくれる</strong>と思う。それよりも、<span style="color: #008080;"><strong>営業本部長がとってくれと言うからインテリアコーディネーターは取ったのであり、営業本部長がそう言わなければ、もしも、何か資格を取得するとしても、インテリアコーディネーターではなく他の資格を取得したと思うのだ。</strong></span><br />
　　　野村克也が阪神タイガースの監督になった時、新庄選手は大変、肩が強く、外野からの返球がすばらしく、無死か１死で３塁にランナーがいた時に外野フライを打たれた時でも、他の外野手なら３塁ランナーがホームにかえるところを、捕球したのが新庄であると、ランナーは本塁に向かわずに３塁でとどまるという場面が何度もあったが、野村は、新庄は生まれ持って大変いい肩をしており、性格も投手向きの性格であり、新庄に今までに投手をやったことはないのか尋ねたところ、高校の時にリリーフで短いイニング投げたことがあるという答えだったが、もしも、せめて、プロに入団時に自分が監督であったなら、投手としてやった方が成功しただろう・・・けれども、すでに、外野手として何年もプロでやってきて、今さら投手に変わるというわけにもいかないので、投手に変われというわけにもいかず、外野手を続けた・・・らしい。　<strong><span style="color: #993366;">私の場合も、高校生の時か、せめて、高校を卒業する頃に、建築学科か土木学科を目指す方向に行っていたならば、もともとは「理系人間」か「ブンケー人間」かというと間違いなく「理系人間」であったと思うし、その方が成功したのではないかと思うが、いかんせん、（株）一条工務店に入社した時点で３０を過ぎていたので、今さら、製図の試験がある資格試験を受けて取得するというのは、実際問題としてきついなあ～あ・・・というのが印象だったし</span>、</strong>そういうものは建築学科・土木学科に進んだ人にやってもらって、私のような社会科学系学部卒で語学も苦手ではないという者は、<strong>資格を取得して会社に貢献するにしても、そちらの方面の資格を取得するようにして会社に貢献するようにした方がいいと思ったのだが、（株）一条工務店の営業本部長がとってくれというので、インテリアコーディネーターの資格を取得するべく努力して、４回目の受験で合格して取得した。</strong><br />
　　　しかし、会社の上役が取得してくれと言うのであるから、だから、その資格を取得したにもかかわらず、取得してくれと私に言った営業本部長の天野隆夫に、合格しましたと話しても、「合格した？　さっすがやなあ～あ。おめでとう」と言うだけであった。　<span style="color: #ff6600;"><strong>はあ？　なんか、ひとをバカにしてんのお？？？</strong></span><br />
<br />
　　　日本ハムファイターズから米国メジャーリーグに移籍した大谷選手の「二刀流」がいいか悪いかといった議論がされたが、昔から「バッティングのいい投手」というのはいて、私が最も記憶に残っているのは、PL学園でなんとも勝負強いバッティングを見せた桑田投手が巨人に入ると投手として歩んだのだが、彼のあのPL学園時代のすばらしいバッティングを見ると、野手の道に進むのとどちらがいいのか、どちらも捨てがたいように思えた・・・が、桑田選手は投手を選んだ。　どちらを選ぶのがいいかは何とも言えなかったと思うが、おそらく、桑田選手は野手を選択してもそれなりの成果を出せたのではないか。しかし、「どちらでもできる」と「両方できる」は同じではない。<br />
　　　これと同様に、<strong><span style="color: #0000ff;">一般の会社員でも、「どちらでもできる」と「両方できる」は同じではない。</span>　<span style="color: #ff6600;">その会社の仕事で必要とされる、その会社の仕事で生かされる資格でない資格を取得するために、労力・時間を費やすというのは、それは「人生の無駄遣い」である。</span></strong><br />
&nbsp;&nbsp;　（２０１８．６．９．）<br />
<br />
　　次回、【４／６】「一流大学」卒の者があまりにも「下の会社」に行くと「かえってよくない」　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/</a><br />
<br />
<br />
☆　会社の上役が資格を取れと言う資格を取得するべきか<br />
【１／６】男性に不利なインテリアコーディネーター、認知度の低いキッチンスペシャリスト　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/14/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/14/</a><br />
【２／６】「一流大学」出身者に敵意を持つ経営者の会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/</a><br />
【３／６】本人の得意分野でもなかった資格の取得を要求して取らすだけの経営者の会社　〔今回〕<br />
【４／６】「一流大学」卒の者があまりにも「下の会社」に行くと「かえってよくない」　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/</a><br />
【５／６】「努力する姿勢があるから通る人間」を「何の努力もしないのに通る」と思っている経営者。退職者の就職妨害する会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/</a><br />
【６／６】学習法は人それぞれ。人生の設計を考えないと、男女とも「資格は取れても美貌は消える」ことになりかねない。<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/</a><br />
</span>]]>
    </description>
    <category>職場と資格</category>
    <link>https://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/</link>
    <pubDate>Thu, 07 Jun 2018 02:42:04 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>会社の上役がとってくれと言う資格を取得するべきか【２／６】「一流大学」出身者に敵意を持つ経営者の会社</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="font-size: large;">［第１５回］</span><br />
<span style="font-size: large;" size="4">　　　私が慶應大学に在学時、１９８０年代前半、テレビで「今年、国家公務員１種試験に合格して大蔵省に入省した皆さん」という番組をやっていた。たしか、５人か６人いて、そのうち、慶應大卒が１名、それ以外は東大卒で、東大卒の１名が女性で、他は男性。入省１年目、何をやっていますか・・・というと、<strong>「廊下とんび」</strong>という作業をしてもらっています、と上役が説明していました。「廊下とんび」とは書類を持って廊下をとんびのように動く作業だそうで、アナウンサーが「あなた、東大卒なのに、そんな仕事をさせられて嫌じゃないですか」と言うと、「そんなことありません」と答えていた。東大でてようがどこを出てようが、職場という所に入ると、まず、そこがどうなっているかということを本人が把握することと、その職場の人間がその人はそこにいる人なのだと認識することが必要でしょう。その期間に、書類を持って運ぶという「東大出でなくてもできるであろう仕事」をしてもらって、本人が職場になれて、周囲の先住従業員も、この人はここにいる人なのだと認識するようになって、より大事な業務についてもらう、ということだと思います。<br />
　　　末広厳太郎『法学入門』（日本評論社）では、「法律はパンのための学問」と言われるけれども、大学の法学部を卒業後、裁判官・検察官・弁護士や大学の法学部の教授・助教授といった法律そのものを仕事とする職業ではない一般の会社員や公務員に就職した場合、それは本当に役立つのか、どのように役立つのか・・・というと、（１）それは役に立つ、かつ、（２）大学で学んだことなんて忘れた頃になって役に立つ・・といったことが言われる。大学で学んだことなんて忘れた頃になって役に立つとはどういうことなのか、というと、法学部で学んでいることというのは、それぞれの法律の解釈であるが、法律の条文は改正になることもあり、判例は新しい判例が出ることもあるのだが、法律そのものを仕事とする<br />
職業ではなく会社員や公務員として就職した場合に、法学部で学んだことが役に立つというのは、それは「法学的の考え方」であり、「法学的の考え方」が職場において役に立つのである、といったことが書かれている。法学部に限らず、経済学部・商学部・経営学部で学んだものについても、それ以外についても、会社という所に就職した場合においては、それぞれの分野の考え方を大学卒業までに学び、それを実際に適用するには、職場においてある程度の間、そこで一線の仕事を経験する必要があるのではないか。<br />
　　　最近では、電鉄会社の改札口は自動改札が普通になったが、いつから自動改札になったかは記憶がはっきりしないが私が高校生くらいまでは駅員が改札口に立っていたように思う。電鉄会社では、旧帝大系国立大学や早慶卒の人間を採用しても、最初は<strong>「車掌」</strong>や<strong>「切符切り」</strong>をさせるという話はけっこう有名だった。「一流大学卒」だからといって一線の仕事をまったく知らない人間に昇進されてはたまらんということもあるでしょうけれども、まず、学校という所での努力・学問の上での能力と職場での仕事の能力とは性質が違う面もあり、それらの「垢落とし」のようなところもあったかもしれません。<br />
　　私は、戸建住宅建築業の会社に就職し、最初は営業の仕事につくことは、東大卒で大蔵省に入った人が１年目に「廊下とんび」をするのはおかしくもなんともないことで、旧帝大系国立大学や早慶卒で電鉄会社に入ったり人間が入社１年目に「切符切り」や「車掌」をやるのも悪くないのと<br />
同様に、最初、一線の営業の仕事をして悪いとは思いませんでした。（株）一条工務店では、入社してすぐの時期に営業本部長から「いやあ。〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。うちの会社に慶應大学卒の人間が来てくれるのかと思った」と言われたので、そんなに喜んでもらえるのなら、ここの会社で貢献して悪くないのではないか・・・と思い、そして、「他の人と違って、いろいろな場所を経験してもらおうと思いまして」ということで、福島県いわき市の営業所に転勤して勤務した時も、求人広告には「転勤はありません」と記載していたことから考えると、慶應大学商学部卒と書いた履歴書を提出して入社した以上は「転勤はありません」というのは通じないとは認識していたけれども、それにしても２年目に居住地の変更を必要とする転勤を求めるというのは早いようにも思ったが、地域限定社員として入社した人と違って、実際に県民性が異なり、ニーズの異なる地域を経験するのは、会社全体を把握して運営する業務につく者としては、できるだけ早い時期に異なる地域を知っていた方がいいというのは間違いないことであるからと思って承諾して転勤したし、それが悪いとも思わなかった。しかし、入社７年目に、栃木県佐野市の営業所に転勤してくれと言われて移った時には、<span style="color: #ff6600;"><strong>この会社は、いったい、いつまで私に一線の営業の仕事をさせるつもりなんだ？！？　いったい、いつまで私に「廊下とんび」か「切符切り」をさせるのだ？！？</strong></span>　と疑問を感じた。<br />
　　　しかも、展示場のリーダーとして転勤という話のはずだったって、が、行ってみるとそうではなかった。<strong>バカにしてるのじゃないかと考えるしかない転勤だった。</strong><br />
　　　インテリアコーディネーターという資格は、取得までの労力・時間はけっこう必要とする資格である。一般に、難関と言われる資格としては、旧型司法試験・公認会計士試験、それに次ぐのが税理士試験。建築関係では一級建築士が難しいと言われたりもするが、その場合、難しいというのは、旧型司法試験とか公認会計士試験の場合は、ともかく４年制大学であれば、教養課程（２年）を修了すれば１次免除で２次から受けられたのに対して、建築士の場合は建築学科卒でなければ、他の学部なら４年制大学を卒業していても「学歴なし」の評価になり、「実務経験」７年を要して二級建築士の受験資格を得て、二級建築士に合格してからさらに「実務経験」２年を必要として、そこからやっと、一級建築士の受験資格を得られるというもので、４年制大学の建築学科卒なら、「実務経験」なしで二級建築士を受けることができて、二級建築士に通らなくても「実務経験」２年で一級建築士を受けることができるできる、という制度のために、建築学科卒でない者は受けにくい・取得しにくい資格になっているためで、又、試験内容が一級建築士の場合は「理工学部系の建築学科」（「芸術学部・美術学部系の建築学科」ではなく）でやっている内容と近いため、他学部卒の者には難しいということで、建築学科卒の人間にとって難しいという意味ではない。旧型司法試験や公認会計士試験は難関とはいっても、いったん、合格して弁護士なり公認会計士なりになると、特に高給かどうかはさておき、「食べていける可能性が高い資格」であるのに対して、インテリアコーディネーターというのは、取得するための労力・時間はけっこう必要とするけれども、取ったからといってそれで食べていけるというほどの資格ではない。「取ったからといってそれで食べていけるというほどの資格ではない」とともに、だからといって、「簡単に通る資格ではない」ので、<strong>簡単に通るものではなく、かつ、取ったからといってそれで食べていけるというものでもないという「中程度の難易度の資格」というのは、それが職場で生きるのであれば、それを職場が評価するのであれば、取得すればいいけれども、そうでないのなら、結果として、「努力・労力と時間の無駄遣い」「人生の無駄遣い」ということになる。</strong><br />
<br />
　　　その資格を取得するための努力・労力とその資格を取得したことによるメリットを比較考量して考えた時、実際問題として、インテリアコーディネーターという資格は、「男性」・「社会科学系学部卒」という条件の者にとっては、あまり有利な資格ではない。<br />
　　　かつては、看護婦さんというのは「女性の資格」だった。男性では「看護士」という資格があって、これは「精神病院」くらいしか勤め先はなかった。「身体病院」（要するに、一般の「病院」）では、「看護婦」はいても「看護士」はいなかった。それが、最近は男性も女性も「看護師」という資格名になり、「身体病院」でも男性の「看護師」が勤務するようになった。おばあさんには、男性の方が人気がある場合もあるらしい。（内田康夫が、「看護婦」という言葉の方が優しい印象があり、「看護師」という言葉は、戦中の軍隊の看護兵を思わせる冷たい印象があると書いていたが、私は看護兵というものを知らないが、同様の印象を受けており、「看護師」という言葉はあまりいい言葉ではないと思っているが。）　インテリアコーディネーターは、その資格試験ができた時から、男性でも女性でも受けることができて、男性でも女性でも取得することができる資格であったが、実際問題として、その資格を取得して職業にありつこうと考えた時、女性の場合はプラスになっても男性にはあまりプラスにならない資格である。「看護師」は資格の名称であるとともに、職種の名称でもあるが、　<strong><span style="color: #008080;">「インテリアコーディネーター」というのは能力認定資格の名称であって、この資格を持っている人はこういう試験に合格した人なので、このくらいの知識・技術・能力があるでしょうというものであって、職種名ではない</span>のですが、<span style="color: #3366ff;">ハウスメーカーなどでは、「色合わせ」「仕様打合せ」を担当する女性の職種名に「インテリアコーディネーター」と称していることがあり、そういう仕事をする人が「インテリアコーディネーター」なのだと思っている人がいます。</span></strong>そうなると、その職種は「女性の仕事」となっており、職安の求人票などで「職種」という欄に「インテリアコーディネーター」と記載されている求人に男性が応募しようとしても、まず、採用されない。「二級建築士」「一級建築士」というのはこれは資格名であって職種名ではないのですが、求人票の「職種」という欄に「二級建築士もしくは一級建築士」と記載されている場合は、「二級建築士か一級建築士の資格を持っている人を採用したい」という意味で、入社後に設計で使うか工事管理で使うかは会社の判断とさせてほしいという意味である場合が多いと思うのですが、　<strong><span style="color: #800080;">「職種」として「インテリアコーディネーター」と書かれている場合は、「インテリアコーディネーターの資格保持者程度の知識・技術を持つ人を採用したい」ということではなく、「色合わせ」「仕様打合せ」の担当者としてインテリアコーディネーターの資格を持っている女性を採用したいという意味である場合が多い。</span>だから、<span style="color: #008000;">「職種」の欄に「インテリアコーディネーター」と書かれているものに男性が応募しても、まず、採用されないか、もしくは、「インテリアコーディネーターのほかにも、当社には男性の仕事もありますから」と営業とか工事管理とかの職種での採用を検討されて採用されたり不採用にされたり・・ということになる</span></strong>ようです。<span style="color: #ff0000;"><strong>「インテリアコーディネーター」は現実に看護婦さんよりはるかに「女性の資格」になってしまっている傾向があります。</strong></span><br />
　　　男性でも、建築学科卒の人で一級建築士か二級建築士の資格を持っている人がインテリアコーディネーターも取得したという場合は、プラスアルファの評価、何割か増しのプラスの評価を得られるのではないかと思う。それに対して、社会科学系学部卒の人間が取得しても、どうも、評価が低い。法学部卒とインテリアコーディネーターを組み合わせてもあまり意味はないかもしれないが、経済学部・商学部・経営学部とインテリアコーディネーターを組み合わせた場合、これは住宅・建築・インテリア関係の会社の運営に携わる者には必要なもので有益なもののはずだと私は思うのだが、実は、戸建住宅建築業の業界というのは、小堀住研（株）に入社直後の新卒社員研修で副社長のKさんが<strong>「戸建住宅の建築業界というのは、市場は成熟している、会社は未成熟、という業界」</strong>と話をされたのだが、「市場は成熟している」というのは需要も安定していて特に大きく伸びるということはない、供給の方もすでに戸建住宅建築業の会社は需要をまかなう量の会社が存在しているという意味で、　<span style="color: #0000ff;"><strong>「会社は未成熟」というのは、どの会社がということではなく、全体として「未成熟」な会社が多い業界だ、ということ</strong></span>のようだった。<span style="color: #0000ff;"><strong>かつ、「未成熟」な会社は１０年経ったら、あるいは２０年経ったら、１０年分・２０年分、成熟するかというと、なかなか成熟しない</strong></span>ようなのだ。だから、<span style="color: #008080;"><strong>「未成熟な会社」な会社に勤めた場合、「経済学部・商学部・経営学部＋インテリアコーディネーター（＋キッチンスペシャリスト）」は貴重なはず・・・と思っても、経営者にそういう認識を持てる人間がいない可能性がある</strong></span>のだ。森川英正『日本経営史』（日経文庫）によると、日本の企業では、江戸時代の商店でも、「番頭さん」としてオーナーの血縁でない者に比較的重要な仕事をまかせるという伝統はあったが、明治中期以降において「学卒者」を重用するようになったのは、それとは別のもので、かつ、<span style="color: #000080;"><strong>日本の企業が「学卒」者を登用するようになったのは、最初は理工学部系卒の人間が採用され、社会科学系学部卒の者が重用されるようになるのは、理工学部系卒の人間が重用されるよりも後であった、</strong></span>というのですが、<strong><span style="color: #339966;">経済史・産業史的視点で見た時、その国のすべての企業が同時に変化していくわけではなく、片方で２１世紀の資本制経済の企業があるとともに、他方においては「いまだに江戸時代」の会社もまたあるわけです。</span><span style="color: #800080;">戸建住宅建築業の業界というものは「会社は未成熟」な業界であるということは、「いまだに江戸時代以前」という会社がけっこうある！　という業界だった</span></strong>のです。ということは、小堀住研（株）でも「理工系の会社」「技術系の会社」などとキャッチフレーズみたいに言っていたけれども、それは別の見方をすると、「社会科学系学部卒の人間を十分に生かせていない会社」だったのかもしれないわけです。小堀住研（株）はそれでもともかく、「小堀住研は大卒しかとらない会社なんです」と言いまくっていた会社でしたし、研修では「ミサワあたりの営業は高卒が多いのですが、小堀住研の営業は大卒の営業で、ミサワあたりの会社とは小堀住研とでは営業という職種の社会的位置づけが違います」と言っていた会社だったのですが、（株）一条工務店は営業本部長の天野隆夫が「営業はアタマのないやつがええんや、アタマのないやつが。ぼくなんかも学校でてない（最終学歴：中卒）だから、だから、気さくで人間味があって人に好かれるんや。お客さんにだって、頭をモヒカン刈りにしてるヤツとか、暴走族みたいなクルマに乗ってるヤツとか、女の子のスカートめくりにいくヤツとか、そういうのんがお客さんに好かれるんや、そういうのんが。そういうのんが営業にはええんや、営業には。そう思うやろ」とそう発言する会社で、「こういうのんが営業本部長やってるんだ。こういうのんが。こういうのんが営業本部長やってる会社なんだ、この会社は」と思わされるそういう会社だった( 一一)　・・・（もっとも、そう思っていたのは営業本部長の天野隆夫が自分で思っていたのであって、同社で栃木県の従業員の中で最も古くから在籍していた〔ということは、その時点で在籍１０年目だった私よりもまだ１０年ほど前から在籍していた〕某さんに天野隆夫のその発言を話したところ、「はあ～あ？　いったい、誰がそんなおかしなこと言ってるんだ、誰があ？　天野部長のいったいどこが、気さくなんだ、どこがあ？　あの人のいったいどこが人間味があるんだ、どこがあ？　あの人がだ～れに好かれてるんだ、誰にい？　いったい、どこのだ～れがそんなアホなこと言うんだが、誰があ！？！？！」と言うのだった。誰が「そんなアホなこと」言っていたかというと、御本人である。御本人以外に「そんなアホなこと」言っていた人間は、いない。）　　<br />
　　　私は、（株）一条工務店で、営業本部長の天野隆夫がインテリアコーディネーターを取得してくれと言うので、当然、慶應大学商学部卒の者がもつ経済学的思考、商業学・マーケティング的発想とインテリアコーディネーター資格者としての知識・能力を合わせて、商品開発や新規出店計画の担当の仕事などをさせようということであろうと考えたし、普通はそう考えるものだと思うし、そうでなかったなら、慶應大学卒の人間を簡単に採用できない会社が採用した意味がなくなるし、インテリアコーディネーターの資格を取ってくれと言った意味もないことになるはずである。<br />
　　　また、一線の営業の仕事を多少は経験した方がいいとは思うが、しかし、私が栃木県佐野市の営業所に転勤した時点で、私は３０代の後半であり、<strong>これ以上、いつまでも一線の営業の仕事をしていたのでは、何のために（株）一条工務店に入社したのかわからない、（株）一条工務店では「慶應大学くらいの大学卒の人間を採用しにくい会社」が慶應大学商学部卒の人間を採用した以上はそれをそういう人間として生かさないといけないはずであるのに、塩漬け・氷漬けにしたような状態、冷や飯くわせた状態にしたのでは、なぜ、採用したのかわからないことにもなります。</strong>この会社の経営者はいったい何を考えてるのか？！？　と思いました。<br />
<br />
　　（<strong>株）一条工務店という会社は、<span style="color: #ff0000; font-size: x-large;">「トップの学歴コンプレックスが甚だしい会社」</span>と言われてきました。</strong>最初、勤めた時にはわからなかったのですが、なにしろ、１１年以上も在籍しましたから、その上で考えると、そうかもしれない・・・というより、まあ、そうだと考えるしかない会社でしょう。<br />
　　もうひとつ、<span style="color: #ff6600;"><strong>　<span style="font-size: x-large;">「同業他社に在籍したことがある人間に対して敵意をもっている会社」</span></strong></span>という性質もあります。<span style="color: #0000ff;"><strong>「同業他社に在籍したことがある人間」といっても、今は「（株）一条工務店の人間」であって「同業他社の人間」ではないのですから、そのあたりは認識できないとおかしいはずなのですが、</strong></span>ある本で読んだ話では、刑務所では入所者に序列があって、最も上はヤクザだそうで、最も下は「ヤクザでないくせにヤクザを称する者」と元警察官だそうだ。（株）一条工務店で三重県の営業所から転勤で来た人から聞いた話だが、三重県の営業所に元警察官が入社してきたそうで、そうなると、営業所の人間がよってたかって「この野郎、思いしれえ！」といじめまくった・・・というのですが、どうも、（株）一条工務店という会社は、「同業他社に在籍したことがある人間」に対して、元警察官に<strong>「思いしれえ！」</strong>といじめまくったというのと似た対応をする会社、それも、元警察官に「思いしれえ！」といじめまくったというのは、あくまで、そういうことをした人がいたということで、「１人ではなく何人かでやったとしても、会社としてやったわけではない」のに対して、同業他社に在籍したことがある人間に対しては、「会社として」攻撃する傾向がある会社のようでした。<span style="color: #0000ff;"><strong>たとえ、「同業他社にいたことがある人間」でも「今は（株）一条工務店の人間」だというあたりまえのことを認識できない知能程度の人が多い会社</strong></span>だったようです。ひとつには、（株）一条工務店という会社は「研修」と称してウソを吹き込むことが少なくない会社だったので、同業他社にいたことがある人間は同業他社に在籍した時期に学んだものと照らし合わせて考えた時に、（株）一条工務店が教えているウソを見破ることができるため、それが「むかつく」ということがあったようですが、しかし、「ウソを見破ることができる人間」と「ウソを教える人間」・「ウソを教えるのが習癖である人間」とどちらが問題なのかというと、後者のはずなのですが、ところが、「ウソを教える人間」・「ウソを教えるのが習癖である人間」が大好きな経営者の会社だったようでした( 一一)<br />
　　　私が入社した１９９２年、（株）一条工務店は、「東大出のプロゴルファー志望」という男と、「東大出の弁護士志望」という男を、実際には仕事をしていないにもかかわらず、従業員の扱いにして給料をくれてやる、というアホなことをしていました。　</span><span size="4"><span style="color: #ff6600; font-size: x-large;"><strong><span style="font-size: large;">一般に、「異様な東大崇拝」というのは、実は「学歴コンプレックスの裏返し」である場合がけっこうあります。</span></strong></span></span><span size="4"></span><span style="font-size: large;" size="4">　<span style="color: #0000ff;"><strong>学識者の能力をいかそうということであるのなら、東大出身者を採用してもいいけれども、同時に、東大以外の旧帝大系国立大学出身者や早慶出身者などをもっと生かすように考えるべきです。　</strong></span>　<strong>むしろ、</strong></span><span style="font-size: large;"><span size="4"></span><span size="4"></span><span size="4"></span><span size="4">「東大出のプロゴルファー志望」という義なんとかくんなんてのは、たしか、工学部卒で、工学部といっても（株）一条工務店と関係のある建築学科とか土木学科とかではなく、何の関係もない学科であったはずで、たとえ、東大出でも、その会社の業務と関係のない学科卒であり、その会社で働いてやってこうという気持ちがないような人を従業員扱いして給料をくれてやっても、意味はないはずなのです。むしろ、<strong>義なんとか くんは「保険をかけたようなもの」などと傲慢な発言をしていましたが、そのあたりの口のきき方は、一般従業員の気持ちを逆なでするもの</strong>でした。義なんとかくんにしても、「プロゴルファー志望」をやめた時、そんな会社に就職するよりも、その時点で自分を評価してくれる会社を捜した方が本人のためと思われます。<span style="text-decoration: underline;">義なんとか くんは、東大ゴルフ部の主将だったらしいが、東大にいると義なんとか くんはゴルフは人より優秀で「東大出の」の部分は並みかもしれないが、「ゴルファー」「ゴルファー志望」の中に入ると義なんとか くんは、特別に優秀でもないことになるわけで、それまでの自分の人生で「東大出の」の方に尽力してきた部分とゴルフに尽力してきた部分のどちらがより大きいのか、もしも、どちらか捨てないといけないということになったなら、捨てることができないのはどちらなのか、ということを考えてみるべきです</span>・・・が、東大でたわりには彼はあんまり賢くなかったのか、ずいぶんと長いこと「東大出のプロゴルファー志望」をやって、その後、「（株）一条工務店の従業員」になったようですが、もっと、本来の方向に進んだ方がいいと私が兄なら言ってやりたいところでした。　<span style="text-decoration: underline;">昔から「東大は役人養成所」と言って、「役人になるのならいいけれども、そうでないのなら・・・」なんて言われるカラーがあり、大学によってそれぞれに傾向があるので、むしろ、東大だからといってそういうアホなことを考えるよりも、自分の所の会社にはどういう人が必要なのかということを、もっと、真剣に考えるべきです。</span><br />
　　<strong>「東大出の弁護士志望」なんて世の中には掃いて捨てるほどいます。</strong>むしろ、「弁護士の頼み方」とかいう類の本を読むと、「東大法学部卒の弁護士にはろくなのいない」なんて書いてあるものがあったりもします。そんなものを、「大志をいだく若者を応援する」だのとあほくさいことを言っているというのが、理解に苦しむものでした。<span style="color: #800080;"><strong>結局、「うちの会社にも東大出の人間いるんですよお」と高卒の人がアピールして営業するように・・・ということで、「東大出のプロゴルファー志望」だの「東大出の弁護士志望」だのというあほくさいのを従業員扱いして給料をくれてやっていた、ということでしょう。まったく、つくづく、</strong><strong>あ</strong><strong>ほくさい限り</strong><strong>です。<br />
</strong><span style="color: #000000;" color="#000000">　　（２０１８．６．９．）</span><br />
<br />
<strong>　　</strong><span style="color: #000000;">次回、</span><span style="color: #000000;" color="#000000">【３／６】本人の得意分野でもなかった資格の取得を要求して取らすだけの経営者の会社　</span><a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/</a><br />
<br />
<span style="color: #000000;"><br />
&nbsp;☆　会社の上役が資格を取れと言う資格を取得するべきか<br />
【１／６】男性に不利なインテリアコーディネーター、認知度の低いキッチンスペシャリスト　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/14/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/14/</a><br />
【２／６】「一流大学」出身者に敵意を持つ経営者の会社　〔今回〕<br />
【３／６】本人の得意分野でもなかった資格の取得を要求して取らすだけの経営者の会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/</a><br />
【４／６】「一流大学」卒の者があまりにも「下の会社」に行くと「かえってよくない」　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/</a><br />
【５／６】「努力する姿勢があるから通る人間」を「何の努力もしないのに通る」と思っている経営者。退職者の就職妨害する会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/</a><br />
【６／６】学習法は人それぞれ。人生の設計を考えないと、男女とも「資格は取れても美貌は消える」ことになりかねない。<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/</a><br />
</span></span></span></span>]]>
    </description>
    <category>職場と資格</category>
    <link>https://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/</link>
    <pubDate>Thu, 07 Jun 2018 01:41:29 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>会社の上役が資格を取れと求めたものに応じるべきか　【１／６】男性に不利なインテリアコーディネーター、認知度の低いキッチンスペシャリスト</title>
    <description>
    <![CDATA[<span style="color: #000000; font-size: large;">［第１４回］<br />
　　２００３年、雇用能力開発機構（現　高齢・障害・求職者支援機構）の就職コンサルタントが実施していた、求職者相談というもので、雇用能力開発機構（ポリテクセンター千葉）の「就職コンサルタント」（男。当時、５０代？）が、「インテリアコーディネーターだのキッチンスペシャリストだの宅建主任（宅地建物取引主任者。現　宅地建物取引士）なんて、誰でも受けさえすれば通る資格だ。誰でも、受験番号と名前さえ書けば、まちがいなく絶対に通るう～う」と発言したので、「そんなことないですよ」と私は言ったのだが、彼は「い～や。誰でも間違いなく絶対に通る。受験番号と名前さえ書けば誰でも絶対に通る資格だ。いいですか。私はあなたのためを思って言ってるんですからねえ」とおっしゃったのだ・・・が、「あなたのためを思って言って」くださるのはけっこうなのですが、インテリアコーディネーターにしてもキッチンスペシャリストにしても宅地建物取引主任者（現　宅地建物取引士）にしても、決して、「誰でも通る」試験ではないし、「受験番号と名前さえ書けば間違いなく通る」試験でもない。<br />
　　私自身の受験歴を述べても、<br />
●　宅地建物取引主任者（現　宅地建物取引士）<br />
１９８９年　不合格<br />
１９９０年　（未受験）<br />
１９９１年　（未受験）<br />
１９９２年　合格<br />
<br />
●　インテリアコーディネーター<br />
１９９３年　１次（学科）　不合格<br />
１９９４年　１次　不合格<br />
１９９５年　１次　合格　　２次（製図・論文）　不合格<br />
１９９６年　１次　免除　　２次　合格<br />
<br />
●　キッチンスペシャリスト<br />
１９９４年　不合格<br />
１９９５年　学科 合格、　製図 不合格<br />
１９９６年　学科 免除、　製図 不合格<br />
１９９７年　学科 免除、　製図 不合格<br />
１９９８年　学科 免除、　製図 不合格<br />
１９９９年　学科 合格、　製図 不合格<br />
２０００年　学科 免除、　製図 不合格<br />
２００１年　学科 免除、　製図 合格<br />
<br />
・・・と何度も落ちて、やっと通ったのだ。キッチンスペシャリストに合格まで長くかかったのは、最初、インテリアコーディネーターと同時に受験してインテリアコーディネーターの方を優先して学習していたからということもあるが、その分を差し引いたとしても、<span style="color: #339966;"><strong>もしも、雇用能力開発機構（現　高齢・障害・求職者支援機構）の「就職コンサルタント」が言うように「誰でも受けさえすれば通る」「ともかく、受験番号と名前さえ書けば誰でも間違いなく絶対に通る」という試験なら、私も１回目で間違いなく通ったはずだが、いずれも、何回か落ちている。</strong></span><br />
<br />
　　片方で、（株）一条工務店の栃木県南部営業所長であった木下（男、当時、４０代）と総務部長の天野雅弘（男、当時、５０代？）は、「あんたは、インテリアコーディネーターにしても、キッチンスペシャリストにしても、宅建主任にしても、何の努力もしてないのに簡単に通る。ずるい」などと言われのだが、こんなにむかつく発言はない。　特に、インテリアコーディネーターは（株）一条工務店の営業本部長の天野隆夫がとってくれと言うから、会社の上役がとってくれと言うものは何としても取得しなければならないと思って、片方で営業の仕事をこなしながら、大変な思いをして、大変な努力と工夫をしてやっと通ったのである。それを、営業所長とか総務部長とかいった立場の人間が、「ずるい」とは何事か！　私は裏口で合格したのではない。<br />
　　裏口で合格したとか、別ルートで合格したとかいう人間なら、「ずるい！」と言ってやるべきだと思う。<strong>橋下徹の縁故だとして教員資格も持たないのに、大阪府立和泉高校の「校長」になった中原徹とかいうやつなんて、ああいうのは「ずるい！」と大いに言ってやるべきだと思う。</strong>又、私は「検事」と「検察官」てのは同じ意味だと思っていたのだが、実は「検察官」には司法試験に合格してその仕事についている「検事」と、司法試験に合格していないのに、なじかは知ららねど「検察官」になっている「副検事」なんてのがいるのである。<strong>「副検事」てのは、その検察庁で上から２番目の役職の検事のことではなく、司法試験に合格していないのに、「検事」の資格を持っていないのに「検察官」やってるやつ、いわば、「ずる」というのか「裏口入学」みたいなやつのことなのである。こういうやつには、「ずるい！」と大いに言ってやるべきである・・・</strong>が、<span style="color: #0000ff;"><strong>私は、インテリアコーディネーターもキッチンスペシャリストも宅地建物取引主任者（現　宅地建物取引士）も、裏口で通ったのではない。大変な努力と工夫により正規の試験を受けて合格したのである。「ずるい」などと言われる筋合いはない！</strong></span><br />
　　　むしろ、インテリアコーディネーターにしても、キッチンスペシャリストにしても、それなりの内容の資格試験（能力認定試験）であるにもかかわらず、どうも、建築業界においては、一級建築士・二級建築士に比べて評価が低い。<span style="color: #993366;"><strong>たいしたことない「いっきゅうけんちくしい」とか二級建築士でも、なんだか、「建築士さま」みたいに扱いたがる人というのがいるが、世間一般には「変な人」というのも多かれ少なかれいるのはしかたないとしても、建築業の経営者にそういう人が少なからずいるというそちらの方こそ、「ずるい！」と言いたいところである。</strong></span><br />
　　　さらに。「雇用能力開発機構」・「高齢・障害・求職者支援機構」というのは、《　厚生労働省所管の独立行政法人である。》（《ウィキペディア－高齢・障害・求職者支援機構》<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BD%A2%E3%83%BB%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%83%BB%E6%B1%82%E8%81%B7%E8%80%85%E9%9B%87%E7%94%A8%E6%94%AF%E6%8F%B4%E6%A9%9F%E6%A7%8B">https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BD%A2%E3%83%BB%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%83%BB%E6%B1%82%E8%81%B7%E8%80%85%E9%9B%87%E7%94%A8%E6%94%AF%E6%8F%B4%E6%A9%9F%E6%A7%8B</a>　）ということで、「独立行政法人」て何なんだ❓　というと、《日本の行政機関である省庁から独立した法人組織であって、かつ行政の一端を担い公共の見地から事務や国家の事業を実施し、国民の生活の安定と社会および経済の健全な発展に役立つもの。省庁から独立していると言っても、主務官庁が独立行政法人の中長期計画策定や業務運営チェックに携わる。国立大学法人となった国立大学も広義の独立行政法人とみなされる。1990年代後半の橋本龍太郎内閣の行政改革の一環で設立された。》（《ウィキペディア－独立行政法人》&nbsp;<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E8%A1%8C%E6%94%BF%E6%B3%95%E4%BA%BA">https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E8%A1%8C%E6%94%BF%E6%B3%95%E4%BA%BA</a>　）というもので、行政機関そのものではないが、それに準ずるような組織のようだ。　そういう機関の「就職コンサルタント」が&uarr;のようないいかげんなことを「就職相談」だと称して言ってもらったのでは、国民として困る。その「就職コンサルタント」のおっさんは、「私は石原都知事の知り合いなのだけれども」と訊かれもしないのに言っていたが、<span style="text-decoration: underline;">むしろ、雇用能力開発機構（&rarr;高齢・障害・求職者支援機構）の「就職コンサルタント」の方こそ、「石原慎太郎の知りたい」なら「誰でも間違いなくなれる」のではないのか。</span>もっとも、私が、もしも、政治家の知り合いでもいて、そのつてで何らかの仕事にありついたなら、初対面の相手に訊かれもしないのに「私は◇◇の知り合いなんだけれども」などと言ったりはしない。それを、べらべらとそんなこと言っているようでは、たいした知り合いでもないのかもしれないし、何より、私にもその政治家が口きいてくれていい仕事を紹介してくれるとでもいうのなら話は別だが（「やっぱり、長い物には巻かれろ。札束には切られろよお～お」と、昔、『ガキでか』て漫画で「こまわり」が言うておった）、そうでないなら、そんなしょーもないおっさんの「就職相談」に時間を費やすのは愚かであろう。その後、雇用能力開発機構（&rarr;高齢・障害・求職者支援機構）のポリテクセンター千葉<a href="http://www3.jeed.or.jp/chiba/poly/">http://www3.jeed.or.jp/chiba/poly/</a>　の建築CAD科の講習を受講させてもらったのだが、それはきっちりとしたものだったと思ったが、その際も、「就職相談室」と「就職コンサルタント」については受講生の間での評判はあまりよくなかった。一緒に受講していた人が、ポリテクセンター千葉の就職相談室にその人の希望する内容の職種の募集があるということで行った時に一緒に行ったことがあったのだが、その際、<strong>募集している側の考えている年齢よりその人は少し上だったのだが、それなら、とりあえず、応募したいという人に「どうしますか。相手はもう少し若い人を希望していますが、『私は、少々、年齢が上ですが、御社でぜひとも貢献させていただきたいと思います。一度、お会いしていただけないでしょうか』とアピールしてみますか」とでも言って、本人にアピールさせてみるべきではないかと私は思ったのだが、ところが、その「就職コンサルタント」はどうしたかというと、「ちょっと、訊いてみます」と言って「就職コンサルタント」が電話を入れて、「少し、年齢が上の方が応募したいと言われているのですが、いけませんか。そうですか」「だめだそうです」・・・て、それでは「子供の使い」だだろうが、「子供の使い」・・・・、アホか、こいつ！！！</strong>　て対応をしたのを目撃した。だから、どうも、雇用能力開発機構&rarr;高齢・障害・求職者支援機構のポリテクセンター千葉の講習は悪くないのだけれども、「就職コンサルタント」の方は、なんだかいまひとつ・・・て人がいたように思います。誰もがそうということではないのかもしれませんけれども。<br />
<br />
　　私は、２０代で新卒入社したのは、戸建住宅建築請負業の小堀住研(株)〔&rarr;エスバイエル(株)&rarr;(株)ヤマダエスバイエルホーム<a href="http://www.sxl.co.jp/">http://www.sxl.co.jp/</a>　〕だったが、入社直後の本社の研修では、「技術系で入社した人は、一級建築士・二級建築士の資格を取るようにしてください。営業系で入社した人は、宅地建物取引主任者の資格を取るようにしてください」と言われ、又、応募した際、面接で会った人間からも「うちに入社した時は、宅地建物取引主任者の資格をとってもらうといいです」と言われ、それで、宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）の資格の取得を考えて、１９８９年に受けたが落ちて、１９９２年に合格した。<br />
　　　私は、その時点で、その業界で勤めていくのに評価される資格（主として、国家資格）を、「実際にその資格試験の学習をしてみて、もし、簡単に取れるようなら２つか３つ」、「実際にその資格試験の学習をしてみて、取得がけっこう難しいようなら１つか２つ」、入社後５年以内に取得した上で、勤務したいと考えていた。それは、実は大学４年を２回やっていて、１回目の４年の時に採用すると言ってもらった会社に、２回目の４年の時に勤務していたのだが、その会社の経理部長をしていた人は、東大の法学部卒の人だったが、法学部卒だが税理士の資格を持つ人で、それを評価されて経理部長になっていたらしく、そのあたりを見ても、国家資格などの資格を持つということは、会社で勤務する上で有利なようだと思い、かつ、小堀住研(株)でも宅地建物取引主任者とか建築士の資格の取得を奨励している以上は、取得したいと思ったし、そもそも、<span style="text-decoration: underline;">大学に入学するまでに２浪もしてしまったが、逆にその過程で試験勉強のしかたも学んだところがある</span>ので、そういった経験のない人間よりも資格試験の学習だってできるはずであり、自分の能力で生かせることができるものはすべて生かしたいと考えたからであり、「入社後５年以内に」というのは、それは、<strong>資格というものは取得すること自体に意味があるのではなく、取得したものを仕事に生かしてこそ価値があるのであって、一生、資格の蒐集を趣味みたいに生きてもあまり意味はない、と考えた</strong>からである。<br />
<br />
　　１９９２年、(株)一条工務店　に入社１年目に、宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）の試験に合格した。もう１つくらい、住宅・建築関係の資格を取得してもいいかとも考えたが、建築士の場合は、「受験資格」というものがあって、二級建築士・木造建築士を受験するためには、４年制大学の建築学科卒だと「実務経験」なしで受験できるが、４年制大学の土木学科卒だと１年間の「実務経験」が必要で、学歴なしだと７年間の「実務経験」が必要とされた。工業高校の建築学科卒とか建築の専門学校卒とかだと、その間の年数を必要とされる。この「実務経験」というのは、設計とか工事管理の経験らしい。建築業の会社に勤務していても、総務とか人事の仕事をしていたのではだめ。職人も「実務経験」に該当しないらしい。営業はというと、「売るだけの営業」ではだめだが、<span style="color: #0000ff;"><strong>設計事務所とか小規模の工務店とかリフォーム屋とかだと、たいして人数もいるわけではなく、営業も設計も工事管理もへちまもないという場合が多く、「実務経験」になるかならないかは、名刺に何と書いてあるかではなく、実質的に、設計や工事管理の仕事をしているかどうかで判断される</strong></span>ようで、名刺に「営業」と書いてあっても営業でもあるけれども図面も書けば工事管理もするという営業ならいいし、名刺に「設計課」と書いてあっても設計課に所属して事務作業ばっかりやってるというのではだめらしい・・・が、けっこういいかげんで、実際には実務経験なんかほとんどないのと違うのか・・・みたいな人で二級建築士を取得している人が少なからずいるようだ。<br />
　　２００８年、千葉県八千代市に本社がある東海住宅(株)　の花見川店で「店長」になっていた O友ゆうこりん（仮名）のおばさん（女。当時、５０代なかば）は「二級建築士」を名乗っていたが、その割にわかってない・・という感じだったが、「オットが設計事務所やってました」としばしば言っていたので、「なんか、いかにも、怪しい」・・・て感じがした。　<strong>「オットが設計事務所やってました」なんていう人というのは、たいてい、「税金対策」で家族を実際にはちっとも仕事してないのに「従業員扱い」にして給料払ってる・・ことにしている、という人が少なくない。</strong>O友ゆうこりん（仮名）のおばさんの「オット」もそうしていたのではないか。・・・となると、それが「実務経験」になってしまうわけだ( 一一)　実際に住宅建築業の会社に勤めていても、職種が営業だと、実務経験になるかならないか、けっこう微妙だったりするのだが、<span style="color: #993366;"><strong>「オットが設計事務所」だったりすると、実際には何もやってなくても「実務経験」になって、二級建築士の受験資格ができてしまうわけだ・・・・・( 一一)</strong></span><br />
</span><span style="color: #000000;"><span style="font-size: large;"><br />
　　まず、建築確認申請の作業とかを二級建築士の資格をもっておればできるというのだけれども、持ってなくても、設計事務所に勤めている人間は、二級建築士か一級建築士の資格を持っている人間が1人でもおれば、その人間の名前を使って業務を現実にやっていると思うのだ。又、安藤忠雄は建築士の資格をもってないが「建築家」として評価されるようになった・・・なんて言われるけれども、あのおっさんは、「言うたらなんやけど」、「城東工業しかでてない人やないのお～お」て学歴の人で、なんで、そんな人が「建築家」として認められたのか、なんか、ええこね持っとったんやろか・・？　とか考えがちだが、それはどうなのか知らんが、ともかく、建築士の資格を持っていなくても「建築家」としてやっていけている人はいて、建築士の資格をもっていても、<span style="text-decoration: underline;">一級建築士というのは「足の裏についたご飯粒」みたいなもので「（建築学科を卒業した人にとっては）取らなきゃ気持ち悪いが、取ったからと言ってそれで食えるものでもない」資格だと言われてきた。</span>　<strong>一級建築士の資格を取得して悪いということはないが、</strong><strong>矢鱈と「いっきゅうけんちくしい～い」と言いたがる書きたがるおっさんというのは、なんだかなあ～あ・・</strong></span><span style="font-size: large;">と思うな。<br />
<span style="color: #339966;"> 　　<span style="color: #000000;">建築確認申請の業務をおこなうとかではなく、</span>　<strong>「その資格を持っている人間だとこのくらいの能力はある・・と期待していいのではないかと判断する根拠になる」というものとしてであると、「４年制大学の建築学科卒＋二級建築士試験（もしくは一級建築士試験）合格」か「７年間の実務経験＋二級建築士試験合格」であると、「建築学科の学歴と試験合格」か「建築関連の実務経験と試験合格」がある人として評価できるとして、実務経験が実際にはないのに受験して二級建築士試験に通って二級建築士を名乗っている人というのは、実力としては「建築学科の学歴と試験合格」の実力はないし、「建築関連の実務経験と試験合格」の能力もない人であり、ある程度、関わると、わかる！　のです。</strong>　</span></span><span style="font-size: large;">世の中には・・というか、建築業界においては、「いっきゅうけんちくしい～い」と矢鱈と言いたがるしょーもないおっさん・・てのがけっこういるのですが、</span><span style="font-size: large;"><span style="color: #ff6600;"><strong>「もう、わかった、わかった」て言いたくなる</strong></span>のですが、そういう人も、一級建築士の資格を取得したこと自体は悪いてことはないのですが、</span><span style="color: #ff0000; font-size: large;"><strong>「だから、何なんだよ！」て感じ</strong></span><span style="font-size: large;">でして、二級建築士にしても「いっきゅうけんちくしい～い」にしても、内容がないと、結果として「たいして意味ない」ことになります。</span><br />
　　<span style="font-size: large;">１９８０年代終わりから１９９０年代、小堀住研(株)の千葉支店で営業やっていたS川（男。当時、３０代後半）は、客宅に行って「私、早稲田の建築でてますから」と言ったりしていたらしいが（実際は、ニチゲー〔日大芸術学部卒〕のくせして）、そんなのをいいと思う人も１００人に1人くらいいるのかもしれないけれども、私はいいとは思わないし、<strong>「私、早稲田の建築でてますから」などと言っても、実際に出てない男に、「早稲田の建築でて」いる人間と同じだけのことはできない</strong>はずだし、そもそも、<strong>私なら、無暗に無警戒にひとに自分の学歴をべらべらと話したりしない</strong>し、むしろ<span style="color: #ff6600;">、<strong>「早稲田の建築」と「早稲田の政経」てのは「学歴詐称の定番」</strong></span>であり、<span style="color: #008000;"><strong>私なら、この２つ、言われると、「ほんまかあ～あ？」と思うな</strong>。</span>だいたい、おまえ、早稲田大卒みたいな顔してないだろうが・・・とも思うのだが、そういうことを言いたい人間だったのだろう。<strong>早稲田大学というのは、</strong>国立大学と違って学生の数が多いし、国立大学と違って、内部進学もあればスポーツ入学もあり、けっこういろいろな人がいて、<strong>学歴詐称がばれにくいと思うのか、詐称する人が多い大学</strong>であるが・・・・、くだらんやつだと思う。</span><br />
<span style="font-size: large;"> 　　「いっきゅうけんちくしい～い」と矢鱈と言いたがる「ほとんどビョーキ」みたいなおっさん、てのは資格詐称ではなく、本当に「いっきゅうけんちくしい～い」という資格試験に合格して登録した人なのだと思うのだが、<strong>「いっきゅうけんちくしい～い」と言えばひとは水戸黄門の印籠でも見せられたように「はあはああ～あ」と「言うことをきく」と思っているところが愚かである。　</strong><span style="text-decoration: underline;">「いっきゅうけんちくしい～い」と言えば「ひとは言うことをきく」とか、「建築家」を名乗ると「ひとは言うことをきく」みたいに思ってるやつというのは、「いっきゅうけんちくしい～い」が資格詐称でなくても、実質的に資格詐称のやつと「たいして変わらん」</span>わけです。</span><br />
<span style="font-size: large;"> 　　　<strong>二級建築士を受験資格をごまかして受けて合格して登録した人というのは、これは詐称なのか詐称でないのかというと、二級建築士の資格を建築士会に登録されている以上は詐称ではないのかもしれないけれども、そうであっても、その資格というものを「建築の学歴と試験合格」か「建築の実務経験と試験合格」の人が持つ能力のある人であろうと判断する論拠・・と考えるのであれば、実質的には、詐称と一緒だと思う</strong>のだ。それだけの実力はないのだから。</span><br />
<span style="font-size: large;">　　実際には、二級建築士は「実務経験」をごまかして受けて合格・登録している人がけっこうあるらしいけれども、建築業界に勤めてすぐの頃の私はそんなことは知らないし、営業の仕事が「実務経験」に認められるかどうかという問題もあるが、たとえ、認められたとしても、<strong>２年かそこらならともかく、７年後でないと受けられないというのは、２０代後半で就職した者にとっては、その７年といというのはずいぶんと長く、「待てない」期間だった。</strong>又、「慶應大学商学部卒として採用」されて入社した以上は、資格を取得するにしても、建築士などの資格ではなく、社会科学系の資格を取得するようにした方が私を採用してくれた会社に貢献できる、建築士の資格は建築学科・土木学科等の卒業の人が取得すればいいこと、と考えていた。</span><span style="font-size: large;"><br />
</span><span style="font-size: large;"><br />
<br />
<span style="color: #0000ff;"> 　　<span style="color: #000000;">インテリアコーディネーター</span><a href="https://www.interior.or.jp/ic/"><span style="color: #0000ff;">https://www.interior.or.jp/ic/</span></a>　<span style="color: #000000;">というのは、建築関連の学歴なしで受けることができた。私が受験した１９９３年から１９９６年、登録した１９９７年においては業界団体のインテリア産業協会が試験を実施して合格・登録すると通産省認定の国家資格になりましたが、小泉行政改革で民間資格に「格下げ」されてしまいました。この時、インテリアプランナー</span><a href="http://www.jaeic.or.jp/shiken/ip/index.html"><span style="color: #0000ff;">http://www.jaeic.or.jp/shiken/ip/index.html</span></a>　</span></span><span style="font-size: large;"></span><span style="font-size: large;">も同様に国家資格から民間資格に「格下げ」された。</span><span style="font-size: large;"></span><br />
　　　<span style="font-size: large;">キッチンスペシャリスト<span style="color: #0000ff;"><a href="https://www.interior.or.jp/ks/"><span style="color: #0000ff;">https://www.interior.or.jp/ks/</span></a>　</span></span><span style="font-size: large;">は、かつては、日本住宅設備システム協会という業界団体が実施する民間資格でしたが、今は、インテリアコーディネーターと同じインテリア産業協会が実施しています。システムキッチンの設計の資格で、キッチンだけでなく、システムキッチンを中心としてキッチン・ダイニング・リビングくらいについての設計が製図の課題としては出題されます。</span><span style="font-size: large;"><br />
</span><span style="color: #0000ff;"><span style="font-size: large;">　　<span style="color: #000000;">で、</span><span style="color: #008000;"><strong>実は、けっこう難しいのです。インテリアコーディネーターも、キッチンスペシャリストも。</strong></span></span><span style="font-size: large;"><span style="color: #ff6600;"><strong>雇用能力開発機構（&rarr;高齢・障害・求職者支援機構）の「就職コンサルタント」のおっさんは、何もわかっていない。</strong></span><span style="color: #000000;">雇用能力開発機構の「就職コンサルタント」の話もそうですが、</span><strong><span style="text-decoration: underline;">厚生労働省寄託の「就職支援セミナー」</span>というのも何回か出ましたが、講師の人自身がもうひとつわかっていないみたいで、プラスになるものが絶対にないとまでは言わないが、聞くとかえって混乱するようなケースもある</strong><span style="color: #000000;">ように思いました。<span style="color: #993366;"><strong><span style="text-decoration: underline;">職安の「早期就職支援センター」</span>も担当職員はいいかげんな人間で、あくまでも「早期就職支援センター」の職員の早期の就職を支援している所であって、決して求職者の早期就職を支援している所ではない、</strong></span></span></span></span></span><span style="color: #000000;"><span style="font-size: large;"><span style="color: #000000;">と認識しました。</span><br />
　　三島俊介『インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格の本』（１９９３．５．こう書房）では、インテリアコーディネーター・インテリアプランナー・キッチンスペシャリスト・宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）・二級建築士・証明コンサルタント・消費生活アドバイザー・商業施設士・DIYアドバイザー・マンションリフォームマネージャーの１０資格について、「収入がアップ」「就職に有利」「独立開業できる」「生活に役立つ」「取得が比較的楽」「取得は難関」という基準で、それぞれ、◎・〇・無印の３段階の印をつけた表を掲載していて、「取得は難関」「取得が比較的楽」は共通する問題であるから、結局、「取得が難関◎」「取得が難関〇」「いずれも印なし」「取得が比較的楽〇」「取得が比較的楽◎」の５段階の評価がされていることになるのだが、そのランク付けでは、<br />
難関◎　インテリアプランナー<br />
難関〇　インテリアコーディネーター・二級建築士・商業施設士<br />
無印　　宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）・消費生活アドバイザー・マンションリフォームマネージャー<br />
楽〇　　キッチンスペシャリスト・DIYアドバイザー<br />
</span><span style="font-size: large;">楽◎　　照明コンサルタント</span><span style="font-size: large;"><br />
<span style="color: #000000;">・・・なんて評価が掲載されているのだが、実際に受けてみると、キッチンスペシャリストは「取得が楽」なんてとんでもない！　相当難しい。<span style="text-decoration: underline;">三島俊介『インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格の本』（１９９３．５．こう書房）は参考になるものはあるけれども、これに掲載の難易度５段階評価についてはあまり信用できない。</span><strong>キッチンスペシャリストが「比較的楽」というのは、それは、おそらく、学科試験についてではないか</strong>と思う。　民間資格の運営者は、（１）その「資格」をなんとか価値があるものとして定着させたいし、受験者も増えこそすれ減ってほしくないので、なんとか、受けようという人を確保したいという考えがあり、同時に、（２）この資格を取ればこの行為をしてもいい、この資格のない人はこの行為はしてはいけないという規定がまったくない民間資格（能力認定資格）の場合は、ある程度以上のレベルを確保しないと資格の意味がなくなってしまうことになるので、<strong>キッチンスペシャリストの場合、学科は比較的合格しやすいように問題と合格レベルを設定して、学科に合格すれば、その後、３年間は学科免除で製図試験だけ受けることができるという制度にして、「学科に通ったからには製図試験も合格してキッチンスペシャリストとしての資格を取ろう」という気持ちにならそうとして、なおかつ、資格の価値を維持するために、製図試験についてについては一定以上のレベル（けっこう難しいレベル）を保つという作戦をとっているのではないか</strong>と思うのだ。だから、<span style="text-decoration: underline;">キッチンスペシャリストの学科は決して雇用能力開発機構（&rarr;高齢・障害・求職者支援機構）の「就職コンサルタント」のおっさんが言うような「受付さえすれば誰でも通る」だの「受験番号と名前さえ書けば絶対に通る」だのというようなそんな試験ではなく、何の学習もなく受けたのでは落ちる試験ではあるが、インテリアコーディネーターの１次とか宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）試験などに比べると、「比較的合格しやすい」試験だった</span>と思う・・・が、<strong>キッチンスペシャリスト試験の製図試験の方は決して合格は楽ではない。むしろ、学科が「合格しやすめ」である分、製図は難しくしていたのではないかとさえ思える。又、<span style="color: #0000ff;">学科の試験だけ合格するのなら「比較的楽」であっても、製図の試験に合格するためには「ぎりぎり学科の試験に合格できる程度の学科の能力ではきびしい」という内容が製図試験で出題されるので、結果として、キッチンスペシャリストの資格試験に合格するためには、学科も「比較的楽」ではないことになる。</span></strong>福祉住環境コーディネーターは、３級・２級・１級とあり、公認会計士は２次試験に通れば「会計士補」になり、会計士補として会計事務所に２年だったか３年だったか勤めれば３次を受けることができて、３次に合格すると公認会計士になるというものだったと思うが、キッチンスペシャリストも、学科合格でキッチンスペシャリスト２級かkindleいキッチンスペシャリスト補で、製図も合格してキッチンスペシャリスト１級かキッチンスペシャリストというシステムであるならば、キッチンスペシャリスト２級なりキッチンスペシャリスト補なりは「比較的楽」ではないかと思うが、キッチンスペシャリストにはキッチンスペシャリスト２級だのキッチンスペシャリスト補だのといったものはなく、学科と製図の両方に通らないとキッチンスペシャリストにならないので、<span style="color: #ff6600;"><strong>キッチンスペシャリストは「取得は比較的楽」どころではなく、むしろ、「比較的難関」だ</strong></span>と思います。これから、受けようとする人も、そういうものだと思って取り組んだ方がいいと私は思います。</span><br />
<span style="color: #000000;">　　　私は自分が住宅建築業の会社に勤めるまでは、インテリアコーディネーターという資格があるということを知らなかった。小堀住研（株）では「色合わせ」「仕様打合せ」を「インテリアコーディネーター」と称する女性が担当していたけれども、その人達は「インテリアコーディネーター」というその時期においては国家資格であった能力認定資格の「インテリアコーディネーター」を取得していなかった。「インテリアコーディネーター」の資格を持たない人間に「インテリアコーディネーター」を名乗らせるというのはいかがなものかとも思うが、そんな状態だった。新聞の折り込みで資格取得のための通信教育なるもののチラシが入ることがあったが、そこにインテリアコーディネーターの資格をとりませんかというものがあったが、「女性の資格」でそれも「女性の趣味の資格」という印象だった。</span><br />
<br />
<span style="color: #000000;">　　　同じ取得するのなら、取得して価値があるもの、持っていて評価されるものを取得しないと意味がない、という点から考えると、国家資格か民間資格でもその業界で一定以上の評価を受けている資格を取得するべきであると考えて、私は１９９２年に宅地建物取引主任者（&rarr;宅地建物取引士）試験に合格して、１９９３年に登録した後、もう１つ取得するのなら、土地家屋調査士を取得しようかといったことを検討した・・のだが、ところが、（株）一条工務店<span style="color: #0000ff;"><a href="http://www.ichijo.co.jp/"><span style="color: #0000ff;">http://www.ichijo.co.jp/</span></a>　</span>に入社して２年目に入った１９９３年、営業本部長の天野隆夫から、インテリアコーディネーターを取得してもらいたいと言われた。私は学歴としては慶應大学商学部卒として入社したが、商学部卒でも、もともとは哲学徒であり、そちらを専門としないならば、法学部で司法試験を受けて弁護士か裁判官になるつもりでいた人間だったので、片方で心理学やカウンセリングを学び、片方で法律科目をけっこう学んできた人間なので、労働法・労務管理論や心理学・カウンセリングなど学んできた者として、又、（株）一条工務店に入社より前に、ほかの会社で人事総務部に勤務したこともある人間として、<span style="text-decoration: underline;">　　（株）一条工務店の総務や人事というのは「いなかの工務店の総務・人事」でしかなく、全国展開していくためには、私のような「旧帝大系国立大学か早慶の社会科学系学部卒の者」を人事・総務に配して会社の体制を整備していかないといけないはず</span>であり、そちらで使えば役に立つとも思えた。今もこの会社の内容が簡単に改善されているとは考えにくいのだが、当時、（株）一条工務店の総務は、社長の大澄賢二郎の義理の弟で営業本部長の天野隆夫の嫁の天野順子が総務の「責任者」で、他は高卒の女性が何人かいて、山本という子供の使いの役にも立たないヌケタみたいな男がヒラから主任に昇進させてもらうだけの実績を何か残したわけでもないにもかかわらず「主任」にならせてもらっていた。山本は、おそらく、オーナー経営者一族とその縁故の人間の縁戚の人間のようで、技術系の能力はなく、営業としては使い物にならないから、だから、総務に配属して、特にヒラから主任に昇進するだけの実績を残したわけでもなければ実績を残せる能力はないにもかかわらず、「主任」の肩書をくれてやっていたという男で、山本くんが使い物にならないのは最初から明らかだった。だから、私が入社した１９９２年の（株）一条工務店にとっては、私のような「旧帝大系国立大学か早慶の社会科学系学部卒で、労働法・労務管理論・労働経済学や心理学・カウンセリングなどを学んできた者」は総務・人事には必要なはずだった。入社１０年目の２００１年、当時、総務部長になっていた天野雅弘が、「一族でもない人間に、人事だの総務だのなんてさせるわけないだろうが。何を考えたんだ。」と私に言ったのだが、「何考えてんだ」と言われなければならないのは天野雅弘と（株）一条工務店のオーナー経営者の方であろう。<span style="color: #0000ff;"><strong>オーナーの義理の弟の嫁が「総務の責任者」とか、</strong></span>天野雅弘もまた「一族」らしいのだが、<span style="color: #0000ff;"><strong>ともかく、「一族」でさえあれば、高卒でもヌケタでもいいから人事・総務をさせる・・・というそういう態度では、浜松工務店ならともかく、全国展開していこうという会社・全国企業としてやっていこうという会社ではだめです。</strong></span>やはり、私のような「旧帝大系国立大学か早慶の社会科学系学部卒で、労働法・労務管理論・労働経済学や心理学・カウンセリングなどを学んできた者」「プロ経営者を養成する大学学部」を卒業してきた者を人事・総務に１人は置いて整備させないと、会社は「まともな会社」になりません・・・・が、「ならなくていいら。そんなもの」と（株）一条工務店のオーナー一族は思っていたのでしょう。</span><br />
<span style="color: #000000;">　　（株）一条工務店は「ビーイング」に掲載の求人情報には、「転勤はありません」と書いていたけれども、私は「慶應大学卒と書いた履歴書を提出して入社した以上は、転勤はできませんという主張はできない」「慶應大学商学部の卒業証書を取得した時点で、地域限定社員とか一般職という採用はありえない、あるのは、全国社員・総合職としての採用か不採用かのどちらかである」と認識していたので、会社の都合で転勤してくれということがあってもやむをえないと考えていたが、入社２年目に福島県いわき市の営業所に転勤してくれと言われたが、「ほかの人と違って、いろいろな場所を経験してもらおうと思いまして」という話でもあり、営業本部長としては、慶應大学商学部卒の者として、大学卒業までに学んできた経済学や商業学・マーケティングなどの発想・認識と実際の営業の仕事の経験を持ち、特に、「浜松の中のカエル」みたいな「一条オリジナル」の営業のような思考ではなく、複数地域での勤務を経験して「天動説」ではなく「地動説」思考ができる人間として、それにインテリアコーディネーター資格取得のために学び身に着ける住宅・建築・インテリアについての知識・認識を合わせて、商品開発や新規出店計画などを担当させるか、もしくは、（株）一条工務店の従業員のレベルとして考えれば上の方であるはずの語学力とを合わせて、外国から購入するようなものの担当をさせるかしようという考えなのであろう、と考え、それならば何としても合格・取得しないといけない、と考えて、片方で営業の仕事をこなしながら、他方においてインテリアコーディネーターの資格試験の学習をして、大変な努力と工夫により合格・登録した。</span><br />
<span style="color: #000000;">　　　キッチンスペシャリストについては、会社員にも、上役から１０のことをやってもらいたいと言われれば、１０のことをする人もあれば、７か８くらいしかできない人もあり、１２か１３のことをやる人もあるわけであるので、私は、インテリアコーディネーターの資格をとってくれと言われたのなら、１０ではなく１２か１３のことをしようと考えて、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストを取得しようと考えた。</span><br />
<span style="color: #000000;">　　　又、三島俊介『インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格の本』（１９９３．５．こう書房）には、インテリアコーディネーターに合格した人の合格体験記で、合格者の女性が、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストの「ダブル受験をお勧めします」と書いていて、どうせ、２つ取得するのなら同時に学習して合格した方がいいという意見を述べていたのを見たことにもよるのですが、これは実際に自分が受験してみると、違うと思いました。あくまで、私にとっては違ったということで、その合格体験記を書いていた人にとっては「ダブル受験」が良かったのかもしれませんが、<span style="text-decoration: underline;">インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストでは、特に製図の方は、キッチンスペシャリストはフリーハンドでの製図であり、インテリアコーディネーターは三角定規・コンパスあたりを使用しての製図で、キッチン・ダイニング・リビングあたりについての似た分野の製図を異なる手法で書かないといけないことになり、２つ同時にやると頭が混乱する。だから、より重要と考える片方を先に合格して、それから、他方も取得した方がいいかどうか考えて取得しようと考えたなら、そこから他方をやるというようにした方が、むしろ、合格しやすいのではないか</span>と私は思いました。又、思ったよりも難関の試験、合格するまで大変な試験で、合格までに最初に受験を考えた時点での予想を超える労力・時間を必要としたわけで、私の場合、落ちてしまうと、こんちくしょうという気持ちになって、おのれの存在をかけて、何が何でも通らないとという気持ちになってしまうところがあり、そういう性質があるから試験に通るわけで、そういう姿勢が完全にない人は通らないのですが、それがいいような悪いようなで、インテリアコーディネータ―に合格した時点で、そこで建築・住宅関連の資格取得は終了・・としても良かったかとも思うのですが、一度、落とされたものをそのままにしておくというのは人生の姿勢として許せないような気持で、「意地と根性で」キッチンスペシャリストも取得しました。</span><br />
<span style="color: #000000;">　　キッチンスペシャリストも取得しようと考えたもうひとつの理由は、キッチンスペシャリストという試験をもっと簡単な試験かと誤解していた、という点もあります。実際には相当難しいにもかかわらず、三島俊介『インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格の本』（１９９３．５．こう書房）に「取得が比較的楽」の評価が「〇」になっていた、難関か比較的楽かの評価が５段階で２番目に楽の評価に書かれていたことと、もうひとつ、(株)一条工務店の浜松の営業所に勤務していたF橋（男。当時、３０代後半？）といういいかげんな男が、キッチンスペシャリストを取得しているという話を聞いたので、あんないいかげんなヤツでも通るのなら簡単に通る資格試験なのだろう・・・と甘く見てしまった、という点があった。実際に受けてみたらかなり大変な試験だったのだが、<span style="color: #008000;"><strong>そもそも、住宅建築業の営業なんてやっている人間には、嘘つきもけっこういるし、学歴詐称する人間とか資格詐称する人間とかなんてゴマンといるので、</strong></span>古橋なんて <span style="color: #008000;"><strong>あんなヤツがキッチンスペシャリストもってるという話は本当かどうかわからない</strong></span></span></span></span><span style="color: #000000; font-size: large;"><strong></strong></span><span style="font-size: large;"><span style="color: #008000;"><span style="color: #000000;">し、又、<span style="color: #800080;"><strong>資格試験というものは、その資格試験ができたばっかりの時期というのは、その資格を定着させるために、最初の頃は通りやすい、というケースがけっこうある</strong></span>ので、F橋が通ったというのが <span style="color: #800080;"><strong>もしも本当であっても、「通りやすい時期に受けただけ」の可能性だってあった</strong> </span>わけで、<span style="text-decoration: underline;">「誰々が通った」という話を聞いて、あいつが通ったような試験なら落ちるわけがない・・という思考をしたのは適切な判断ではなかった。</span></span></span><br />
<span style="color: #000000;">　　(株)一条工務店に入社した直後、営業本部長から、「〇〇くんが応募してきた時にはびっくりした。うちの会社に慶應大学卒の人が来てくれるのかと思った」と言われたので、上場もしていない会社で歴史も浅い会社ではあるけれども、そんなに喜んでもらえるのなら、悪くないかもしれないと思い、そういう会社の営業本部長が、慶應大学商学部卒の者がもつ経済学・商業学的思考・発想とインテリアコーディネーター有資格者が持つ知識・技術と実際の複数地域での営業経験と語学力とを合わせて、商品開発なり新規出店計画なりの仕事をさせようということならば、なんとしても、インテリアコーディネーターの資格は取得するようにしないといけないと考えて、相当の努力と工夫により合格した。決して楽して合格したのではない。ましてや、ズルして合格したのではない。</span><br />
<br />
</span><span style="color: #000000;"><span style="font-size: large;">　　ところが、だ。大変な思いをして合格・登録したのだが、 <span style="color: #008000;">&nbsp;</span><strong><span style="color: #008000;">(株)一条工務店という会社は、「うちの会社に慶應大学卒の人が応募してくれるのかとびっくりした」という人間を採用しておきながら、それを生かそうという姿勢がない。</span>むしろ、 <span style="color: #0000ff;">(株)一条工務店という会社（のオーナー経営者一族とその取り巻き）は、「一流大学」卒の人間と、同業他社に勤務した経験がある人間に対して、どう考えても、敵意を持っているとしか思えないところがあった。</span></strong>もしも、何か、会社を乗っ取ろうとしたとか何かそういう行為でもあったなら警戒されても、それはわかるが、そんなこと何にもしてない。滅私奉公を連日繰り返し、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び、して会社に尽くしてきたのに、なんでこんな目に合わされなければならないんだ、という態度を(株)一条工務店の経営者は私にとり続けてきた。<br />
<br />
　　次回、【２／６】「一流大学」出身者に敵意を持つ経営者の会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/</a>　　に続く・・・</span><span style="font-size: large;"><br />
&nbsp;　　（２０１８．６．９．）<br />
<br />
☆　会社の上役が資格を取れと言う資格を取得するべきか<br />
【１／６】男性に不利なインテリアコーディネーター、認知度の低いキッチンスペシャリスト　〔今回〕<br />
【２／６】「一流大学」出身者に敵意を持つ経営者の会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/</a><br />
【３／６】本人の得意分野でもなかった資格の取得を要求して取らすだけの経営者の会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/</a><br />
【４／６】「一流大学」卒の者があまりにも「下の会社」に行くと「かえってよくない」　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/</a><br />
【５／６】「努力する姿勢があるから通る人間」を「何の努力もしないのに通る」と思っている経営者。退職者の就職妨害する会社　<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/</a><br />
【６／６】学習法は人それぞれ。人生の設計を考えないと、男女とも「資格は取れても美貌は消える」ことになりかねない。<a href="http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/">http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/</a><br />
</span></span>]]>
    </description>
    <category>職場と資格</category>
    <link>https://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/14/</link>
    <pubDate>Sun, 04 Mar 2018 00:22:02 GMT</pubDate>
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