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社会科学系学部卒・男性のインテリアコーディネーター

主として、「インテリアコーディネーター」と住宅・建築・インテリア・不動産に関係する資格と資格試験に関係する内容

会社の上役が資格を取れと求めたものに応じるべきか 【1/6】男性に不利なインテリアコーディネーター、認知度の低いキッチンスペシャリスト

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会社の上役が資格を取れと求めたものに応じるべきか 【1/6】男性に不利なインテリアコーディネーター、認知度の低いキッチンスペシャリスト

[第14回]
  2003年、雇用能力開発機構(現 高齢・障害・求職者支援機構)の就職コンサルタントが実施していた、求職者相談というもので、雇用能力開発機構(ポリテクセンター千葉)の「就職コンサルタント」(男。当時、50代?)が、「インテリアコーディネーターだのキッチンスペシャリストだの宅建主任(宅地建物取引主任者。現 宅地建物取引士)なんて、誰でも受けさえすれば通る資格だ。誰でも、受験番号と名前さえ書けば、まちがいなく絶対に通るう~う」と発言したので、「そんなことないですよ」と私は言ったのだが、彼は「い~や。誰でも間違いなく絶対に通る。受験番号と名前さえ書けば誰でも絶対に通る資格だ。いいですか。私はあなたのためを思って言ってるんですからねえ」とおっしゃったのだ・・・が、「あなたのためを思って言って」くださるのはけっこうなのですが、インテリアコーディネーターにしてもキッチンスペシャリストにしても宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)にしても、決して、「誰でも通る」試験ではないし、「受験番号と名前さえ書けば間違いなく通る」試験でもない。
  私自身の受験歴を述べても、
● 宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)
1989年 不合格
1990年 (未受験)
1991年 (未受験)
1992年 合格

● インテリアコーディネーター
1993年 1次(学科) 不合格
1994年 1次 不合格
1995年 1次 合格  2次(製図・論文) 不合格
1996年 1次 免除  2次 合格

● キッチンスペシャリスト
1994年 不合格
1995年 学科 合格、 製図 不合格
1996年 学科 免除、 製図 不合格
1997年 学科 免除、 製図 不合格
1998年 学科 免除、 製図 不合格
1999年 学科 合格、 製図 不合格
2000年 学科 免除、 製図 不合格
2001年 学科 免除、 製図 合格

・・・と何度も落ちて、やっと通ったのだ。キッチンスペシャリストに合格まで長くかかったのは、最初、インテリアコーディネーターと同時に受験してインテリアコーディネーターの方を優先して学習していたからということもあるが、その分を差し引いたとしても、もしも、雇用能力開発機構(現 高齢・障害・求職者支援機構)の「就職コンサルタント」が言うように「誰でも受けさえすれば通る」「ともかく、受験番号と名前さえ書けば誰でも間違いなく絶対に通る」という試験なら、私も1回目で間違いなく通ったはずだが、いずれも、何回か落ちている。

  片方で、(株)一条工務店の栃木県南部営業所長であった木下(男、当時、40代)と総務部長の天野雅弘(男、当時、50代?)は、「あんたは、インテリアコーディネーターにしても、キッチンスペシャリストにしても、宅建主任にしても、何の努力もしてないのに簡単に通る。ずるい」などと言われのだが、こんなにむかつく発言はない。 特に、インテリアコーディネーターは(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫がとってくれと言うから、会社の上役がとってくれと言うものは何としても取得しなければならないと思って、片方で営業の仕事をこなしながら、大変な思いをして、大変な努力と工夫をしてやっと通ったのである。それを、営業所長とか総務部長とかいった立場の人間が、「ずるい」とは何事か! 私は裏口で合格したのではない。
  裏口で合格したとか、別ルートで合格したとかいう人間なら、「ずるい!」と言ってやるべきだと思う。橋下徹の縁故だとして教員資格も持たないのに、大阪府立和泉高校の「校長」になった中原徹とかいうやつなんて、ああいうのは「ずるい!」と大いに言ってやるべきだと思う。又、私は「検事」と「検察官」てのは同じ意味だと思っていたのだが、実は「検察官」には司法試験に合格してその仕事についている「検事」と、司法試験に合格していないのに、なじかは知ららねど「検察官」になっている「副検事」なんてのがいるのである。「副検事」てのは、その検察庁で上から2番目の役職の検事のことではなく、司法試験に合格していないのに、「検事」の資格を持っていないのに「検察官」やってるやつ、いわば、「ずる」というのか「裏口入学」みたいなやつのことなのである。こういうやつには、「ずるい!」と大いに言ってやるべきである・・・が、私は、インテリアコーディネーターもキッチンスペシャリストも宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)も、裏口で通ったのではない。大変な努力と工夫により正規の試験を受けて合格したのである。「ずるい」などと言われる筋合いはない!
   むしろ、インテリアコーディネーターにしても、キッチンスペシャリストにしても、それなりの内容の資格試験(能力認定試験)であるにもかかわらず、どうも、建築業界においては、一級建築士・二級建築士に比べて評価が低い。たいしたことない「いっきゅうけんちくしい」とか二級建築士でも、なんだか、「建築士さま」みたいに扱いたがる人というのがいるが、世間一般には「変な人」というのも多かれ少なかれいるのはしかたないとしても、建築業の経営者にそういう人が少なからずいるというそちらの方こそ、「ずるい!」と言いたいところである。
   さらに。「雇用能力開発機構」・「高齢・障害・求職者支援機構」というのは、《 厚生労働省所管の独立行政法人である。》(《ウィキペディア-高齢・障害・求職者支援機構》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BD%A2%E3%83%BB%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%83%BB%E6%B1%82%E8%81%B7%E8%80%85%E9%9B%87%E7%94%A8%E6%94%AF%E6%8F%B4%E6%A9%9F%E6%A7%8B )ということで、「独立行政法人」て何なんだ❓ というと、《日本の行政機関である省庁から独立した法人組織であって、かつ行政の一端を担い公共の見地から事務や国家の事業を実施し、国民の生活の安定と社会および経済の健全な発展に役立つもの。省庁から独立していると言っても、主務官庁が独立行政法人の中長期計画策定や業務運営チェックに携わる。国立大学法人となった国立大学も広義の独立行政法人とみなされる。1990年代後半の橋本龍太郎内閣の行政改革の一環で設立された。》(《ウィキペディア-独立行政法人》 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E8%A1%8C%E6%94%BF%E6%B3%95%E4%BA%BA )というもので、行政機関そのものではないが、それに準ずるような組織のようだ。 そういう機関の「就職コンサルタント」が↑のようないいかげんなことを「就職相談」だと称して言ってもらったのでは、国民として困る。その「就職コンサルタント」のおっさんは、「私は石原都知事の知り合いなのだけれども」と訊かれもしないのに言っていたが、むしろ、雇用能力開発機構(→高齢・障害・求職者支援機構)の「就職コンサルタント」の方こそ、「石原慎太郎の知りたい」なら「誰でも間違いなくなれる」のではないのか。もっとも、私が、もしも、政治家の知り合いでもいて、そのつてで何らかの仕事にありついたなら、初対面の相手に訊かれもしないのに「私は◇◇の知り合いなんだけれども」などと言ったりはしない。それを、べらべらとそんなこと言っているようでは、たいした知り合いでもないのかもしれないし、何より、私にもその政治家が口きいてくれていい仕事を紹介してくれるとでもいうのなら話は別だが(「やっぱり、長い物には巻かれろ。札束には切られろよお~お」と、昔、『ガキでか』て漫画で「こまわり」が言うておった)、そうでないなら、そんなしょーもないおっさんの「就職相談」に時間を費やすのは愚かであろう。その後、雇用能力開発機構(→高齢・障害・求職者支援機構)のポリテクセンター千葉http://www3.jeed.or.jp/chiba/poly/ の建築CAD科の講習を受講させてもらったのだが、それはきっちりとしたものだったと思ったが、その際も、「就職相談室」と「就職コンサルタント」については受講生の間での評判はあまりよくなかった。一緒に受講していた人が、ポリテクセンター千葉の就職相談室にその人の希望する内容の職種の募集があるということで行った時に一緒に行ったことがあったのだが、その際、募集している側の考えている年齢よりその人は少し上だったのだが、それなら、とりあえず、応募したいという人に「どうしますか。相手はもう少し若い人を希望していますが、『私は、少々、年齢が上ですが、御社でぜひとも貢献させていただきたいと思います。一度、お会いしていただけないでしょうか』とアピールしてみますか」とでも言って、本人にアピールさせてみるべきではないかと私は思ったのだが、ところが、その「就職コンサルタント」はどうしたかというと、「ちょっと、訊いてみます」と言って「就職コンサルタント」が電話を入れて、「少し、年齢が上の方が応募したいと言われているのですが、いけませんか。そうですか」「だめだそうです」・・・て、それでは「子供の使い」だだろうが、「子供の使い」・・・・、アホか、こいつ!!! て対応をしたのを目撃した。だから、どうも、雇用能力開発機構→高齢・障害・求職者支援機構のポリテクセンター千葉の講習は悪くないのだけれども、「就職コンサルタント」の方は、なんだかいまひとつ・・・て人がいたように思います。誰もがそうということではないのかもしれませんけれども。

  私は、20代で新卒入社したのは、戸建住宅建築請負業の小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→(株)ヤマダエスバイエルホームhttp://www.sxl.co.jp/ 〕だったが、入社直後の本社の研修では、「技術系で入社した人は、一級建築士・二級建築士の資格を取るようにしてください。営業系で入社した人は、宅地建物取引主任者の資格を取るようにしてください」と言われ、又、応募した際、面接で会った人間からも「うちに入社した時は、宅地建物取引主任者の資格をとってもらうといいです」と言われ、それで、宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の資格の取得を考えて、1989年に受けたが落ちて、1992年に合格した。
   私は、その時点で、その業界で勤めていくのに評価される資格(主として、国家資格)を、「実際にその資格試験の学習をしてみて、もし、簡単に取れるようなら2つか3つ」、「実際にその資格試験の学習をしてみて、取得がけっこう難しいようなら1つか2つ」、入社後5年以内に取得した上で、勤務したいと考えていた。それは、実は大学4年を2回やっていて、1回目の4年の時に採用すると言ってもらった会社に、2回目の4年の時に勤務していたのだが、その会社の経理部長をしていた人は、東大の法学部卒の人だったが、法学部卒だが税理士の資格を持つ人で、それを評価されて経理部長になっていたらしく、そのあたりを見ても、国家資格などの資格を持つということは、会社で勤務する上で有利なようだと思い、かつ、小堀住研(株)でも宅地建物取引主任者とか建築士の資格の取得を奨励している以上は、取得したいと思ったし、そもそも、大学に入学するまでに2浪もしてしまったが、逆にその過程で試験勉強のしかたも学んだところがあるので、そういった経験のない人間よりも資格試験の学習だってできるはずであり、自分の能力で生かせることができるものはすべて生かしたいと考えたからであり、「入社後5年以内に」というのは、それは、資格というものは取得すること自体に意味があるのではなく、取得したものを仕事に生かしてこそ価値があるのであって、一生、資格の蒐集を趣味みたいに生きてもあまり意味はない、と考えたからである。

  1992年、(株)一条工務店 に入社1年目に、宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の試験に合格した。もう1つくらい、住宅・建築関係の資格を取得してもいいかとも考えたが、建築士の場合は、「受験資格」というものがあって、二級建築士・木造建築士を受験するためには、4年制大学の建築学科卒だと「実務経験」なしで受験できるが、4年制大学の土木学科卒だと1年間の「実務経験」が必要で、学歴なしだと7年間の「実務経験」が必要とされた。工業高校の建築学科卒とか建築の専門学校卒とかだと、その間の年数を必要とされる。この「実務経験」というのは、設計とか工事管理の経験らしい。建築業の会社に勤務していても、総務とか人事の仕事をしていたのではだめ。職人も「実務経験」に該当しないらしい。営業はというと、「売るだけの営業」ではだめだが、設計事務所とか小規模の工務店とかリフォーム屋とかだと、たいして人数もいるわけではなく、営業も設計も工事管理もへちまもないという場合が多く、「実務経験」になるかならないかは、名刺に何と書いてあるかではなく、実質的に、設計や工事管理の仕事をしているかどうかで判断されるようで、名刺に「営業」と書いてあっても営業でもあるけれども図面も書けば工事管理もするという営業ならいいし、名刺に「設計課」と書いてあっても設計課に所属して事務作業ばっかりやってるというのではだめらしい・・・が、けっこういいかげんで、実際には実務経験なんかほとんどないのと違うのか・・・みたいな人で二級建築士を取得している人が少なからずいるようだ。
  2008年、千葉県八千代市に本社がある東海住宅(株) の花見川店で「店長」になっていた O友ゆうこりん(仮名)のおばさん(女。当時、50代なかば)は「二級建築士」を名乗っていたが、その割にわかってない・・という感じだったが、「オットが設計事務所やってました」としばしば言っていたので、「なんか、いかにも、怪しい」・・・て感じがした。 「オットが設計事務所やってました」なんていう人というのは、たいてい、「税金対策」で家族を実際にはちっとも仕事してないのに「従業員扱い」にして給料払ってる・・ことにしている、という人が少なくない。O友ゆうこりん(仮名)のおばさんの「オット」もそうしていたのではないか。・・・となると、それが「実務経験」になってしまうわけだ( 一一) 実際に住宅建築業の会社に勤めていても、職種が営業だと、実務経験になるかならないか、けっこう微妙だったりするのだが、「オットが設計事務所」だったりすると、実際には何もやってなくても「実務経験」になって、二級建築士の受験資格ができてしまうわけだ・・・・・( 一一)

  まず、建築確認申請の作業とかを二級建築士の資格をもっておればできるというのだけれども、持ってなくても、設計事務所に勤めている人間は、二級建築士か一級建築士の資格を持っている人間が1人でもおれば、その人間の名前を使って業務を現実にやっていると思うのだ。又、安藤忠雄は建築士の資格をもってないが「建築家」として評価されるようになった・・・なんて言われるけれども、あのおっさんは、「言うたらなんやけど」、「城東工業しかでてない人やないのお~お」て学歴の人で、なんで、そんな人が「建築家」として認められたのか、なんか、ええこね持っとったんやろか・・? とか考えがちだが、それはどうなのか知らんが、ともかく、建築士の資格を持っていなくても「建築家」としてやっていけている人はいて、建築士の資格をもっていても、一級建築士というのは「足の裏についたご飯粒」みたいなもので「(建築学科を卒業した人にとっては)取らなきゃ気持ち悪いが、取ったからと言ってそれで食えるものでもない」資格だと言われてきた。 一級建築士の資格を取得して悪いということはないが、矢鱈と「いっきゅうけんちくしい~い」と言いたがる書きたがるおっさんというのは、なんだかなあ~あ・・
と思うな。
  建築確認申請の業務をおこなうとかではなく、 「その資格を持っている人間だとこのくらいの能力はある・・と期待していいのではないかと判断する根拠になる」というものとしてであると、「4年制大学の建築学科卒+二級建築士試験(もしくは一級建築士試験)合格」か「7年間の実務経験+二級建築士試験合格」であると、「建築学科の学歴と試験合格」か「建築関連の実務経験と試験合格」がある人として評価できるとして、実務経験が実際にはないのに受験して二級建築士試験に通って二級建築士を名乗っている人というのは、実力としては「建築学科の学歴と試験合格」の実力はないし、「建築関連の実務経験と試験合格」の能力もない人であり、ある程度、関わると、わかる! のです。 
世の中には・・というか、建築業界においては、「いっきゅうけんちくしい~い」と矢鱈と言いたがるしょーもないおっさん・・てのがけっこういるのですが、「もう、わかった、わかった」て言いたくなるのですが、そういう人も、一級建築士の資格を取得したこと自体は悪いてことはないのですが、「だから、何なんだよ!」て感じでして、二級建築士にしても「いっきゅうけんちくしい~い」にしても、内容がないと、結果として「たいして意味ない」ことになります。
  1980年代終わりから1990年代、小堀住研(株)の千葉支店で営業やっていたS川(男。当時、30代後半)は、客宅に行って「私、早稲田の建築でてますから」と言ったりしていたらしいが(実際は、ニチゲー〔日大芸術学部卒〕のくせして)、そんなのをいいと思う人も100人に1人くらいいるのかもしれないけれども、私はいいとは思わないし、「私、早稲田の建築でてますから」などと言っても、実際に出てない男に、「早稲田の建築でて」いる人間と同じだけのことはできないはずだし、そもそも、私なら、無暗に無警戒にひとに自分の学歴をべらべらと話したりしないし、むしろ「早稲田の建築」と「早稲田の政経」てのは「学歴詐称の定番」であり、私なら、この2つ、言われると、「ほんまかあ~あ?」と思うなだいたい、おまえ、早稲田大卒みたいな顔してないだろうが・・・とも思うのだが、そういうことを言いたい人間だったのだろう。早稲田大学というのは、国立大学と違って学生の数が多いし、国立大学と違って、内部進学もあればスポーツ入学もあり、けっこういろいろな人がいて、学歴詐称がばれにくいと思うのか、詐称する人が多い大学であるが・・・・、くだらんやつだと思う。
  「いっきゅうけんちくしい~い」と矢鱈と言いたがる「ほとんどビョーキ」みたいなおっさん、てのは資格詐称ではなく、本当に「いっきゅうけんちくしい~い」という資格試験に合格して登録した人なのだと思うのだが、「いっきゅうけんちくしい~い」と言えばひとは水戸黄門の印籠でも見せられたように「はあはああ~あ」と「言うことをきく」と思っているところが愚かである。 「いっきゅうけんちくしい~い」と言えば「ひとは言うことをきく」とか、「建築家」を名乗ると「ひとは言うことをきく」みたいに思ってるやつというのは、「いっきゅうけんちくしい~い」が資格詐称でなくても、実質的に資格詐称のやつと「たいして変わらん」わけです。
   二級建築士を受験資格をごまかして受けて合格して登録した人というのは、これは詐称なのか詐称でないのかというと、二級建築士の資格を建築士会に登録されている以上は詐称ではないのかもしれないけれども、そうであっても、その資格というものを「建築の学歴と試験合格」か「建築の実務経験と試験合格」の人が持つ能力のある人であろうと判断する論拠・・と考えるのであれば、実質的には、詐称と一緒だと思うのだ。それだけの実力はないのだから。
  実際には、二級建築士は「実務経験」をごまかして受けて合格・登録している人がけっこうあるらしいけれども、建築業界に勤めてすぐの頃の私はそんなことは知らないし、営業の仕事が「実務経験」に認められるかどうかという問題もあるが、たとえ、認められたとしても、2年かそこらならともかく、7年後でないと受けられないというのは、20代後半で就職した者にとっては、その7年といというのはずいぶんと長く、「待てない」期間だった。又、「慶應大学商学部卒として採用」されて入社した以上は、資格を取得するにしても、建築士などの資格ではなく、社会科学系の資格を取得するようにした方が私を採用してくれた会社に貢献できる、建築士の資格は建築学科・土木学科等の卒業の人が取得すればいいこと、と考えていた。


  インテリアコーディネーターhttps://www.interior.or.jp/ic/ というのは、建築関連の学歴なしで受けることができた。私が受験した1993年から1996年、登録した1997年においては業界団体のインテリア産業協会が試験を実施して合格・登録すると通産省認定の国家資格になりましたが、小泉行政改革で民間資格に「格下げ」されてしまいました。この時、インテリアプランナーhttp://www.jaeic.or.jp/shiken/ip/index.html 
も同様に国家資格から民間資格に「格下げ」された。
   キッチンスペシャリストhttps://www.interior.or.jp/ks/ は、かつては、日本住宅設備システム協会という業界団体が実施する民間資格でしたが、今は、インテリアコーディネーターと同じインテリア産業協会が実施しています。システムキッチンの設計の資格で、キッチンだけでなく、システムキッチンを中心としてキッチン・ダイニング・リビングくらいについての設計が製図の課題としては出題されます。
  で、実は、けっこう難しいのです。インテリアコーディネーターも、キッチンスペシャリストも。雇用能力開発機構(→高齢・障害・求職者支援機構)の「就職コンサルタント」のおっさんは、何もわかっていない。雇用能力開発機構の「就職コンサルタント」の話もそうですが、厚生労働省寄託の「就職支援セミナー」というのも何回か出ましたが、講師の人自身がもうひとつわかっていないみたいで、プラスになるものが絶対にないとまでは言わないが、聞くとかえって混乱するようなケースもあるように思いました。職安の「早期就職支援センター」も担当職員はいいかげんな人間で、あくまでも「早期就職支援センター」の職員の早期の就職を支援している所であって、決して求職者の早期就職を支援している所ではない、
と認識しました。
  三島俊介『インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格の本』(1993.5.こう書房)では、インテリアコーディネーター・インテリアプランナー・キッチンスペシャリスト・宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)・二級建築士・証明コンサルタント・消費生活アドバイザー・商業施設士・DIYアドバイザー・マンションリフォームマネージャーの10資格について、「収入がアップ」「就職に有利」「独立開業できる」「生活に役立つ」「取得が比較的楽」「取得は難関」という基準で、それぞれ、◎・〇・無印の3段階の印をつけた表を掲載していて、「取得は難関」「取得が比較的楽」は共通する問題であるから、結局、「取得が難関◎」「取得が難関〇」「いずれも印なし」「取得が比較的楽〇」「取得が比較的楽◎」の5段階の評価がされていることになるのだが、そのランク付けでは、
難関◎ インテリアプランナー
難関〇 インテリアコーディネーター・二級建築士・商業施設士
無印  宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)・消費生活アドバイザー・マンションリフォームマネージャー
楽〇  キッチンスペシャリスト・DIYアドバイザー
楽◎  照明コンサルタント
・・・なんて評価が掲載されているのだが、実際に受けてみると、キッチンスペシャリストは「取得が楽」なんてとんでもない! 相当難しい。三島俊介『インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格の本』(1993.5.こう書房)は参考になるものはあるけれども、これに掲載の難易度5段階評価についてはあまり信用できない。キッチンスペシャリストが「比較的楽」というのは、それは、おそらく、学科試験についてではないかと思う。 民間資格の運営者は、(1)その「資格」をなんとか価値があるものとして定着させたいし、受験者も増えこそすれ減ってほしくないので、なんとか、受けようという人を確保したいという考えがあり、同時に、(2)この資格を取ればこの行為をしてもいい、この資格のない人はこの行為はしてはいけないという規定がまったくない民間資格(能力認定資格)の場合は、ある程度以上のレベルを確保しないと資格の意味がなくなってしまうことになるので、キッチンスペシャリストの場合、学科は比較的合格しやすいように問題と合格レベルを設定して、学科に合格すれば、その後、3年間は学科免除で製図試験だけ受けることができるという制度にして、「学科に通ったからには製図試験も合格してキッチンスペシャリストとしての資格を取ろう」という気持ちにならそうとして、なおかつ、資格の価値を維持するために、製図試験についてについては一定以上のレベル(けっこう難しいレベル)を保つという作戦をとっているのではないかと思うのだ。だから、キッチンスペシャリストの学科は決して雇用能力開発機構(→高齢・障害・求職者支援機構)の「就職コンサルタント」のおっさんが言うような「受付さえすれば誰でも通る」だの「受験番号と名前さえ書けば絶対に通る」だのというようなそんな試験ではなく、何の学習もなく受けたのでは落ちる試験ではあるが、インテリアコーディネーターの1次とか宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)試験などに比べると、「比較的合格しやすい」試験だったと思う・・・が、キッチンスペシャリスト試験の製図試験の方は決して合格は楽ではない。むしろ、学科が「合格しやすめ」である分、製図は難しくしていたのではないかとさえ思える。又、学科の試験だけ合格するのなら「比較的楽」であっても、製図の試験に合格するためには「ぎりぎり学科の試験に合格できる程度の学科の能力ではきびしい」という内容が製図試験で出題されるので、結果として、キッチンスペシャリストの資格試験に合格するためには、学科も「比較的楽」ではないことになる。福祉住環境コーディネーターは、3級・2級・1級とあり、公認会計士は2次試験に通れば「会計士補」になり、会計士補として会計事務所に2年だったか3年だったか勤めれば3次を受けることができて、3次に合格すると公認会計士になるというものだったと思うが、キッチンスペシャリストも、学科合格でキッチンスペシャリスト2級かkindleいキッチンスペシャリスト補で、製図も合格してキッチンスペシャリスト1級かキッチンスペシャリストというシステムであるならば、キッチンスペシャリスト2級なりキッチンスペシャリスト補なりは「比較的楽」ではないかと思うが、キッチンスペシャリストにはキッチンスペシャリスト2級だのキッチンスペシャリスト補だのといったものはなく、学科と製図の両方に通らないとキッチンスペシャリストにならないので、キッチンスペシャリストは「取得は比較的楽」どころではなく、むしろ、「比較的難関」だと思います。これから、受けようとする人も、そういうものだと思って取り組んだ方がいいと私は思います。
   私は自分が住宅建築業の会社に勤めるまでは、インテリアコーディネーターという資格があるということを知らなかった。小堀住研(株)では「色合わせ」「仕様打合せ」を「インテリアコーディネーター」と称する女性が担当していたけれども、その人達は「インテリアコーディネーター」というその時期においては国家資格であった能力認定資格の「インテリアコーディネーター」を取得していなかった。「インテリアコーディネーター」の資格を持たない人間に「インテリアコーディネーター」を名乗らせるというのはいかがなものかとも思うが、そんな状態だった。新聞の折り込みで資格取得のための通信教育なるもののチラシが入ることがあったが、そこにインテリアコーディネーターの資格をとりませんかというものがあったが、「女性の資格」でそれも「女性の趣味の資格」という印象だった。

   同じ取得するのなら、取得して価値があるもの、持っていて評価されるものを取得しないと意味がない、という点から考えると、国家資格か民間資格でもその業界で一定以上の評価を受けている資格を取得するべきであると考えて、私は1992年に宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)試験に合格して、1993年に登録した後、もう1つ取得するのなら、土地家屋調査士を取得しようかといったことを検討した・・のだが、ところが、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ に入社して2年目に入った1993年、営業本部長の天野隆夫から、インテリアコーディネーターを取得してもらいたいと言われた。私は学歴としては慶應大学商学部卒として入社したが、商学部卒でも、もともとは哲学徒であり、そちらを専門としないならば、法学部で司法試験を受けて弁護士か裁判官になるつもりでいた人間だったので、片方で心理学やカウンセリングを学び、片方で法律科目をけっこう学んできた人間なので、労働法・労務管理論や心理学・カウンセリングなど学んできた者として、又、(株)一条工務店に入社より前に、ほかの会社で人事総務部に勤務したこともある人間として、  (株)一条工務店の総務や人事というのは「いなかの工務店の総務・人事」でしかなく、全国展開していくためには、私のような「旧帝大系国立大学か早慶の社会科学系学部卒の者」を人事・総務に配して会社の体制を整備していかないといけないはずであり、そちらで使えば役に立つとも思えた。今もこの会社の内容が簡単に改善されているとは考えにくいのだが、当時、(株)一条工務店の総務は、社長の大澄賢二郎の義理の弟で営業本部長の天野隆夫の嫁の天野順子が総務の「責任者」で、他は高卒の女性が何人かいて、山本という子供の使いの役にも立たないヌケタみたいな男がヒラから主任に昇進させてもらうだけの実績を何か残したわけでもないにもかかわらず「主任」にならせてもらっていた。山本は、おそらく、オーナー経営者一族とその縁故の人間の縁戚の人間のようで、技術系の能力はなく、営業としては使い物にならないから、だから、総務に配属して、特にヒラから主任に昇進するだけの実績を残したわけでもなければ実績を残せる能力はないにもかかわらず、「主任」の肩書をくれてやっていたという男で、山本くんが使い物にならないのは最初から明らかだった。だから、私が入社した1992年の(株)一条工務店にとっては、私のような「旧帝大系国立大学か早慶の社会科学系学部卒で、労働法・労務管理論・労働経済学や心理学・カウンセリングなどを学んできた者」は総務・人事には必要なはずだった。入社10年目の2001年、当時、総務部長になっていた天野雅弘が、「一族でもない人間に、人事だの総務だのなんてさせるわけないだろうが。何を考えたんだ。」と私に言ったのだが、「何考えてんだ」と言われなければならないのは天野雅弘と(株)一条工務店のオーナー経営者の方であろう。オーナーの義理の弟の嫁が「総務の責任者」とか、天野雅弘もまた「一族」らしいのだが、ともかく、「一族」でさえあれば、高卒でもヌケタでもいいから人事・総務をさせる・・・というそういう態度では、浜松工務店ならともかく、全国展開していこうという会社・全国企業としてやっていこうという会社ではだめです。やはり、私のような「旧帝大系国立大学か早慶の社会科学系学部卒で、労働法・労務管理論・労働経済学や心理学・カウンセリングなどを学んできた者」「プロ経営者を養成する大学学部」を卒業してきた者を人事・総務に1人は置いて整備させないと、会社は「まともな会社」になりません・・・・が、「ならなくていいら。そんなもの」と(株)一条工務店のオーナー一族は思っていたのでしょう。
  (株)一条工務店は「ビーイング」に掲載の求人情報には、「転勤はありません」と書いていたけれども、私は「慶應大学卒と書いた履歴書を提出して入社した以上は、転勤はできませんという主張はできない」「慶應大学商学部の卒業証書を取得した時点で、地域限定社員とか一般職という採用はありえない、あるのは、全国社員・総合職としての採用か不採用かのどちらかである」と認識していたので、会社の都合で転勤してくれということがあってもやむをえないと考えていたが、入社2年目に福島県いわき市の営業所に転勤してくれと言われたが、「ほかの人と違って、いろいろな場所を経験してもらおうと思いまして」という話でもあり、営業本部長としては、慶應大学商学部卒の者として、大学卒業までに学んできた経済学や商業学・マーケティングなどの発想・認識と実際の営業の仕事の経験を持ち、特に、「浜松の中のカエル」みたいな「一条オリジナル」の営業のような思考ではなく、複数地域での勤務を経験して「天動説」ではなく「地動説」思考ができる人間として、それにインテリアコーディネーター資格取得のために学び身に着ける住宅・建築・インテリアについての知識・認識を合わせて、商品開発や新規出店計画などを担当させるか、もしくは、(株)一条工務店の従業員のレベルとして考えれば上の方であるはずの語学力とを合わせて、外国から購入するようなものの担当をさせるかしようという考えなのであろう、と考え、それならば何としても合格・取得しないといけない、と考えて、片方で営業の仕事をこなしながら、他方においてインテリアコーディネーターの資格試験の学習をして、大変な努力と工夫により合格・登録した。
   キッチンスペシャリストについては、会社員にも、上役から10のことをやってもらいたいと言われれば、10のことをする人もあれば、7か8くらいしかできない人もあり、12か13のことをやる人もあるわけであるので、私は、インテリアコーディネーターの資格をとってくれと言われたのなら、10ではなく12か13のことをしようと考えて、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストを取得しようと考えた。
   又、三島俊介『インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格の本』(1993.5.こう書房)には、インテリアコーディネーターに合格した人の合格体験記で、合格者の女性が、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストの「ダブル受験をお勧めします」と書いていて、どうせ、2つ取得するのなら同時に学習して合格した方がいいという意見を述べていたのを見たことにもよるのですが、これは実際に自分が受験してみると、違うと思いました。あくまで、私にとっては違ったということで、その合格体験記を書いていた人にとっては「ダブル受験」が良かったのかもしれませんが、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストでは、特に製図の方は、キッチンスペシャリストはフリーハンドでの製図であり、インテリアコーディネーターは三角定規・コンパスあたりを使用しての製図で、キッチン・ダイニング・リビングあたりについての似た分野の製図を異なる手法で書かないといけないことになり、2つ同時にやると頭が混乱する。だから、より重要と考える片方を先に合格して、それから、他方も取得した方がいいかどうか考えて取得しようと考えたなら、そこから他方をやるというようにした方が、むしろ、合格しやすいのではないかと私は思いました。又、思ったよりも難関の試験、合格するまで大変な試験で、合格までに最初に受験を考えた時点での予想を超える労力・時間を必要としたわけで、私の場合、落ちてしまうと、こんちくしょうという気持ちになって、おのれの存在をかけて、何が何でも通らないとという気持ちになってしまうところがあり、そういう性質があるから試験に通るわけで、そういう姿勢が完全にない人は通らないのですが、それがいいような悪いようなで、インテリアコーディネータ―に合格した時点で、そこで建築・住宅関連の資格取得は終了・・としても良かったかとも思うのですが、一度、落とされたものをそのままにしておくというのは人生の姿勢として許せないような気持で、「意地と根性で」キッチンスペシャリストも取得しました。
  キッチンスペシャリストも取得しようと考えたもうひとつの理由は、キッチンスペシャリストという試験をもっと簡単な試験かと誤解していた、という点もあります。実際には相当難しいにもかかわらず、三島俊介『インテリア・建築業界でゼッタイ有利な資格の本』(1993.5.こう書房)に「取得が比較的楽」の評価が「〇」になっていた、難関か比較的楽かの評価が5段階で2番目に楽の評価に書かれていたことと、もうひとつ、(株)一条工務店の浜松の営業所に勤務していたF橋(男。当時、30代後半?)といういいかげんな男が、キッチンスペシャリストを取得しているという話を聞いたので、あんないいかげんなヤツでも通るのなら簡単に通る資格試験なのだろう・・・と甘く見てしまった、という点があった。実際に受けてみたらかなり大変な試験だったのだが、そもそも、住宅建築業の営業なんてやっている人間には、嘘つきもけっこういるし、学歴詐称する人間とか資格詐称する人間とかなんてゴマンといるので、古橋なんて あんなヤツがキッチンスペシャリストもってるという話は本当かどうかわからない
し、又、資格試験というものは、その資格試験ができたばっかりの時期というのは、その資格を定着させるために、最初の頃は通りやすい、というケースがけっこうあるので、F橋が通ったというのが もしも本当であっても、「通りやすい時期に受けただけ」の可能性だってあった わけで、「誰々が通った」という話を聞いて、あいつが通ったような試験なら落ちるわけがない・・という思考をしたのは適切な判断ではなかった。
  (株)一条工務店に入社した直後、営業本部長から、「〇〇くんが応募してきた時にはびっくりした。うちの会社に慶應大学卒の人が来てくれるのかと思った」と言われたので、上場もしていない会社で歴史も浅い会社ではあるけれども、そんなに喜んでもらえるのなら、悪くないかもしれないと思い、そういう会社の営業本部長が、慶應大学商学部卒の者がもつ経済学・商業学的思考・発想とインテリアコーディネーター有資格者が持つ知識・技術と実際の複数地域での営業経験と語学力とを合わせて、商品開発なり新規出店計画なりの仕事をさせようということならば、なんとしても、インテリアコーディネーターの資格は取得するようにしないといけないと考えて、相当の努力と工夫により合格した。決して楽して合格したのではない。ましてや、ズルして合格したのではない。

  ところが、だ。大変な思いをして合格・登録したのだが、  (株)一条工務店という会社は、「うちの会社に慶應大学卒の人が応募してくれるのかとびっくりした」という人間を採用しておきながら、それを生かそうという姿勢がない。むしろ、 (株)一条工務店という会社(のオーナー経営者一族とその取り巻き)は、「一流大学」卒の人間と、同業他社に勤務した経験がある人間に対して、どう考えても、敵意を持っているとしか思えないところがあった。もしも、何か、会社を乗っ取ろうとしたとか何かそういう行為でもあったなら警戒されても、それはわかるが、そんなこと何にもしてない。滅私奉公を連日繰り返し、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び、して会社に尽くしてきたのに、なんでこんな目に合わされなければならないんだ、という態度を(株)一条工務店の経営者は私にとり続けてきた。

  次回、【2/6】「一流大学」出身者に敵意を持つ経営者の会社 http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/  に続く・・・

   (2018.6.9.)

☆ 会社の上役が資格を取れと言う資格を取得するべきか
【1/6】男性に不利なインテリアコーディネーター、認知度の低いキッチンスペシャリスト 〔今回〕
【2/6】「一流大学」出身者に敵意を持つ経営者の会社 http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/15/
【3/6】本人の得意分野でもなかった資格の取得を要求して取らすだけの経営者の会社 http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/16/
【4/6】「一流大学」卒の者があまりにも「下の会社」に行くと「かえってよくない」 http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/17/
【5/6】「努力する姿勢があるから通る人間」を「何の努力もしないのに通る」と思っている経営者。退職者の就職妨害する会社 http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/18/
【6/6】学習法は人それぞれ。人生の設計を考えないと、男女とも「資格は取れても美貌は消える」ことになりかねない。http://shakaikagakukei.blog.shinobi.jp/Entry/19/

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